第1話 求める声
同じクラスということでしか接点を持たなかった二人。
その二人がここで他愛ない話を今している。
本人達も予想しなかった出来事だろう。
「そだ。は何でこの公園に?」
がを見て問う。
というのは、が付けたのあだ名である。に言わせると、というのはやはり言い辛いらしい。
「ここって、小さいときからのお気に入りの場所なんです」
嬉しそうに話す。恐らくクラスメイトの殆どが、否、を除いたクラスメイト全員が、がこんな顔をすることを知らないだろう。
自分だけの宝物が出来たようで、知らずも顔を綻ばせていた。
「何かの儀式場みたいで、ぽっかりと静かで。だから、いつも想像していました」
優しい両親。優しい祖父母。優しい兄に優しい親戚。そして、自分を受け止めてくれる優しい友達。
想像して、手に入れて。そして、失った。
「ずっと、ここは私のお気に入りです。落ち着かせてくれるんです」
は微笑みながらを見る。
も笑顔を浮かべ、に話し出した。
「あたしはね、考えに来たの」
「考えに?」
「そ」
自嘲気味に笑みを浮かべ、は自分の手に視線を落とした。
「みんなとわいわい馬鹿騒ぎするのは楽しいよ。みんなに頼られるのも悪くない。…………でもね、時々考えちゃう」
ふっ、と。の表情に影が差す。
「ここにいるのはあたしじゃなくてもいいんじゃないかって。あたしじゃない別の誰かでも、みんな楽しく生きられるんじゃないかって」
仲間と笑いあっているとき。漫画やアニメを見たり、ゲームをしているとき。黒板に書かれた文字をノートに写しているとき。
その疑問は唐突に鎌首を擡げてを締め付けた。
自分でなくてもいいのではないか――――――――?
「……………………あたしにしかできないことってどっかにないのかなぁ」
呟いた途端、急に暖かい感触がを包む。
「そんなこと言わないで。私を見つめてくれた血の繋がってない人は、あなたで二人目なの。やっと二人目なの。…………じゃなかったら、きっと私、こんな話してない」
暖かい感触はの身体。
ぎゅっと強くを抱きしめ、の言葉を否定している。
ここにいるのはでなければいけないと、肯定している。
その存在をありがたく思った。
口だけでなく、身体でここまで伝えてくれる者は初めてだった。そして、この疑問を口にさせたのも。
「ありがと、」
その身体を撫で、微笑む。
今にも泣きそうなほど涙を目に湛えたは、の笑顔で涙を拭う。
暫し、お互いに笑いあった。
『助けて…………』
「え?」
耳元で囁かれるようにして聞こえた声に、は空を振り仰いだ。
何故空を見たのかはわからない。何故か唐突に空を見上げたい衝動に駆られたのだ。
「ど、どうしたの?」
がに聞く。どうやら、声はにだけ聞こえたようだ。
『誰か、助けて…………』
「頭の中で、誰かの声が聞こえるのよ………………」
自分でも何を言っているのかわからない。だが、は素直にに話した。
の瞳に緊張の色が映し出される。少なくとも、拒絶の色ではなくて安心する。
『このままだと……壊れてしまう……何もかも……消えてしまう……』
「一体、誰なの!?」
姿無き、脳裏に響く声に向かっては声を荒げた。
『助けてくれ…………』
「声は、何て?」
不思議と落ち着いたの声。
「助けてって…………」
を見たは、言葉を無くす。
暗緑色の、黒にしか見えなかった瞳が蛍石のような薄緑色に変化していたのだから当たり前といえば当たり前だが。
「だったら、助けましょう」
が言った言葉があまりにも落ち着いていて。
それだけでは覚悟を決めた。
元々、誰かのピンチは見過ごせない性格なのだ。
たまたまの言葉が戸惑いを振り切らせただけで、特別何かを決めさせる力を持っていたわけではない。
「どうすればいいの!?」
空に、脳裏に響く声の主に叫ぶ。
ここが人通りが少ない場所にある公園でよかったと心の片隅で思いながら。
『運命をとめて……この世界を助けてくれ!!』
「きゃああっ!?」
の身体が光に包まれ始める。
「っ!」
が叫んで、に手を伸ばした。
それを反射的に掴み、光がをも包み込む。
こうして、二人の姿は光が収まるとともに公園から消えて無くなっていた。