第12話 勉強しよう
は何故かリィンバウムの文字が読めなかった。
同じ時、同じ場所から召喚されたも、ずれて後からリィンバウムにやってきたハヤト達四人もリィンバウムの文字が読めるのに、だけが読むことが出来なかった。
そしてハヤト達はリィンバウム文字が読めても書くことが出来ない。読み書き両方をそつなくこなせているのはだけだ。
と言うわけで、ここサイジェント南スラムにあるチームフラットのアジトにて、リィンバウム読み書き講座が召喚師達の手によって開かれようとしていた。
「うぅ、異世界に来てまで勉強するなんてっ」
「仕方ないわよ、。ファイト!」
「人事じゃないって、ナツミ」
現実逃避の一種なのか、遠い目でそんな会話を始める、ナツミ、ハヤトの三人。
半ベソをかいているようにも見える。実際心境はそのものなのかもしれないが。
そんな三人と違い、アヤとトウヤは順調に教えられたことを吸収していっているようだ。
教えているキールとカシスが上手いのか、はたまた生徒が優秀なのか。恐らくこちらの組は両方なのだろう。そう思いながらはたちの方を見る。
あちらは生徒のやる気のなさが原因かもしれない。やる気のなさ、もしくは飽きっぽさ。
それでもナツミとハヤトは何とかなっているのだ。問題は読み書き両方出来ないただ一人。
両脇のナツミとハヤトがリィンバウム文字を日本語に訳し、それをが頭に叩き込む。
だからなのかもしれない、と思い直す。
やる気十分で頑張っていても捗らないのは、手間が多いから。ならその手間を省くことが出来れば効率が上がるのだろうか。
暫し頭を捻り、何か思いついたのかはくるり、と踵を返して広間から自分たちの部屋へと向かう。
ぱたぱたと早足で戻ってきたの手には一冊の本が。
「、これ使って」
一緒にこちらへ来た荷物から取り出したのだろうその本は、丁寧な作りだった。
一冊買うのに何千円もするハードカバーの形。その表面は革張りで、表紙の中央より少し下の部分に緑色の石が填められている。
から手渡され、本の表紙を繰り中に書いてある文章に目を通す。
「これ……? 読めないんだけど」
「あ、ちょっと待って。…………このページ」
眉を顰めるに慌てては本の中央近くのページを開く。そのページには、五十音とそれに対応する文字が書かれている。まるで小学校の時に習うローマ字表のように。
相も変わらず首を傾げている。好奇心が勝ったのか、こちらへやって来たトウヤが本を覗いて目を見開いた。
「リィンバウム文字の五十音表!?」
「ええっ!?」
声を上げ、ハヤト、ナツミ、アヤが覗き込む。その後ろから遠巻きに覗き込むようにして召喚師五人。
間違いなくそれはリィンバウム文字。そしてそれと対応させられているのが、日本語の平仮名。
左のページはリィンバウム文字から平仮名を、右のページでは平仮名からリィンバウム文字を、それぞれ調べられるように対応させて書かれている。
声も出せずに呆然とし続ける彼等に、は更に爆弾発言を投下する。
「それ、お母さんの日記帳なの」
一同、絶句。
いち早くショックから立ち直ったのはニッカだった。
の手から日記帳を奪い取ると、表紙を閉じて填っている石の表面を撫でる。
滑らかな表面はひんやりと冷たく、それが石であることを裏付けている。透明度は高く、光の加減で緑の中に蒼い色を見つけることが出来た。
「…………これ、って。サモナイト石じゃあないよねぇ?」
じっと石を見つめていたニッカが真剣な顔でを見て、確認する。
「違う、と思う」
現在の持ち主であるは曖昧にしか答えられない。
の母親は既に亡くなっている。それも、まだが小さいうちに、だ。日記帳についてなんて聞くことが出来ない。
第一、生きていたとしても今自分たちががいるのは、地球ではなくリィンバウムという異世界。聞くことはもちろん出来ないし、リィンバウムに来ることにならなければ、その日記のおかしさに気付くこともなかっただろう。
だよねぇ、と元から確固とした答えを期待していなかったのかニッカが呟いた。そして一転して笑顔になる。
「ま、いいや。よっし、僕はこの文字を憶えよう」
「…………ニッカ」
「いいでしょ。もしかしたら……たちの逆で、こっちから向こうに行ったかもしれないじゃん。そしたらここに解決方法があるかもしれないし。…………ほら、後半は全部このシルターン文字によく似た文字だよ」
パラパラとページを捲ってみせる。
五十音表があるページより後ろは、日本語とリィンバウム文字が入り交じっている。
しかし、ページが進むにつれてリィンバウム文字は姿を消していっていた。
「……解った。じゃあニッカ、その文字を憶えてくれ」
「アイアイサー!」
ソルに言われ、びしっと敬礼を決めてからの隣に日記帳と共に移動する。もちろん、左隣だ。そうでないと表がどちらからも見辛くなる。
ちょこん、と座ったニッカにを任せ、ハヤト達四人は残った召喚師四人に書きを教わる。
手持ち無沙汰なは何の気無しに、広間から静かに出て庭へと回った。
太陽は頂点を過ぎ少し西へと傾いている。まだ日没まで時間はあるが、流石に遠出はしたくなかった。
地面に伸びた影は身長と同じぐらいの長さだろうか。その影に目を落としてから、すぐに空へと視線を向ける。
太陽が天頂近くにあるときよりも青みを増した空が、頭上いっぱいに広がっていた。
「空は何処も、変わらないのね……」
ホームシックにならないわけがない。けれど、帰るべき「家」がない。だからここで、新しくできた帰るべき所だと思えるこの家に早く慣れよう。
そう思いながらは青い空を一人で見上げた。