第6話 相対するモノ










「……………………なぁ」
「何よ?」
「ついさっき、喧嘩が始まったんだよな?」
「そうね、時間的には」
「だよなぁ……」
「聞きたいのはそれだけ?」
「じゃあもう一つ」
「手短にドウゾ」
「…………どうやったらこんなに早く終わるんだよっ!?」
「あたしのお陰」
「あのなぁ…………」
 暢気に会話するとガゼル。その周りには屍累々といった感じに倒れ伏した青年達。
 喧嘩が始まってものの数分。青年達は悪役特有のセリフを吐くことも、その場から逃げ去ることも出来ずに地面と友好を深めている。主な原因は
 がっくりとその現状に項垂れながらガゼルは頭を掻く。
「……にしても、お前凄いな」
「はっはっは、今更あたしの凄さに気付いたか」
「常識外れで怪物みてぇ」
「なにおぅ!」
 拳を振り上げたに気付き、慌てて手を振りながら話題を逸らそうとする。
「や、それにしても戦い慣れてたよな、お前。最初もそうだと思ったけどさ」
「慣れてた? あー、じゃあ近所のくそガキと母親のお陰かな」
「……母親の?」
「そ。壮絶な親子喧嘩よ?」
「…………」
 黙り込み、眉間に皺を寄せるガゼル。
「……あ、そか。ガゼルは両親、いなかったっけ」
「……まぁな」
 あの孤児院にいるのは、身寄りのない子供と保護者代わりの二人の大人。殆ど両親と無縁で育ってきているのだ。
 溜息を吐いて、青い空を見上げる。向こうでは解らなかった。こんなに高く澄んだ空が綺麗で、暖かいものだということが。それだけでもこちらに来た収穫があったと言える。
も、そうなんだよね…………」
……か」
「うん。仲間はずれってだけじゃなくて、親戚全部、自分と同じ血が流れてる人全部、いなくなったって」
 だからならあんたと同じ気持ちになれるかもね。
 そう呟くと、ぐっと背伸びをして、
「そろそろ帰ろっか。リプレ、心配してると悪いし」
 笑った顔には何人もの青年を倒したとは到底思えない、ただ純粋に綺麗な笑顔があった。
 その笑みに、心臓が波打つのが解った。
「ああ、そうだな。こんなに早く片が付いたんだ、早く帰らねぇと。アイツ心配性だからな」
 何でもない風を装い、ガゼルは足をアジトの方へ向ける。
「むーん、何かまだ迷いそ」
「迷ったら置いていくぞ?」
「ぎゃーっ! ガゼルのボケーッ!」
 すたすたと先を行くガゼルの背と言葉に躊躇いがないのを感じ取ると、は急ぎ足で追いかける。
 横に並ぶと、いくらかペースを押さえた状態でガゼルの顔を覗き込む。
「リプレ、レイド達呼んでたりして」
 その言葉と行動にガゼルが眉を顰める。
「それはねーだろ。こんなに早く呼べねーって」
「それもそっか」
 簡単に納得すると、はペースを元に戻す。ガゼルより少し早めの速度。それでも距離は大してあかず、どちらにとっても心地よいであろう距離を保った。















「よかったよー、すれ違いにならなくて」
 笑いながらぱたぱたと手を振るを見て、は苦笑する。
 場所は自分たちに当てられた部屋。レイド達は広間で話し合いをしている。今後、オプテュスがどう対応してくるかを検討しているらしい。
「そう言えばあたし達、オプテュスのことなーんにも知らないよね。………………聞いておいた方がいいかなぁ」
「あ、私聞いたよ」
 うーん、と呻るにひょいっと手を上げ、言う。
 は帰ってすぐこの部屋に入ったのだが、すぐに部屋へと行かなかったガゼルからはオプテュスについて少し聞き出したという。
「ガゼル曰く、『連中はスラムの支配者をきどってやがる。この南スラムも縄張りに欲しがっていて、前から色々とちょっかいを出してきてた。今日のことは、連中に絶好の口実を与えちまったのかもしれねえ』だそうだよ。つまり犬猿の仲みたい」
「うーん、解りやすいような、解りにくいような……」
 苦笑しながら寝床に横になると、天井を見上げる。
「どっちにしろ、あたし達が原因だよね」
 溜息混じりに呟いたところに、悲鳴混じりの声。
 顔を見合わせると、それぞれ装備した短剣の存在を確認して部屋を出る。
「さっきの、リプレの声だよね」
 の言葉にが頷く。
 広間を見れば誰もいず、どうやら一足先に玄関へ向かったようだ。
 急いで玄関から外を見れば、白い髪、病的に白い肌、そして血のように紅い瞳を持つ青年がレイド達と対峙していた。
「よォ。昼間のことで挨拶しに来てやったぜ?」
「バノッサ……」
 エドスが、まさかコイツ自ら来るとは思わなかったという風に呟く。
「聞けば俺様の子分どもを、ずいぶんとかわいがってくれたそうじゃねェか」
 獰猛な笑みを浮かべ一歩足を踏み出す。
「いったいどういうことなのか、きっちり説明してもらわねェとな?」
 玄関から外へ出るとだいぶレイド達の背に隠れてしまうが、バノッサと呼ばれた青年の服装を見ることが出来た。
 赤い服とショルダーガード。それがさらに露出しているバノッサの肌の白さを際だたせている。
「…………露出狂だーっ!」
「馬鹿ーっ!!」
 いきなり叫んだと、大慌てでその口を塞ぐ
 その叫んだ内容と、迷わずバノッサを差す指を見てその場にいる全員が冷や汗を流す。
「手前ぇ、俺様に喧嘩売ってんのか?」
 凄味を利かせてバノッサがを睨む。
「め、滅相も御座いません…………」
 口を塞がれているに代わってが答える。
 まさかこの状況で、敵に向かって先ほどのようなことが言えようとは。
 そう言えばガゼルたちに初めてあったときもチンピラ言って怒らせていたっけ。
 回想しながら、これからはその言動に常に怯えなければいけないのかと溜息を吐きそうになる。
「まぁいい。とりあえず、ことの張本人を、俺様に引き渡しな。今ならそいつの始末だけで勘弁してやる」
「断る、と言ったら?」
「クククッ。言わなくても、手前ェならわかるだろう? それなりの覚悟はしてもらうことになるぜェ」
 はバノッサの笑いに背筋が凍るような感覚を覚えた。
 バノッサは本気だ。本気でやるつもりだ。ここを戦いの場にするつもりだ。
 ぐい、とが口を塞いでいたの手をどける。
「あたしよ!」
「な、!?」
 驚き振り返るエドス達。側にいたも目を見開いている。
「あたしがあんたの子分、やっちゃったの」
 がずい、とバノッサの前に進み出る。
 の顔を一別し、バノッサは子分を振り返る。に蹴られ、やられた子分達が一斉に頷く。
「お前、見かけん顔だな」
「この街には来たばかりだもの。だからあなたたちのことだって知らなかった」
「ここの連中とは無関係だ、と?」
「話が早くて助かるわ」
「…………いいだろう。手前ェがそう言うならそういうことにするさ。さあ、来てもらうぜ!」
 ぐっ、との手が掴まれる。その痛みに顔を顰め、はバノッサを睨みつける。その行動を意にも留めず、その場を去ろうとするバノッサの背後に小柄な気配が現れる。
 何だと思い、振り向こうとした瞬間、横殴りの衝撃が頭を襲った。衝撃によってふらついた身体を立て直すための手を離し、ついでに原因を見極めようとした。
 だが、そこにいたのは予想外の相手。
!」
 が驚いたような声を出す。実際驚いたのだろう。はしっかりと鞄の持ち手を掴んだ腕を、バノッサにぶつけるために振り抜いた状態のまま静止していた。その瞳には決意の色が浮かんでいるようにも見える。
「私の友達を虐める人は許しません!」
 そう言い放ち、びしっと指をバノッサに向ける。
 のそんな勢いに飲み込まれないように気をつけながら、が恐る恐る声を掛ける。
「……………………あの、さん? その鞄の中身、何が入ってるの?」
「電子辞書含め辞書五冊と教科書類。含む国語辞典」
「…………………………………………うわぁい」
 冷や汗が頬を伝う。そんな凶器で殴ったのか、と。
 殴られた側頭部を押さえ、バノッサがを睨みつける。
「手前ぇ、ただですむと思ってんのか!?」
 その視線に尻込みしそうになるの肩にレイドが手を乗せる。
「そっちこそただですまそうなんて考えちゃいねーだろ」
 ガゼルがじろりとバノッサを見る。
「そいつはな、ワシらの大事な客人なのさ。無断で連れて行かれるわけにはいかんな」
 もちろんもだ。
 そう言って斧を構えるエドス。
「私たちはまだ、お前の要求に従うとは言っていない。つけ加えるなら、従うつもりもない!」
 堂々とそう言い放つレイドにバノッサは視線を上げる。それからエドス、ガゼル、エドスに引き戻されたと鞄を持ったままのの順番で見ていく。
「手前ェら……。俺様たちと本気でやりあうつもりかよッ!?」
「ケッ! どうせ最初から、お前らは俺らを叩きのめす気なんだろうが……。小細工せずに、ケンカぐらい正々堂々と売れねえのかよっ!!」
「吠えやがったな……。いいぜ、やってやろうじゃねェかッ!」
 バノッサのその言葉と同時にレイドはリプレを避難させ、剣を引き抜く。それと同時に、バノッサは子分四人と戦闘態勢に入る。
 慌ててはリプレに預けた鞄の代わりに短剣を取り出す。ナツキも短剣をとりだし、それと同時に足に力を入れる。いつでも相手を蹴れるように、だ。
 ずい、とバノッサが両手に剣を一本ずつ構えて一歩進み出る。
「行くぜッ!!」
 地面を蹴り、バノッサの二本の剣がレイドの剣と交差する。重い一撃にレイドが少し押される。それでも何とか受け止め、均衡を保つ。合わさった剣が一瞬で弾かれ、使い手同士が距離を空ける。
「どうした? 俺様を倒すんじゃねーのか?」
「もちろんそのつもりだ」
 押しているのはバノッサのようだった。
 その近くでは対峙した子分の攻撃を紙一重で避ける。それは狙っているわけではなく見ている方をハラハラさせる危なっかしいものだ。
 と、避けていたが何かに躓き、バランスを崩す。それを見逃すわけもなく、子分がその手に持った得物を振り上げた。
「調子に乗ってんじゃないわよっ!」
 一喝。
 それと同時に持っていた得物を蹴り飛ばされ、子分は二、三歩後退する。その子分に対峙するように二人の間へ割り込む人影。のピンチを救ったのはだった。
「大丈夫、!?」
「うん、平気。ありがとう。……えと、の相手は?」
「ん、そっちで寝てる」
 指さされた先をと子分は同時に見、動きを止める。短剣であしらわれ、致命傷とは行かないまでも暫く戦えないような傷を負わされた子分がそこで気絶していた。
 寝てるんじゃなくて気絶しているのでは。
 そんな突っ込みを胸の中で押さえつつ、は目の前のまだ無事な子分を憐れみの目で見る。見事その気持ちが通じたのか、はたまた同じ結論に達したのか。恐らく後者であろうが、子分の額に冷や汗が浮かぶ。
 ちらりと見てみれば、エドスとガゼルの方に向かった子分も倒れ伏そうとしている。唯一無事な子分は自分だけ。子分の行動は早かった。
 に気絶させられた子分をひっつかみ、さらにエドスとガゼルにやられた子分を回収すると後ろを振り返らずに逃げていく。その背を見つめながら、の凄さに改めて尊敬した。
 ギィン、と金属音が鳴る。音の方を見れば、まだ続いているレイドとバノッサの戦い。さすがに子分と違ってバノッサは強かった。
 手に持った短剣を握り直し、意を決してはバノッサに体当たりを仕掛ける。その奇襲は成功し、バノッサはバランスを崩す。それを見逃さず、レイドは剣を振ってバノッサの剣を二本とも弾き飛ばした。
「くっ」
 地面に膝を付き、レイドを見上げたバノッサの首筋に剣先が向けられる。
「勝負、ありだな?」
 エドスが状況を簡単に表す。
 周りを見れば、四人いた子分はすっかり逃げてしまっていた。
「ちくしょうッ! 俺様が、俺様が手前ェらごときにッ……」
 だんっ、とバノッサは地面を叩く。
「認めねェッ! 絶対に認めねェッ!!」
「ケッ。負け惜しみだぜ」
 レイドが剣を引き鞘に戻すと、バノッサは立ち上がり五人を睨みつけた。
「忘れねえぞ。俺様にたてついたこと、絶対に後悔させてやるからなァ……!!」
「好きにするがいいさ。こうなったら、ワシらは逃げも隠れもせん」
「ただし、お前が私たちの仲間に危害を加えるというのなら、容赦はせんぞ!」
「くそォ〜ッ!!」
 エドスとレイドの言葉に歯がみし、バノッサは足早に立ち去っていく。その背を見送り、は同時に溜息を吐いた。















「しかし、なりゆきだったとはいえ……」
 戦闘後、広間に行き椅子に座ったところでレイドが切りだした。そしてその言葉の後をエドスが引き継ぐ。
「ちぃとばかし、軽率な行動をしてしまった気もするな」
「気にすんなって! どうせいつかはこんなことになるはずだったんだし、さ」
 しゅんとしたに肩を竦めながらガゼルが声を掛けた。その言葉に眉を顰め、レイドがガゼルを見る。
「簡単に言ってくれるがな、私たちはともかくリプレや子供たちまで巻きこんだんだぞ?」
「……ごめんなさい」
「そんな、気にしなくたっていいのよ! 私も子供たちも、迷惑だなんて思ってないんだから……」
 明らかに元気を無くしたの様子に、リプレが励まそうとする。
 でも、と呟くの肩に手を置き、リプレは優しく微笑んだ。
「仕方ないわよ。今回のことは本当は向こうが悪いんだし」
 うむ、と頷くとエドスが腕組みをし呻る。
「しかし、問題はこれから先のことだな。いざ何かあった時に、ここにいるのがガゼル一人じゃ心細い」
「おいおい、エドス。一人じゃねえだろ?」
 わっかんねぇかな、とガゼルはを顎で示す。
「ここにもう一人、いるじゃねえか」
「…………ほへ!? あたし??」
「他に誰がいるんだよ」
「ちょっと待ってよ、あたしに戦えと? カヨワイ女の子に!?」
「何処がか弱いんだよっ」
 がたん、と椅子を鳴らして立ち上がり抗議するを見ながらエドスは先ほどの戦いを思い出す。
「むう。確かにさっきの戦いっぷりなら、留守を任せても大丈夫だろうな」
「だろ!?」
 同意者がいることに対して嬉しそうに言うガゼルを恨めしそうに見る
 そんな態度を知ってか知らずか、レイドがガゼルを諫めようとする。
「おいおい、彼女を困らせるんじゃない。それに彼女達には元の世界に帰るという目的が……」
「なんのアテもなしにか?」
「うっ、それは……」
「帰る方法が見つかるまででいいんだよ」
 くるり、との方に顔を向け、ガゼルは期待を込めた眼差しを向けてくる。
「なあ、。それじゃダメか?」
 観念したように両手を挙げ、は答える。
「いーけどさ、今回のことはあたしも原因だし。……でも、はどうするのさ?」
にはリプレを手伝って貰う」
「ん〜、出来る? 
「が、頑張ります」
 そう言うと、はエドス達を見る。
「でもさ、いいの? 本当に。迷惑じゃない?」
「ああ、問題ない。ワシは歓迎するぞ」
「ふふっ。子供たちに話したら、きっと喜ぶわね」
「よし、そうと決まればお前も今日から俺たちの仲間だ。……遠慮はなしでいこうぜ?」
「やれやれ……。そういうことならば、改めて挨拶をしないといかんな」
 苦笑するレイドも含むエドス、ガゼル、リプレの四人が声を揃えて言った。
「チーム【フラット】へようこそ!」
「あ……よろしく!」
「よ、よろしくお願いします!」
 こうして、改めてフラットの面々と異世界から来た少女二人の生活が始まった。