第14話 サモナイト石
身支度を調え、急いで繁華街へと走る。
何かあってからでは遅いと言うことで、トウヤとアヤ、ナツミは先に繁華街に行っている。
「あのガキ……。見つけたらとっちめてやる」
ぶつぶつ言いながらも付いてくるガゼルの姿に、面倒見がいいなぁ等とが思っていると、繁華街の入口へとたどり着いた。
人の波の間を縫っていくと、ある一カ所に人垣が出来ている。
「……嫌な予感」
ボソリ、と呟いたはハヤトと顔を見合わせ、次に聞こえた声に対して、共に深く溜息を吐いた。
「えらく強いガキがいるって聞かされて来てみればよォ。手前ェ等の差し金かッ」
なんというか、やっぱり、予想に反せず。そんな言葉が似合う展開だった。
人垣を掻き分けていくと、の目に飛び込んできたのは、中心近くにいるジンガ。その側にはナツミやアヤ、トウヤもいる。
向かい側には、バノッサ率いるオプテュス。
どうやらトウヤ達は、ジンガに合流できたところでオプテュスとも遭遇してしまったらしい。先程のバノッサの言葉は、それ故だろう。
一触即発の雰囲気が流れているそこへ、漸く人垣を掻き分けてやって来たが現れる。
「遅いよ、」
「ごめんなさい、ちょっと人混みって苦手で」
苦笑しながら謝ると、は未だ喧嘩を売ろう……というよりも、勝負を売ろうとしているジンガを止めるためにそちらへ一歩足を踏み出した。
地面の砂がじゃり、と音を立てる。
それに気がつき、バノッサが達の方へと視線を向ける。正しくは、へと。
「げ、バレた」
が眉を顰めつつ、これじゃあ戦いに発展するだろうなぁ、と諦めの、けれど何処か楽しそうな溜息を吐いたところで、バノッサが懐から何かを取り出した。
そして、その何かをに向かって投げつけた。
「ふみゃっ!」
猫のような声を発して何かを額に当てながらもキャッチする。
じんじんと硬い物がぶつかった痛さを訴える額を片手で押さえながら、もう片方の手で投げられた何かを眼前に掲げる。
それは、澄んだ紫色の石。
「…………サモナイト石?」
「なんでバノッサが? それもこれ、誓約済みじゃないか!」
側にいたハヤトがの手の中にあるそれを覗き込み、声を上げる。
ふと、思い当たる節にが頬を引き攣らせた。
「まさか」
「、思い当たる節でもあるの?」
「………………ある、といえばあるかなぁ」
視線を泳がせながら答えると、訝しげにが顔を覗き込んでくる。
そんなこちら側を気にもせず。
「おい、はぐれ野郎! 手前ェ、イカサマして逃げるんじゃねぇっ!」
叫んだバノッサにが眉を顰める。
「イカサマなんてしてませんっ!」
言って、手の中にあったサモナイト石をバノッサに向かって投げつけた。
サモナイト石は見事にバノッサの顔面に飛んでいき、当たる。
「しただろうが!」
「してません!」
そこからは一つのサモナイト石の投げ合いだった。
同じ言葉を繰り返しながら問題となるサモナイト石を投げつけ合う。もちろん、お互いの顔に向けて。
ぶつかって痛くないはずはないのだが、止める気配は微塵もない。
ここにやってきた原因であるジンガも既に蚊帳の外。バノッサとの一騎打ちとなっている。
「……なんていうか、間抜けな構図だよね」
いつの間にか隣に来て呆れ顔で呟くナツミに頷き、ハヤトはサモナイト石に刻まれていた召喚獣の名前を思い浮かべる。
「しかもあれ、誓約されてる召喚獣がリプシーなんだよね」
「じゃあ怪我しても召喚術が使えれば治せますね」
「そういう問題じゃないと思うよ? アヤ」
「つかさァ、いい加減止めなくていいの? バノッサと」
「そう思うんなら、お前が止めてこい」
「あ、俺っちが止めようか?」
「それだけは止めて」
そこにいた全員に止められたジンガは、ぶつくさ言いながらとバノッサの一騎打ちが終わるのを待つ。
他の傍観者達――――例えばオプテュス――――もどう止めればいいのか、はたまた止めない方がいいのか判断が付かないようで、オロオロと石の応酬を視線で追っている。
「してませんってば!」
が思い切り石を投げつける。
それを難なく受け取ったバノッサは大きく振りかぶり、
「いい加減認め…………っ!?」
投げることは出来なかった。
唐突に石が、リプシーと誓約しているサモナイト石が輝きだしたのだ。
全員の視線がバノッサの握るサモナイト石へと向かう。バノッサ自身の視線もそうだ。
光が一際強くなり、視界を焼き尽くすと思われた瞬間――――――――輝きだしたのと同じぐらい唐突に、石は輝きを失った。
そしてバノッサの目の前に現れるリプシー。
一部ではリプシーハピーとも呼ばれているそれは、きょとんとした顔で周りを見回した。
全員の視線は、リプシーとそれを呼び出したバノッサ、そしてバノッサが握るサモナイト石へと注がれている。
ふわり、と宙に浮かんでいるリプシーは己の役目を肌で感じたのか、バノッサに近付くと徐に石がぶつかって出来た怪我を治療する。それからバノッサと対決していたの方へもやって来た。
「……治療、してくれるの?」
リプシーに確認するように言葉を掛ける。
それに軽く頷いてみせると、リプシーは治療を始めた。
石が当たって出来た怪我は軽いもので、リプシーは難なく治療を終える。だが、問題は残っていた。
「誰が送還するの? このリプシー」
の呟きが一部だけ奇妙な静けさを保った繁華街で響く。
普通は召喚主だけが送還を行えるのだが、この場合の召喚主は恐らくバノッサ。召喚術を習っていない一般人。
ソル達にしてみれば一般人、それも敵対している勢力に召喚術、ひいてはその召喚獣の送還方法を教えたくはないだろう。教えて貰えたたちの方が例外なのだ。
どうしようか、と視線を近くにいたニッカにやれば、の視線に薄く笑みを浮かべるだけで困った様子すらない。
その様子に疑問の声を上げようとした瞬間、リプシーがぺこり、とお辞儀するのが視界の端で見て取れた。
慌ててリプシーを見れば、リプシーを送還の光が包み込んでいた。
一同は呆然と送還されていくリプシーを見つめ続けた。
リプシーが送還されて暫く、やっと思考のフリーズから抜け出した面々は混乱を隠せない様子でパニック状態に陥る。
「ど、どういうこと?」
「バノッサ、召喚術が使えるのか!?」
「俺様じゃねぇッ! オイはぐれ野郎! これも手前ェの仕業か!?」
「そんなわけないじゃないですかっ!」
「勝手に召喚獣が送還されたって!? あり得ない!」
「どーでもいいけどあのリプシーのお辞儀ってなにー!?」
パニック状態の仲間や敵対勢力を尻目に、ニッカは軽く息を吐き出した。
そして頭上に広がる空を見上げる。
「…………ミリーアさん。やっぱり彼女はあなたの――――――――」
呟いたニッカの言葉は、誰に聞き留められることもなかった。