第3話 召喚の世界
スラム街にある、一つの建物。そこへ達は入っていく。
外見の見窄らしさとは違って、中は清潔にされていた。
「ここが私たちがねぐらに借りている場所だ。もとは孤児院だったんだがな………………」
人間が広間――――というよりは食堂のようなところか――――でとの二人を見つめ、説明をする。
なるほど、元孤児院だけあって、広い。椅子もやはり多く、この分だと部屋の数も多そうだ。
「潰れてほったらかしになっていたのを、まあ無断で使っているってわけだ」
活を入れられ、気絶から回復した青年も説明をしてくれるようだ。
「しょうがねえだろう。院長たちがとっ捕まって行方不明なんだから」
そんな人間と青年の言葉に、少年が口を挟む。
「…………え?」
「ケッ。お前にゃ関係ねえよ!」
聞き返したにそういうと、少年はそっぽを向いた。
「まあ、とにかく座ってくれ」
「あ、はい」
勧められるままに椅子に座り、居住まいを正す。
ここが何処かという説明が始まろうとしたところで、ばたばたと足音がこちらへ向かってきた。
足音の主は三人の子供達。巫山戯あっている、というよりは、喧嘩に発展しそうな雰囲気である。
「返せよ、オイラんだぞ」
「べーだ! はやいもん勝ちよお!」
十歳にも満たないであろう少年と少女が、何かを取り合っているらしい。
そしてその後ろから、クマのぬいぐるみを持った少女が、
「ま、まってぇ……」
と必死に二人の子供の後を追っている。
こんな小さい子たちがこんなところに、どうして。
そう思いながらが見ていると、
「おい、チビどもっ! あっちへいってろ!!」
と少年が三人の中に入っていく。
「あ、違和感ないわ」
「……………………」
そんな異世界組二人の様子と会話は気にせず、少年はずんずんと子供には怖い表情で迫っていく。
恐らく、たちのことでまだ怒っているのだろう。
「……ううっ。うわあぁん!!」
と、その中の一人、一番小さな、クマのぬいぐるみを持った少女が泣き出してしまう。
これにはさすがの少年も狼狽え、
「わわっ。こら、泣くな。泣くんじゃねえっ!」
きつい言葉ながら、戸惑うような表情を見せている。
しかしそれも功を奏さず。更に少女は泣き声を上げる。
「うわああぁぁん!!!」
そしてそれを聞きつけ、新たな人間が入ってくる。
赤い髪を三つ編みにし、背中に垂らした少女。少年と同じ年ぐらいだろうか。
「どうしたの、ラミ?」
「ひっく、ひっく……」
泣き続ける年下の少女を見て、キッと少年を見る。
「ガゼルっ! またあんたが泣かしたんでしょ!?」
見事に言い当てられた少年は、一歩後ずさるような体制になる。
それでも何とか言い訳をしようと冷や汗を流しながら少女に向かって口を開く。
「な、なんでそうなるんだよ……。オレはただこいつらがうるさかったから……」
そこで少女の瞳が細められる。
「ふーん。生意気にも口ごたえなんかしちゃうんだ? それはつまり、今晩のゴハンはいらないってことね」
どうやら彼女は、この家の家事全般を請け負っているようだった。
少年は少女の言葉に大慌てで取り繕おうとする。
「ち、ちょっと待てっ!」
そこで少女が一言。
「『ごめんなさい』は?」
恐らく、これを言わなければ許されないのだろう。
「……ちくしょー」
「『ごめんなさい』は?」
少女が一際強く言葉を発する。もちろん折れたのは少年で。
「……ごめんなさい」
項垂れながらそう言った。
それに満足したのか、少女は薄く笑みを浮かべて、
「よろしい」
とだけ言う。
そこまで見届けた上で、青年が一つ咳払いをして少女に声を掛ける。
「あー、リプレ。とりこみ中のところ、もうしわけないが」
「ここにお客さんがいることに、そろそろ気づいてほしいんだが」
そして人間が後を引き継いだ。
「あはは、楽しい会話でした」
「ど、どうも……」
そう言って挨拶するとを見て、少女は一瞬固まる。
「え?……って、きゃあ! ごめんなさいっ!! みっともないところをお見せしちゃって。すぐにお茶を入れてきますから!」
硬直から戻ったあとの行動は早かった。
「ほら、あんたも手伝うのよっ」
「な、なんで俺が?」
「いいから来るのっ!」
と少年を引っ張って台所の方へと姿を消す。
呆然とそれを見送っていると、
「気を悪くしないでくれないか。なにしろお客が来るなんてことは、めったにないんでね」
と人間が声を掛けてくれる。
「あ、大丈夫です。全然気にしてませんから」
寧ろ楽しいくらいです。
そう言うに微笑み、すぐに真剣な表情へ戻る。
「さて。君達はまず、ここがどこだか知りたいだろう?」
「はい」
「もちろんです」
二人の返事に人間は一つ頷くと、
「【リィンバウム】。ここはそういう名前で呼ばれている。そしてここは、リィンバウムの中央北にある【サイジェント】という街だ。聞き覚えはあるかい?」
そう一気に言った。
「……いいえ」
「聞き覚えどころか、その単語で思い浮かぶこともありませんけど」
「そう、だろうな」
二人の返答に当たり前のように頷く。
青年が首を傾げながら話に入ってくる。
「おいレイド。どうもワシには、話がよくわからんのだが?」
「ああ、すまない。きちんと説明しよう」
苦笑し、姿勢を正す。
「君達はたぶん、別の世界から【召喚術】で呼びよせれらたんだ」
「召喚術……?」
「なんですか? それ」
「君達がいた世界ではどうなのかは知らないが、リィンバウムにはそういう魔法があるんだ【召喚師】と呼ばれている人間だけが、それを使うことができる」
そういわれてもぴんと来ない二人は顔を合わせ、肩を竦める。
「怪しげな格好してる、えらそうな連中さ」
青年がそう付け足し、渋い表情をする。
召喚師とは、よほど嫌われている存在らしい。
「この世界に着た時、君達の近くにそういった人はいなかったのか?」
その一言で、あの荒野のクレーターを思い浮かべる。
「じつは……」
言いにくそうにが切り出し、と二人でこの世界に来てからこの街にたどり着くまでの事を話した。
「…………そいつはひどい。ひとり残らず死んじまってたとはなあ」
「そこにいた者たちが、きっと君達を呼ぼうとした召喚師だろうな。おそらく儀式の途中でなにか起きて、そんなことになってしまったんだろう」
二人の言葉に、が俯く。も言葉がない。
頭が付いていかないのか、認めたくないのか。それとも。
「あの人たちが死んでしまったのは、私達のせいなんでしょうか?」
ぽつり、と。
唐突にが呟く。恐らく、先ほどの話を聞く前から考えていたことなのだろう。
そんなに青年が優しく言葉を掛ける。
「いや、それはちょっと考えすぎだと思うぞ。お前さん達が目をさました時には、そいつらはもう死んじまってたんだろう?」
「でも……」
「エドスの言うとおりだと私も思う。あまり気にしないほうがいい」
二人に窘められ、頷く。
そんなとまだ暗い顔のに人間は提案する。
「今夜はここに泊まっていくといい。これからどうするかは、休んでから考えなさい」
「……はい」
「…………お世話になります」
二人はそう答え、与えられた部屋――――二人で一部屋でいい、と言ったので一人は布団で寝ることになったが――――に入っていった。
「……………………信じ、られないよね」
ぽつりとが呟く。
「そりゃね、ここはあたし達の世界とはまるっきり違うけど。でも、本当に異世界だなんて」
そんなの言葉を黙って聞き、一区切り付いたところでは身体を起こし、ベッドの上のに視線を向けた。
「でも、信じるしかないのよね」
諦めのような言葉。しかしそれは決して諦めではなく。
「私達、魔法で召喚されたわけでしょう? だったら、きっと召喚したものを帰すための魔法だってあるはずだわ」
信じた上で、脱出口を見つけるために足掻くための諦め。
そんなに励まされ、は呟く。
「そうね、だったら徹底的に足掻かなきゃ。元の世界に帰るんだもの」
ふ、と二人で笑うと、見知らぬ世界、見知らぬ土地での初夜を過ごした。