第7話 荒野の四人
一夜明け、広間では。
「……どうかな?」
「うんうん。よく似合っとるぞ」
「これならお前らも、立派にこの街の住人だぜ」
「寸法とかはどう? きつくない?」
「うん、信じられないくらいぴったり」
「動きやすいです」
「ならよかった」
リプレに服を渡され、ちょっとしたファッションショーのようになっていた。
紺色のロングスカートと白いTシャツ、その上に水色の上着というシンプルな姿は。黒いズボンに緑のTシャツ、背中に模様の入ったオレンジの短めな上着という姿はである。
ほっとしたような声に微笑み、はエプロンを手に取る。
「早速お手伝いさせてね、リプレ」
「わかったわ。ふふ、頼もしいわね」
顔を見合わせると、お昼は何にしようかと相談しながら台所へと入っていった。
残されたは暫く腕を組んで何事かを考えた後、徐に走り出すとガゼルの部屋まで行き、中にいたガゼルを腕を絡めて捕まえる。
「ガゼル、ちょっと付き合って!」
「はぁ!?」
なんでだよ、と言って腕を振り払うガゼルにぶりっ子ポーズで迫る。
「いいじゃな〜い、少しぐらい付き合ってよぉ。あとで何でも手伝ってあげるからさ〜」
「……………………気持ち悪」
「酷っ!」
青ざめた顔で眼を逸らすガゼル。いや、目を逸らすだけでは足りないのか顔全体を逸らしている。
ぶぅ、と膨れると、は床に腰を下ろす。どうやら承諾するまで動かない気らしい。
呆れたように溜息を吐き、ガゼルがを見る。
「……で?」
「へ?」
「俺に付き合って貰いたいんだろ? 言ってみろよ」
「ほんと!? サンキュー!」
「さ、さん…………?」
「ありがとうって意味。えっとね、ナイフの扱い方。今のままだと自分でも解るくらい危なっかしくてさ」
昨日自分で自分を斬りそうになったし。
そんなの言葉にガゼルは眉を顰め、基本は覚えさせといた方がいいかもしれねぇな、と呟く。
「じゃあ庭に行くぞ。お前のことだから基本だけでいいだろ。教えてやるよ」
「いやっほぅ! 流石ガゼル、話が解る☆」
ぴょんと飛び起きて早足にはガゼルの部屋を出て行った。
「…………………………………………アイツ、きっと気にしない質なんだろうな」
その後ろ姿を呆れながら見ていたガゼルも一言呟いて庭へと足を進めた。
「昼間からお魚、というわけにも行かないから魚釣りは午後に行くとして」
商店街を思案顔で歩いているのは一人。昼食のための買い出しに来ているのである。
この世界で何が作れるかは解らないけど、やるだけやってみよう。
そう心の中で決めたとき、前から荷物を沢山持った少女が歩いてきた。その姿に、知らず眼が行く。
「よっ、とととっ……」
危なっかしくバランスを取っている姿は、見ている方の心臓によくない。実際はハラハラとその様子を見ている。
ぐらり、と荷物が揺れる。
「うわっとっと」
「あああ、危ない…………」
思わず呟いてしまうような動きだったが、どうやら持ち直したらしい。何とか崩れずに少女の腕の中に収まっている。
少女が近づいてくるにつれて嫌な予感がしてくる。
転んで荷物をぶちまけやしないか。
そんな予感は、最悪の形で実現された。
「うわっ、あわわっ! うひゃあ!!」
「って、きゃあっ!!」
少女がの近くで転んだのだ。それもを巻き込む形で。荷物を避けることも出来ず、そのままは荷物の雪崩に巻き込まれてしまった。
ばらまかれた荷物に少しのし掛かられながらも、呆然と少女の言動を見守る。正しくは呆然としていることしかできないのだが。
「ああっ! 大事な荷物がぁっ!!」
慌てた様子で少女は荷物を拾うと、一つ一つ確かめていく。
確かめては拾い、拾っては確かめる。
一通り確認がすむと、ほっと安堵の息を吐いた。どうやら周りは眼に入っていないらしい。
「……良かったぁ。とりあえず無事だよぉ」
呟くとまた荷物を抱え、少女は急ぎ足で立ち去っていく。
「さ、急げ急げ!! お師匠に叱られるぅ!」
その声と後ろ姿を見ながら、は暫く呆然としていた。
「しっからっれるぅ〜」
声と共に少女の姿が小さくなり、やがて見えなくなる。
我に返ったが最初に呟いた言葉は、
「…………そそっかしい足の速い子だなぁ」
だった。
ひゅっ、と風を切るナイフ。そのナイフはしっかりとの手に握られている。
「よっ、とっ、ほっ。……こんなもんかな?」
庭でガゼルに教えられた事を復習する。
基本的な動作と注意事項しか教わっていないが、それさえ身体と頭に叩き込んでおけばナイフは殆ど使えることになるだろう。
そんなの側にガゼルの姿はない。教えることだけ教えると、さっさと部屋へ帰って行ってしまったようだ。
一人黙々と基本動作を繰り返す。機械のように精密に、とはいかないまでも、何度も反復するうちに動きが板に付いてきた。それをさらに研ぎ澄ましていくようにナイフを振るう。
ひゅん、と風を切ってから鞘に収め、取り出しやすい位置にナイフを戻すとぐぅっと背伸びをする。
「んむぅ〜。…………同じ事ばっかしてると疲れるわぁ」
身体が固まっちゃうもしれないねー。
一人呟き、首を鳴らしたところに足音が近づいてくる。首だけを音の方向へ向けると、部屋に戻ったはずのガゼルが立っていた。
「よお、。お前、さっきあとで何でも手伝うって言ってたよなぁ?」
「うん、言ったねぇ」
「ふっふっふ。だったら、俺に付き合ってもらうぜ! 薪が切れちまってたんで取りにいくんだ。付き合うよなっ?」
「薪? 何処まで取りに行くの?」
「すぐそこの森だよ」
「んじゃ付き合ったげる」
「よっしゃ!」
小さくガッツポーズをすると、付いて来いよとを促して孤児院の門を潜って行く。
そのまま付いていくと、街の出入り口の方ではなくスラムの壁の方へとガゼルの足は向いているようだった。
「ちょっと。街の外に出るなら、門はこっちでしょ?」
「ちっちっ……。アレを見ろよ」
指で指し示された壁を見てはあっ、と息を呑んだ。
「街の外壁に大きな穴があいてる……」
「あそこから出たほうが楽だろ?」
軽く言い放ち、壁の大穴に足を掛けて外へと出る。もそれに習って外に出る。そのまま暫く歩いていくと、やがて森へと辿り着いた。
「……ってわけでな。戦争の時に壊された壁がほったらかしになってるのさ」
途中でされた歴史の小授業の締めくくりはそうなされ、ふぅん、と頷いて、は後ろの方にあるであろう穴の開いた壁を振り返る。
「そこを勝手に出入りしてるわけね」
「まあな。この街にあるスラムは、みんな壊れた壁の側にあるんだぜ。外敵が襲ってきた時に一番ヤバイ場所だから、誰も住みたいと思わねえんだよな」
「なるほどね。多分あたし達もあの穴から街に入ってきたんだろうね」
「間違いねえだろうな。……ほれ、こっちに来てみな?」
促され、森の中を進んでいくと、やがて視界が開ける。
開けた視界の先には、地平線まで続くであろう茶色の地面。つまり、荒野が広がっていた。
「う、わぁ………………」
それだけ呟くと、ぽかんとして風景を見つめる。
日本では見られない地平線まで続く荒野を改めて見て、ここからサイジェントまでよくたどり着いたな、と思う。
「…………どうだ? 見覚えあるか?」
ガゼルの声に振り向き、眉を寄せながら頷いてみせる。
「うん、結構。……この先だろうね、あたし達が最初についた場所があるのは」
ここから南は全部こういう荒野が広がっているという。おそらくサイジェントの工場区から出される汚染水が原因だろう、とガゼルは苦々しげに荒野を睨みつけた。
「…………ね。行ってみちゃ駄目かな?」
「は?」
唐突なの申し出に、ガゼルが目を丸くする。
ぽりぽりと頬を人差し指で掻きながら、は苦笑を浮かべる。
「今すぐにってんじゃないよ? いつでもいいんだ。手が空いてるときに行きたい。…………ほら、帰る手掛かりがあるかもじゃん」
「………………………………そうだな。明日にでもみんなに声かけてよ、行ってみようじゃねーか」
「ありがと、ガゼル」
「まぁまず薪が先だな」
「よっし、頑張るぞ!」
踵を返して張り切った様子のまま森に向かうの後を、ガゼルもあわてて追っていったのだった。
翌日、朝食を取った後に、、ガゼル、レイド、エドスの五人は玄関前に集まっていた。
「リプレたちだけに留守を任せて大丈夫かな」
「心配ねえよ。あいつなら何かあってもうまくやれるさ」
「まあ、確かにお前さんよりは何倍もしっかりしとるがな」
「……なんだよ、それ」
「あはははは!」
「くすくす」
ガゼルとエドスの掛け合いに思わず笑うと。
その横でレイドが神妙な顔をして呟く。
「まあ、一緒に連れていくほうが、間違いなく危険だからな」
「ああ……。外にゃあ【はぐれ】も出るしなぁ」
渋い顔をして頷くエドス。ガゼルもそうだな、と肯定した。
だがとは知らない単語の出現にお互い顔を見合わせる。「はぐれる」は知っているが、脅威になる「はぐれ」というものは知識の中にはない。
「【はぐれ】?」
「って、なんですか?」
との疑問に肩を竦め、そう言えばそっちには召喚術はなかったな、とエドスが言う。
どうやら召喚術に関する単語のようだということだけはわかった。
そうだな、と呟いてからガゼルが簡単に説明する言葉を選んで口を開いた。
「ま、化け物ってヤツだ」
「ば、化け物ぉ!?」
「ははは、滅多なことでは出くわさんよ。心配せんでいい」
目を白黒させながら驚くに苦笑し、エドスが安心するように言ってくれるが、それでもやはり気になってしまう。
「そうなんですか?」
「だが、用心するに越したことはない。それなりの準備をしてから行くとしよう。支度がすんだら、また玄関に集合だ」
恐る恐る尋ねたにレイドはそう答え、その場は準備のために一時解散となる。
はとともに商店街に出かけ、少しでも足手纏いにならないように回復道具を買う。
「、何か手掛かりが見つかるといいね〜」
買ったFエイドなどの回復道具を抱え直し、が隣のへと声をかける。
そうねぇ、とおっとりと返しながらは店の品をじっくりと見ている。他にも何か買うのか、はたまたただ見ているだけなのか。
どちらにしろ自分は荷物持ちなのかと少々肩を落とす。と、その肩に手が添えられる。
「どっちにしろ、きっといいことがあるわよ。手掛かりが見つからなくても、ね?」
「……………………そうだね、いいことがあるよね。ってかピクニックだと思えばいいんだよね」
「そうそう、その意気よ」
にっこりと優しく微笑むと、の持っていた荷物の半分をは受け取り孤児院の方へと歩き出した。
「あ、ちょっと待ってってば!」
その後ろ姿をあわてては追う。
の慌てた足音を聞き、苦笑しながらは胸中で密かに呟いた。
きっと、手掛かりは見つかる。見つからなくても、「会える」。そんな予感がするのは一体何故だろう、と。
準備が終わり、達は荒野の直中を進んでいる。
そんな中、は俯き何かを考えている。
「ん、どうした? さっきから思いつめた顔をしとるが」
そんなの様子にエドスが最初に気づき、声を掛ける。
「いやね、ちょっと……」
「ははぁ。お前、【はぐれ】に襲われないかって心配してんだろぉ?」
「そうじゃないよ…………。ただ、呼ばれた場所のことを考えているんだ。あの時はあそこから逃げることだけに夢中で、どうやって街に来たのかわからなかったし……。もう一度あの時の場所にたどり着けるかが、ちょっと不安なの」
考えていたことを口にすると、なおさら不安になってくる。
「しかしまあ、なんだ。心配すんなよ!」
「お前さん達がここにいる以上、その場所は夢や幻の世界じゃない。根気よく探せばいいさ」
「エドスの言うとおりだ。あきらめずに行こう」
そんなを励ますように――――実際励ましているのだろう――――ガゼルが明るい声をあげた。それに続けてエドスとレイドも励ましてくれる。
「……うん」
にこりと微笑むと、は暗い考えを振り払うようにしっかりと前を向いて歩き出した。
最後尾で暫く歩いていると、背後の方で微かな気配がした。
振り向いてみると、慌てて隠れる緑色。
苦笑しつつ、一人離れて緑色が隠れた場所まで歩いていく。
「…………何しているの? フィズちゃん」
「あ………………」
名前を呼ばれた緑色の少女、フィズは思わず体を強張らせる。
「ここら辺は危ないんですって。付いて来ちゃったの?」
安心できるように微笑み、手を差し出す。
フィズが小さく頷いたのを見て、軽く溜息を吐く。
「だ、だって聞いても教えてくれないのよ!? あたしだけ仲間はずれなのはおかしいもの!」
その溜息を怒る前の予備動作と受け取ったのか、慌てて弁解しようとするフィズ。
その様子が微笑ましく、そうね、と目線をフィズに合わせるようにしてしゃがむ。
「仲間はずれはいけないわよね。ごめんね? でもここ、はぐれが出て危ないんだって。だから危険な目に遭わしたくなかったんだと思うな」
「…………そうなの?」
「少なくとも私はそうよ? フィズちゃんが危険な目に遭うのはイヤだもの」
にっこりと笑ってやれば、フィズも表情を幾分か和らげる。
その時自分たちが来た方向から、ざりっ、と土を踏みしめる音がした。
慌てて顔を上げれば、そこには紅と白の青年。
「フィズちゃんっ、みんなのところへ走って!!」
フィズの背を勢いよくガゼル達の方向へ押しやり、走らせる。
転びそうになりながら訳もわからず走り出し、そのまま後ろを振り返ると。
紅と白の青年――――――――バノッサに腕を捕まれたの姿が目に入った。
「…………!」
「私を気にしないで走って!」
の言葉に背を押されるように、フィズはガゼル達の方へと全速力で走った。
「ここだよ! 間違いない!!」
巨大なクレーターの縁を見つけ、が叫ぶ。
「ひゃあ〜……。でっかい穴ぼこだなぁ」
「これだけ地面を大きくえぐりとるなんて、人の力じゃ絶対無理だぜ」
クレーターの縁を見渡してガゼルとエドスが口々に言う。
その傍らで地面に膝をつき、レイドは地面を見ていた。どうやら地面に描かれている模様のようなものを見ているようだ。
ここからサイジェントに行くときはその模様に気づかなかったな、等と考えていると、徐にレイドが口を開いた。
「……どうやら君達は、間違いなく召喚師に呼ばれたようだね」
「わかるんですか!?」
「ああ、地面に描かれている図形……召喚師が儀式をする時に見たおぼえがあるんだ」
へぇ、と感心していると、クレーターを覗き込んだガゼルが声を上げる。
「おい! 穴の底に誰かいるぞ!?」
弾かれたように覗き込むと、確かにクレーターの底に人らしき影が倒れている。その数四つ。
後先考えずにが斜面を滑り降りていくと、慌てたようにガゼル達も後に続いた。
「ちょっと大丈夫!?」
少年二人と少女二人。
そんな四人組に急いで近寄り、茶色の短髪を持つ少年を抱き起こす。
短く呻くと、少年は頭を振りつつ自分の意志で上体を起こした。
「こ、ここは…………?」
「あ、よかった。気付いたのね」
ほっと胸を撫で下ろし、周りを見れば他の三人も同様に目覚めたようだった。
茶髪の少年を他の三人のところへ移動させ、とりあえず一つめの質問に答えることにする。
「ここはリィンバウムのサイジェント近くに広がる荒野だよ」
「リィンバウム……聞いたことないな」
眉を顰め、黒髪の少年が言う。
それに対して、やっぱり、と顔を見合わせる達。
「お前さん達もチキュウから来たのか?」
「え、知ってるんですか?」
エドスの問いに黒髪の少女がさらに問い返してくる。
「知ってるも何も、ここにいるはあんたらと同じところから召喚されたんだよ」
「召喚…………?」
肩を竦め、とにした説明を改めて四人にする。
時折が和製英語で補足説明を入れたり今の状況を説明したりして、四人はやっと今の状況に納得した。
どうやら黒髪の少年と少女、茶髪の少年と少女は同じ学校らしく、さらに黒髪の少女と茶髪の少年は近所に住んでいるらしい。
つまり、お互いの自己紹介はほとんど必要ないだろう。
そんな会話の最中、学校の名前が出されたときに偉く驚いたのはだ。
「えええっ、あの高校なの!? うわぁ、どっちの学校も知ってるよ!」
「へー、そんなに有名?」
「有名も有名、ちょっと憧れ! 両方とも運動部が強いじゃんか!!」
興奮するに手を思い切り上下に振られながら茶髪の少女は苦笑する。
「あたしバレー部だけど、そんなに強かったっけ?」
その言葉はさらにを興奮させ、抱きつかせるまでに至った。
が落ち着いてから自己紹介が行われ、茶髪の少年がハヤト、茶髪の少女がナツミ、黒髪の少年がトウヤ、黒髪の少女がアヤということと、お互い同じ声に導かれてこの世界に来たということが解った。
「…………あれ? ところでは?」
一息ついて初めてがいないことに気付く達。
もう一人連れがいるのよ、と四人に説明したとき、クレーターの縁の方からフィズが滑り降りてくる。
「フィズ!?」
驚いてレイドが駆け寄り、その後に続いて全員がフィズの周りに集まる。
「が、悪い奴に………………!」
「なんだって!?」
フィズは今にも泣き出しそうになりながら説明し、その内容に「悪い奴=オプテュス」という方式が立っている者が声を上げる。
解らない四人にが簡単に説明し終えたところでクレーターの縁にバノッサ達オプテュスが現れる。
「ククク、わざわざ逃げ場のないところにやって来るとはありがたい話だよなぁ」
声高らかに言い、宣言する。
「まとめてぶっ潰す!!」
その声と同時に手下が五人クレーターを滑り降りてくる。
「予備のナイフ二本と剣二本だけど持ってて! 戦うわよ!」
四人にそれぞれ武器を手渡し、もナイフを構える。
「行くぞっ!」
「おう!」
五人対素人含む八人の戦いが始まった。