第10話 金の派閥の召喚師










「まさか昨日の今日で、花見に行くことになるとは思わなかったな…………」
「思い立ったが吉日と言うだろう?」
 トウヤの呟きに一番張り切っているエドスが振り向き、答える。
 それもそうだと頷きながら、ハヤトはリプレが腕によりを掛けて作ってくれた弁当を抱え直す。大人数だから弁当の量も多くなるわけで、女性陣には持てないことから男性陣が分担して運ぶことになったのだ。
「でも楽しそうだね、エドス」
「ははは、わかっちまうか? 大勢で花見に繰り出すなんて、すごくひさしぶりなんでな。ガラにもなく、はしゃいじまってるんだよ」
 ナツミの問に答えながらも歩む足は止めない。よほど楽しみなのだろうと思う。
 その様子だけでも、昨日花見というイベントをエドスに思い起こさせてよかったとは微笑する。
 よっ、と掛け声を掛けて飲み物の入ったバッグを担ぎ直すの手に、そっとアヤの手が添えられる。
「大丈夫ですか? 
「だいじょーぶよ。これぐらい平気だから心配しないで」
 心配そうなアヤにそう言うと、じゃあこれを持ってもらおうかな、と言って軽めの飲み物の入った入れ物を渡す。
 もちろんアヤはそれを受け取り、少しは頼ってくださいね? と念を押すとの横に並んで歩き出す。
 その様子を微笑ましげに見つめるリプレと。心境は子供を見守る母親と言ったところだろうか。
 だがそんなの持つバッグにはサモナイト石が入っている。何処ででもやってみた方がいいとに言われ、持ってきたのだ。ある意味物騒極まりない。
「アルサック見るの、楽しみですね」
「ええ。でも殆ど花より団子でしょうね」
 くすくすと笑うリプレにはそれが悪いと思っている様子はまったくない。連れてきた子供達だって、花を愛でるよりまず料理を楽しむのだろう。
 そんな風に和やかに歩き、アルク川に付いた頃。
「あっ!」
 先頭を歩いていたトウヤが声を上げた。
 急いでトウヤの場所まで行くと、アルサックの木を囲むようにテントが張られている。
「昨日までは、あんなのなかったのに」
「場所取り合戦に負けたか〜!」
 呆然と呟くハヤトと悔しがる。悔しがるポイントがずれているようで正確なのは流石と言ったところか。
「おいおい、これじゃあろくに花が見れねえぜ」
「むう…………。場所を空けてもらうように頼んでくるかな」
「いや、エドス。それは無理だろう」
 苦虫を噛み潰したような顔で言ったエドスの肩を掴み、レイドが止めた。
「何故なんですか?」
 きょとんとした顔で聞くアヤに、テントの方を見なさいと言ってからレイドは説明を始めた。
「テントの周りに警備の兵士がいる。つまり、あそこにいるのは」
「あの城にいるような貴族、って事ね」
「ああ、その通りだ」
 の言葉に頷き、レイドは日を改めるしかないだろうな、と呟いた。
 その言葉にエドスが頷きかけたとき、
「もったいないです」
 唐突にが口を開いた。
「リプレが作ってくれたお弁当、無駄になるんですか? それならここで花を遠目に見ながらハヤト達の歓迎会、やりましょう」
 妙に説得力のある、逆らいたくなくなる言葉遣いだった。
 言いきったの笑顔に、それもそうだと頷いて。
 近くの木陰へと場所を移して弁当が広げられた。
「お、今日は手が込んでるんだな」
 弁当を見ての第一声はガゼルのものだった。
 いつものリプレの料理よりも手が込んでいて、花見を楽しみにしていたことを言外に語っている。
 中にはガゼルたちリィンバウムに住む者達には見慣れない料理も入っていた。ひょい、とその料理をトウヤが口へと運ぶ。
「…………これ、ちょっと違うけど肉じゃが?」
「正解よ、トウヤ。その『にくじゃが』っていう料理、が作ってくれたの」
「へぇ、が」
 料理上手だとは思っていたが、リィンバウムの食材で和食を作ってしまうとは。
 そう言う尊敬の念を込めて地球組は揃ってを見る。
「あ、えと……自炊歴、あるから」
「そういう問題ではないと思うんだけど」
 苦笑しつつ、美味しいよ、とハヤトは他の和食にも手を伸ばす。
 どれどれ、とガゼルたちリィンバウム組も手を伸ばし、美味いじゃないかと口々に言った。リプレは朝の時に作り方を教わったから、これでいつでも作れると嬉しそうにしている。
 リプレとが作った、リィンバウムと地球、二つの世界の料理を囲み、ハヤト達歓迎会は滞りなく行われた。















「あー、楽しかった」
 ついついエドスとアルサックの花の美しさについて色々と語り合い、時間の流れを忘れていた。
 は伸びをすると周囲に視線を彷徨わせ、ガゼルとハヤト、ナツミの姿が見えないことに気付く。
 おかしいなと首を傾げていると、貴族のテントから紫色の光――――サプレスに属する召喚を行った光――――が溢れ出したのが見えた。
「まさか…………」
 嫌な予感に冷や汗が流れたが、ガゼルなら有り得ると思い直し、立ち上がってテントへ向かって走り出した。
 途中でトウヤとアヤ、を拾い駆けつけると、既にレイド達が到着していた。
「何があったんですか?」
 アヤの問に渋い顔をしてエドスが答える。
「ガゼルたちが貴族のテントに入り込み、料理をつまみ食いしたそうだ」
「…………」
 呆れる一同。
 ばつが悪そうな顔をしつつ、ガゼルたちは召喚師と思われる人間と召喚獣、そして数人の兵士に意識を向けている。
「フハハハハッ! 金の派閥の召喚師、イムラン・マーン様にたてついた報いを思い知れぇ!!」
 紫のサモナイト石を持ちつつ、召喚師が律儀に名乗ってくれる。よほど腕に自信があるのだろうか。
 持ってきていた武器と誓約済みのサモナイト石を持ち、イムランとその召喚獣、兵士達に立ち向かう。
 流石に貴族を護る兵士だけあって手強い。レイドやエドスに任せ、ガゼルで攪乱。召喚獣は召喚術や接近戦でダメージを与えていく。そうやって徐々に数を減らしていったとき。
「きゃあっ」
 壊れ地面に散乱していたテーブルに足を取られ、アヤが転ぶ。それをアヤと戦っていた召喚獣が見逃すはずもなく、雷のようなものをアヤへと放った。
 目を瞑って衝撃に耐えようとする。だが、いつまで経っても衝撃はやってこない。
 恐る恐る目を開けば、膝を付いているの姿。そしてそれを庇うようにして立つトウヤとハヤトの姿が飛び込んできた。
「アヤ! !」
 遠くの方からナツミの声も聞こえてくる。
 心配そうに、すまなさそうに覗き込んでくるアヤに平気と言うと、は震える足で立ち上がる。先ほどの雷が効いているらしい。
 アヤも立ち上がり、を支えると、対峙している召喚獣に目を向ける。
 その召喚獣がもう一度同じように雷を落とそうとしたとき。




「…………私の友達を傷つけるのは許しません」




 凛とした声が響いた。声の主は
 召喚獣がその声に含まれた威圧感に気圧される。サプレスの者が、の怒りの感情を畏れたのだ。
「ええい、何をしている! 早くやらんか!」
「あなたは黙っていなさい!」
 ぴしゃりとイムランに言い放ち、すっとが一歩踏み出す。
 その瞳の色は、蛍石にあるような薄い緑色に変わっている。
「これ以上私の友達を傷つけるのは、許しません」
 静かに、けれど力強く言葉が放たれる。召喚獣が気圧され後退る。
 ただはゆっくりと歩いてくるだけだ。傍目にはそうとしか見えない。けれどサプレスの召喚獣は、そんなに何かを感じているようだった。
 ぎゅっ、とキールの拳が握りしめられる。
「……………………まさか」
 ぽつり、と青ざめた声で呟いたのはイムランだった。
 紫のサモナイト石を輝かせ、召喚獣を送還するとギッとレイドの方を見る。
「これは貴様のしくんだことかっ! 私に恥をかかせるために!」
「否定したところで貴方は信じないでしょう? だったら無駄ですな」
 レイドの態度にさらに青筋を浮かべ、言葉を繋げようとする。
「どこから連れてきたのか知らんが、こんな…………っ」
 その言葉のあとを、まるで言えばそれが現実になってしまうかのように途切れさせ、イムランは何も言わなくなる。
「帰るぞ、みんな」
 そんなイムランの様子を見て、レイドが言う。
 大丈夫だというような眼差しに促され、とりあえず全員でその場を後にした。















 その後リプレによってガゼルとハヤト、ナツミの夕食が抜かれることが決定し。
 可哀想に思ったの手によって、空腹しのぎのようなお菓子が与えられた。
 そんな、夜。
 与えられた部屋の一つに召喚師五人が揃っていた。
「昼間の彼女の様子を見たか?」
「ああ。……サプレスの召喚獣が怯えていた」
「あたしも怖かった……」
 思い出したのか、カシスが己の肩を掻き抱く。
 そんなカシスにそっと手を振れ、クラレットが言う。
「けれど、仲間のために怒ったんですよ?」
「それでも、彼女が一番怪しいことには変わりない」
 キールはキッパリとそう言いきると、紫のサモナイト石を取り出す。
「恐らく、まだ彼女の中の力が揺らいでいるんだ。……だから召喚が出来なかった」
 それは、言外に今ならまだ間に合うと言っているようなものだ。
 顔を顰め、反対意見を持っているような素振りを見せるニッカ。そんなニッカをソルが見る。
「ニッカはどう思う?」
「……あの人は、いい人だよ。あの力は持ってないよ」
「断言できるか?」
「それは…………っ。……………………出来ない」
 キールの言葉に項垂れ、ニッカは床を見つめる。
 そんなニッカの頭に手を置いて、ソルが言う。
「まだ決めつけるには早いんじゃないか?」
「…………そうだな。だが、彼女には気をつけろ」
 危険人物だとキールは言う。
 クラレットやニッカはそれにまだ納得できず、カシスとソルは中立、いや、カシスはキールの意見に近いかもしれなかった。
 結論を出すには早いが、注意だけは必要で。
 だからこそキールは真っ先に注意を促した。
「……疑いたく、ないよ」
 月の見守る夜、そう最後に呟いたニッカは眠りに落ちた。








後書き