第15話 月見
結局。
パニックの末にジンガの件は有耶無耶になり、フラットもオプテュスも大きな被害なく繁華街を後にすることが出来た。
被害らしい被害と言えば、既にリプシーで治されており、それによる精神的疲労だけが両陣営に残る結果になった。
酷く、間抜けな結果だ。
「……ありえなーいー」
昼間の出来事を思い出し呟きながら、は屋根の上へ上がる為、梯子に手を掛けた。
どうにも昼間のパニックによる興奮が続いているようで眠れないのだ。
こんな時は月見に限る。そう思い立ち、部屋に戻らずこうして外へ回っている。
「」
そんなに背後から声が掛けられた。
驚いて振り返ると、そこにはハヤトとトウヤ、ナツミにアヤの四人がいた。
「どうしたの、四人とも」
「どうにも眠れそうになくてね」
苦笑しながら返したトウヤに、やはり昼間のことが原因だな、等と遠い目をしてしまう。
ふと、ハヤトが何かを持っていることには気付いた。
「ねぇ、ハヤト。それ何?」
「あ、これ? リプレに夜食作ってもらったんだ」
「ついでにジュースも持ってきたよん」
「わぁ、ナツミ準備いいじゃん!」
月見には絶好のシチュエーションとつまみだ、とは頬を緩める。
よし、と一声掛けると、はもう一度梯子に手を掛け登り始める。その後にハヤト達も続いた。
一同が屋根の上に上がると、夜空には大きな月がぽっかりと浮かんでいる。その周りには銀を散らしたかのように点在する星々。
「……綺麗ですね」
アヤの言葉に声無く頷く。
その場にいる全員がアヤと同じようにその景色を美しいと感じていた。
自分たちがいた世界では見られないであろう景色。異世界だからこそ見ることの出来る景色。それを美しいと感じられるこの場所が、共に美しいと感じられる仲間が、とても掛け替えのないものに思えてついは感傷に浸りかけてしまった。
感傷に浸っても何もならないというのに、と半ばその思考を頭から振り払うと、努めて明るい声を出す。
「さ、リプレに作ってもらった夜食、食べよ!」
「太らないといいなぁ」
「明日も沢山動けばいいんだよ」
「…………今日は殆ど動いてないような気がするなぁ」
「ジンガを追いかけて走ったぐらいでしょうか」
夜食を広げながら軽い内容の会話を交わす。
コップに注いだジュースを一口含んで喉を潤すと、トウヤが口を開いた。
「しかし、あのあとは大変だったな」
「ああ、ジンガ?」
「そう」
結局あのパニックの後、フラットに戻ってきたジンガが金を稼ぐためにあの場所にいたことを思い出し、もう一度行ってくると言って聞かなかったのだ。
流石に連続してこんな騒動はごめんだ、とがジンガを殴り倒してそれは阻止することが出来たのだが、今度はと勝負したい、とジンガが言い出す始末。
勝負から逃れるためにはハヤトを、ハヤトはナツミを、ナツミはトウヤをそれぞれ頼り、結局見るに見かねたアヤがトウヤと共にジンガを説き伏せたのだ。
そう言う意味ではオプテュスの精神的疲労とフラットの精神的疲労は等しくない。
「明日アニキとか呼ばれたりしてね、トウヤ」
「それをいうならだろう」
「ちょ、あたしのどこがアニキだってのよ!」
「じゃあアネゴ?」
「うっさいハヤト!」
びしぃっ、とハヤトの額にデコピンを喰らわせると、はリプレ作の夜食に手を伸ばす。
夜食と銘打ってるだけあって、胃に凭れにくい軽いものだった。
月がコップに注がれたジュースの水面で揺らめく。その様を見ていたアヤが小さく溜息を吐いた。
「どうしたの、アヤ?」
「いえ……。昼間のことで、少し気になっただけです」
「バノッサと、かい?」
「……はい」
コップの中の月から視線を離し、アヤは四人の方を向く。
「なんだかあの二人、仲が良さそうに思えて。それに一体何時、あのサモナイト石はバノッサの手に渡ったんでしょうか」
「それは僕も気になっていた。…………でも答えが出ない」
トウヤは首を左右に振ると、両手を斜め後ろについて夜空を見上げた。
「知り合って数日の僕達じゃあ、と長い付き合いのと違ってがどういう行動に出るのか、なんて解らないし」
溜息混じりに呟く。
行動が解らないから、一体どこで接点を持つかも解らない。
そんなトウヤにハヤトとナツミ、アヤが頷いたところで、
「あ、言ってなかったっけ? あたしと、仲良くなったのはリィンバウムに来る直前だよ」
あっけらかんとは言い放った。
「……は?」
「だからー、あんまりみんなと変わらないんだって。と一緒に過ごしてる時間」
肩を竦めて言うと、ぽかんとする面々。
それに苦笑しつつ、それでもは真剣に宣言した。
「でもね、は絶対にいい子だよ。死神ユダなんて………………死神となった裏切り者だなんて呼ばれてたのがおかしいぐらい」
それだけは解る。理解ってる。
宣言したの瞳に宿った強い光に四人が口を閉ざす。
と、下の方から足音が聞こえてきた。
「……なんだろ」
真っ先に我に返ったナツミが屋根の縁に手を付いて下を見れば、そこには話の主、の姿。
噂をすれば影とはこういう事だろうか、等と思いながら四人を振り返ると、四人とも屋根の縁までやって来て下を見た。
全員が視界にの姿を捉える。
は一人静かに庭に立ち、夜空の月を見上げているようだった。
つ、と身体の両脇に下ろしていた腕を胸元まで持ち上げ、ゆっくりとは目蓋を半分以上降ろし瞳を伏せる。
それと同時に、が口を開いた。
「Inamam onih sionos.Oyonom oneteb useatu.
Inamam onio moonos.Oyonom oneteb useatu.
Uratawi kibihin iakes.Ekotinik iatahatu.
Usta nahik otowio moonos.Etag ayahatu atekoti nikiat.
Usta nahik otowih sionos.Etag ayahatu atiibihi niakes.
Ahio moa hihsi.Atera tana hikot.
Ukiete akowi akesoti rukkuy.
Owu kuhuk uysini akes.Eatu.
Owu kuhuk uysini hconi.Eatu.」
の口から紡がれる旋律に乗せられた詞は、日本語でも、リィンバウムの言葉でもなかった。
呆然と聞き入っていた五人は、背後に誰かが現れたことに気付けなかった。
「謳え全てのモノよ、その意思のままに。………………って、歌ってるんだと思うよ」
「うわぁっ」
声を掛けられて漸くその存在に気付く。
振り向けば、にこりと柔らかな笑みを浮かべて立っているニッカの姿。
「みんなの姿が見えないんだもん、探したよ?」
「おおお、脅かさないでよっ」
「脅かしちゃった?」
こてん、と首を傾げるニッカに溜息を落とし、ナツミは肩も落とす。
その様子にやはり疑問符を浮かべながら、ニッカは何をしていたの、と五人に言葉を掛けた。
「月見をしてたら……ね」
ハヤトがそう言ってちらりと視線を向けた先である庭には既にの姿はなかった。
「それよりも、先刻の歌を知っているんですか?」
「言葉は知らないけど、旋律は知ってる。歌詞の内容も。知り合いが旋律だけよく歌ってくれてたんだ」
柔らかな、けれど何処か哀しそうな笑みを浮かべたニッカはそのまま月見に参加し、月見は夜半を過ぎるまで続けられた。
後書き
ようやっと15話です。ここまで来るのにえらく時間が掛かってますね……(汗)
しかもゲーム的にはまだまだまだまだ序盤! 序の口の序の口!
ええっと、色々と首を傾げるようなセリフやら現象やらがありますが、とりあえずそれは伏線です。隠せてないだけです。
うぅ、気付かせないような伏線の張り方が知りたい……!
とりあえず第一章はここまでです。
物語は第二章へと向かいます。そこで少しは謎が明かされる…………といいな。
それでは皆様、次の更新を気長にお待ちください。