言って去っていった背中を見送りながら、は呆然とその場に立ち尽くす。
 彼女を護るためか、マリーだけがその場に残り、周りのモンスターへと注意を向けている。
 はて、そーでぃあんとは何処かで聞いたことがなかっただろうか。
 首を傾げ、暫く悩んでいるとモンスターが三匹ほどこちらに躍りかかってくる。それをマリーの剣が切り伏せ、絶命させる。と、同時にモンスターの身体は消えて一つの何かが現れた。
「あの、コレは?」
「ん? ああ、それはレンズだ。……知らないのか?」
「はい」
 当然のように返すマリーの瞳を覗き込み、嘘はなさそうだと確認する。
 そーでぃあんという言葉とレンズという言葉が噛み合いそうで噛み合わない。もどかしく天井を見上げ………………ソーディアン。レンズ。天井、もとい、天上。
 ぽむ、と一人納得して手を打つ。
「TOD」
 はそれをプレイしたことがなかったが、生憎幼馴染みの悠はしつこいぐらいに彼女に聞かせてくれていた。といっても、シナリオは「何時かやるかもしれないから」と悉く伏せられていたので全く知らないのだが。
 の呟きに疑問のようなものを込めた視線が送られる。マリーのものだ。
 何でもありませんと誤魔化し、とりあえず自らも周りに気を配ってみる。
 何故ソーディアンが自分を知っているのか。先ほど見た蒼い髪の男性と女性、そして金髪の男性は誰だったのか。何故自分はゲームの世界にいるのか。疑問は尽きなかったが、それを考えている状況ではない。
 マリーの視線と反対方向から、モンスターがその背に飛びかかってきた。
「っ、危ない!」
 叫び、マリーを突き飛ばす。それはもう盛大に。
 突き飛ばされたマリーは体勢を崩しつつ後ろを振り返り、が先ほどまで自分がいた場所に立っているのを見た。そして、そこに飛びかかったモンスターも。
 リオンが舌打ちして晶術を使おうとするが、間に合わない。
 誰もがそこに、が怪我を負う姿を想像した。が。
「やぁっ」
 軽くも取れる掛け声と共に、はモンスターの前足を掴みそのまま近くの壁へと背負い投げた。
「…………」
 沈黙が辺りを包む。
 その沈黙にいたたまれなくなったのか、が恐る恐るといった調子で下がっていく別のモンスターに回し蹴りを喰らわせる。
「うわーん、退かれたーっ!」
 少女らしいのからしくないのかわからない取り乱し様で、辺りのモンスターを八つ当たり気味に葬り去っていく。否、それは八つ当たりなのだろう。
 挙げ句の果てには、モンスターは全てに近寄らなくなっていた。近づけば逃げられるその怯えられっぷりに漸くはその怒りを静めた。
『……………………ぷっ』
 沈黙を破り、シャルティエが笑った。
 続いて声に出さずに気配だけでアトワイトとディムロスが笑う。
「え、あの。え?」
 は混乱し、そして今の自分の状況を顧み、赤面する。
 その様子を呆然と見ていたマスター達に、シャルティエが苦笑混じりに声を掛ける。
『坊ちゃん、やっぱり彼女、ですよ。僕達が保証します』
『こんなことできるの、きっと彼女だけね』
『出来れば天地戦争初期から欲しい要員だったな』
 口々に言うその言葉に目を白黒させるのはだけではない。スタンやルーティもついて行けていないらしい。
「先刻はありがとう。助かった」
「あ、いえ。お礼なんてそんな」
 ソーディアンの声が聞こえないマリーだけが酷く落ち着いてそう切り出す。
 それに素直に答え、助け合うことは大事です、とは言った。
 至って普通の少女の受け答えに、スタンの顔が綻ぶ。
「オレはスタン。スタン・エルロン。キミの名前は?」
「あ、はい。私はです」
「あたしはルーティよ。ルーティ・カトレット。よろしくね」
 後ろの方からの肩に腕を乗せるようにしてルーティが名乗る。
 その様子に溜息を吐くリオンの前では、さらに自己紹介が行われるようだ。
「私はマリー・エージェント。マリーでいい」
「じゃあ私はでいいですよ」
『ところで、歳は?』
「…………あの、あなたは?」
『ああ、私はディムロス。ソーディアンだ』
『私はアトワイトよ、
 まるで自分の名前を言い慣れている、親しみを憶えているかのようなソーディアンの声音に小首を傾げつつ、はどうも、とお辞儀をする。見えない相手に向かって。
「私は今、十六ですけど」
『…………』
 残念そうな気配がソーディアンから漂う。
 その気配に気付いて、が眉を顰めると同時。
『坊ちゃん、いい加減僕達も自己紹介を…………』
「素性もわからん人間にそれをしてどうする」
『ですから僕達が保証しますって。はいい子ですよ』
「…………」
 リオンとシャルティエの会話にぽかんとしては成り行きを見守る。
 出来れば一応名乗って欲しかったが、主要登場キャラクターの容姿と名前は既に説明書の絵柄と共に悠の手によってインプット済みである。
 故に今喋ってる少年がリオン、だと言うことだけはわかる。ソーディアンの方はシャルティエなのかイクティノスなのかベルセリオスなのかわからないが。
 だがしかし、坊ちゃんというキーワードと主従関係がハッキリしてそうなのを考慮すると。
「えっと、そちらの……剣士さんとソーディアン? さんは一体?」
 知るはずのない人間が知っているとおかしいので、とりあえず当たり障りなく聞いてみる。
「ああ、あのくそ生意気なガキはリオン・マグナスって言って、そのお守りがソーディアン・シャルティエよ」
 ルーティの言葉に胸中だけでやはりと呟く。
 紹介されたリオンは無言でルーティを睨みつけ、シャルティエなんかは『自分で言いたかったのに』と愚痴のようなものを零している。
 その様子ににっこり笑って、は改めてよろしくと言った。

























「とりあえず言っておきます。……私、この世界の人間じゃないみたいです」
 がまず切りだしたのは、自分の所属している場所、つまり身分のようなものをハッキリさせるための情報だった。
 この世界の人間ではない。つまり、異世界の人間。こんな突拍子もないことを相手(とくに悠に入れ知恵された所為でリオン辺り)が信じるとは思えなかったが、それでも彼等は意外なほどすんなりと事実を受け入れてくれた。
「……だってなぁ?」
「あれを見せられちゃあねぇ」
 には通じない、四人(+三本)の間の共通事項。曰く、蒼い蝶の大群に護られて宙に浮かんでいた少女。
 異世界人じゃなく神の遣いと言われても納得だ(それは後に現れる聖女に失礼だろう)
 歩きながらのこの会話、普段なら危険極まりないことだ。だがしかし、に恐れをなしたモンスター達は全く近づく気配を見せない。にしてみれば失礼極まりない事態である。
「でも驚いたわー。モンスター相手に素手で戦うなんて」
 そして怯えさせるなんて。
 言外に含まれた意味に気付かないでもないが、とりあえずそこはスルーしておくとする。流石に女性の端くれとしては耳に痛い言葉だ。
 やがて一つの部屋の前にやってくると、否応なしに全員の緊張が高まる。否、解ってない異邦人が約一名。
「これから何が始まるんですか?」
『神の眼って言うとっても危険なものがこの先にあるんだけど、それがどうなってるのか確認するんだよ』
「といっても、まだ先だがな」
 フン、とつまらなそうに鼻を鳴らすと、リオンが部屋の扉を開ける。中には一人の神官がいた。
 その神官に案内され、促されるまま礼拝堂へ向かうと祭壇に向かって祝詞を捧げ始める。
 その声をがぼけっとしながら聞き流していると、眠そうな金髪の青年がリオンの後ろに控えているように見えた。眠そうというよりは、今のこの状態を退屈と判断しているようだった。
 ソーディアンは三本。最初に見えたいないはずの人間が三人。恐らくは。
「……私って、幽霊だけじゃなくてこういうのも見えるんですねぇ」
 しみじみと過去の体験と照らし合わせつつ呟く。
 そうこうしている間に金髪の青年――――立ち位置からしてシャルティエだろう――――は消え、さらに祝詞が終わった。
 祭壇にあるスイッチを神官が押し、隠し扉が開かれる。
「あの」
 は神官に挙手をしてあえて触れてみた。
「祝詞、必要だったんですか?」
「もちろんです」
 即答された。