第13話 熱血少年現る
漸くリィンバウムでの暮らしも慣れてきて、とりあえず新しい武器でも買おうかとは自室で一人考えていた。
ハヤトやトウヤが使っている剣は予備の物だ。
予備とは言っても、戦いに慣れてきたら、使えるように訓練してみよう、とが買って貰っていた。ほんのお遊び程度の心だったので、質はよくない。
それ故に威力が他の武器より劣っているように思う。お金稼ぎには少し辛い。
その分、が率先して前線に出て攻撃しているのだが。
それに殆どが家で待機しているとはいえ、ナツミやアヤの武器もお下がりだ。それぞれの手にあった物、とはお世辞にも言いがたい。
後から来た召喚師達も、防具を揃えておいて損はないだろう。
召喚術は後衛から発動して貰うが、防御力の弱い召喚師は敵に狙われやすいのだ。高くても狙われるときは狙われるのだけれど。
ついでに言えば、もう何本かナイフのストックが欲しい。ガゼルのように飛び道具にしようにも、本数がなければ使えない。
現在が持っているのは二本のナイフ。接近戦で弾かれたときの予備として、一本持っている程度だ。
「……よし、武器屋に行こう!」
思い立ったが吉日とも言う。
早速立ち上がり自室を出ると、広間に顔を出した。だがそこにいたのは。
「…………あれ? とリプレとアヤだけ?」
「そうよ。どうしたの、?」
リプレが振り返って問い掛ける。
それに頭を掻きながら広間に入ると、椅子を引っ張り出して腰掛けた。
の様子に少し首を傾げつつ、台所へと向かうリプレ。暫くすると、台所から手に何かを持って広間の方へと戻って来た。美味しそうな匂いがする。
「うん、武器屋に行って武器でも揃えようと思ってさ。ほら、ハヤトやトウヤって攻撃力高いでしょ。だから装備さえちゃんとすればお金稼ぎが楽だなぁ、って」
思っていたことを言いながら、リプレの持ってきた物に視線を移す。そこには芋で出来た簡単なお菓子が。
「うわぁ、美味しそう」
「がね、安くお芋を手に入れてくれたのよ」
「えと、知り合った親切な人が格安でくれたんです」
「ナイスだ、!」
ぐっ、と親指を立てて健闘を褒め称えると、お菓子へと手を伸ばす。
まだほんのりと温かなそれは、作りたての証拠だった。
「ああ、美味しそう…………」
甘いものを食べるときというのは、大抵の女の子にとって至福の時である。特に今回は有機野菜。身体にもいいだろう。
一つ口に放り入れると、柔らかな甘さが口に広がった。
「ん〜! 美味しい!」
「本当ですね」
アヤもお菓子の味を絶賛する。
至福の一時を堪能していると、玄関が開く音がした。
「……んむ、誰か帰ってきたのかな」
ひょい、と立ち上がるとお菓子片手には玄関へと向かう。
そしてそこで、
「……………………誰」
見知らぬ少年と顔を合わせることになった。
ジンガと名乗った少年は武者修行の旅をしているらしい。
金もなくどうしようかと思っていた所、繁華街に歩き出て暫く。
道を歩いていたお爺さんを突き飛ばしたオプテュスを見掛け、どうしてもその行為が許せずに対峙し。
それを見かねたハヤトとトウヤの二人に連れられて。
そうして今、フラットのアジトにいる。
ここに至るまでの説明を受けて、はちらりとジンガを見る。
何というか、熱血なのだと思う。情に厚そうだ。それがいいとか悪いとかではなく、ただ単にそういう性質なのだろうと冷静に、第三者として理解する。
きっとすぐに出ていくのだろうと思った。
「迷惑ついでっていったらなんだけどよ。ここに泊めてくれねえかな? 俺っちあんまり金無くてさ」
この言葉を耳にするまでは。
「はぁっ!?」
がたん、と椅子を鳴らして思わず立ち上がる。文句を言おうと身構えていたガゼルも思わず音の発生源であるを見る。
「あんたね、ここは今結構いっぱいいっぱいなのよ? あたし達がどうやって生活費稼いでるか解ってる? 泊まるなら金払えーっ!!」
あまりの剣幕に、ぜはぜはと息を切らせたを目の前にして誰もが言葉を失った。この沈黙は呆れとも言う。
そんな中、ジンガは驚いたように目を丸くしてを見ていたが、やがてリプレへと視線を向け、そこでぽむ、と手を打った。どうやら何かいい策が思い浮かんだようだ。
リプレを手招きすると、椅子に座らせる。
「目を閉じて、息を楽にして…………」
その前に立ち、手をリプレに翳して特殊な呼吸で練り上げた何かをジンガは掌から放出した。柔らかな光が見えた、気がした。
「……あれ? あれっ、あれれっ!? 肩こりが…………治っちゃった………………」
驚いたように目を見開き、肩を回してリプレが言う。その言葉によってジンガへと視線が集まった。そのうち一つは何故か感心したような色。
「ほう、【ストラ】か」
「レイドさん、知ってるんですか?」
「ああ。身体の治癒力を高める医術だよ」
「……気功みたいなものか」
成る程、とトウヤが納得しているとが首を傾げつつ聞く。
「きこう?」
「本来は中国古来の健康法の一つらしいよ。ほら、テレビで聞いたことない?」
「ああ、そういえば聞き覚えがあるような……」
そんな遣り取りをしている間に、ハヤトとナツミ、リプレが一丸となってガゼルを丸め込んでいた。
主にリプレが言いくるめているようだな、等と思いながら、思わずはトウヤと顔を合わせて肩を竦めてしまった。
部屋に戻り、は自分の世界から持ってきた鞄から一冊の本を取り出すと、それの表紙を捲る。表紙には緑色の石が填め込まれていた。
母親の、日記帳である。
ぺらり、とページを繰っていくと、ある文章が目に飛び込んできた。
『――――――――私はどうも行かなくてはいけないらしい』
思わずページを繰る手を止め、見つめる。
今の今まで、何が書かれているのか怖くて、この母親の故郷の文字――――今はリィンバウム文字だろうという結論に至っている――――で書かれた文章をまともに読んだことはなかった。目に止まることも、止まらせたこともなかった。
何処に行かなくてはならないのだろうか。
そう思い、文章の続きに目を向ける。
『――――――――夢の中で何度も見た、暗闇の中に座り込んでいる、あの白い髪の少年の所へ。暗闇の中、全てを見つめ、諦め、放り出そうとしている少年の所へ。それが今朝の夢でハッキリと解った。蒼い光は、彼を指し示していた』
「……蒼い、光」
何故か心臓が跳ね上がった。白い髪の少年も気になったが、蒼い光という記述に惹かれた。
【蒼い光】を、私は知っている――――――――?
はやる気持ちと焦る気持ち、そして少し早くなった鼓動を押さえて、その続きを読もうと、すっ、と視線を降ろした時。
「大変だーっ! 、大変よーっ!」
ばたん、と大きな音を立ててが飛び込んできた。続けてハヤトがやってくる。
あまりの音の大きさに、驚いて身体が一瞬跳ね上がってしまった。
「ど、どうしたの、。ハヤトまで。そんなに慌てて」
「じ、ジンガが! ジンガが繁華街にっ!」
「……え?」
「繁華街なんだって! ジンガがオプテュスとやりあったところ!」
「………………」
何を言われたのか一瞬理解できずに天井を見上げる。理解が出来たところで視線をハヤト達に戻し。
「……って大変じゃないですか!」
「反応が遅いっ!」
怒られた。