週明けの今日は恐怖の行事が待っておりました。
 次々とクラスメイトの名前が名簿順で呼ばれ、返されていく。
 え、何がかって?
 そりゃ決まってるじゃない、理科のテストだよ、テスト。小テストみたいなもんなんだけどね。
 …………なんて現実逃避で誰かに説明するような感じに脳内で呟いていたら。

 呼ばれちゃったよ、根津先生だよ、獄寺君遅刻だよ。
 ああ、退学しちゃいそうになるのか……。
 ちらり、と窓の外を見れば、樹の上で寝ころんでいるリボーンの姿。
 きっとアレだよね、点数が悪かったら勉強に更に熱を入れられるんだろうね。
 ……………………あれ?
 そう言えば私、リボーンが来てから一回も部屋で「勉強」をしたことがないんだけど。
 マフィアの歴史の勉強はさせられてる(したいなんて思うはずがない)けど、学校の勉強には全く手を付けてない……。
 何でなんだろう。
「……!」
「は、はいっ!」
 自分の世界に入り込みすぎて先生を無視してしまった!
 相手根津先生だよ? しっかりしようよ、私!
 慌てて前に出て答案用紙を回収しようとしたら、すいっ、と私の手から用紙を逃がす根津先生。さりげなく舌打ちするのも忘れない。
「あくまで仮定の話だが」
 そう始まったのはもちろん、漫画のあの騒動の発端。
「クラスで唯一二十点台をとって平均点をいちじるしく下げた生徒がいるとしよう」
 先生、それ、もはや仮定の話じゃありません。
 名前を伏せることさえ出来ていません。もろに私だってばれますから。
 その証拠に、クラスの男子から少しひそひそという声がする。
 普通こう言うのは言葉の暴力とか言われたりさ、先生主体の虐めとか言われたりするんだよ。
 全く、これだから学歴詐称の教師は。
 自分が落ち零れだったんならさ、同じ落ち零れの気持ちを汲んで優しく接してあげなきゃ駄目じゃないか。
 落ち零れだ落ち零れだ、って言われる方の辛さ、理解してるでしょうに。
 それに、落ち零れで何が悪い。
 勉強の面で落ち零れていたって、本当にどうしようもない落ち零れなんて本当はいないんだ。
 ……あれ、私はこの場合これからに期待しましょうって事になるのかな。
 最高の家庭教師様がボスにしてくれるんだろうし。そうすればボスって意味では落ち零れじゃなくなるよね。
 …………ってそんなのイヤだから!
「………………生きている意味あるのかねぇ?」
 私が思考に沈んでいる間もねちねちとした話は進んでいたらしい。
 ペラン、と解答用紙が曲がり、みんなに二十六点という点数が見えるようになった。
「うわーっ!」
 流石の私にも羞恥心というものがあるんですよ先生!?
 慌てて用紙を奪えば、「やっぱだな」と言う声が聞こえてきた。
 あうぅ、そりゃ、向こうの世界にいたときからテストは毎回悪かったさ。それこそ小学生の時からずっと。だから別に点数が解ったってなぁんだ、としか思わないよ。
 でもさ、だからって他人に見せて何とも思わないなんていう図太い神経してないんだよ。
 そこの所を理解して欲しいな、全く。
 ガラッと扉を開ける音がして、教室の後ろから獄寺君が入ってきた。
 一応遅刻だからかな。後ろから入ってきてるけど、あれだけ音立ててちゃあんまり意味ないよね。
「コラ! 遅刻だぞ! 今頃登校してくるとはどういうつもりだ!」
 根津先生が獄寺君に注意するけど、獄寺君の鋭い一睨みによって口を噤んでしまう。
 その気持ち解りますよ、先生。でも今の私には胸がスカッとする一撃でした。ありがとう、獄寺君。
 さて、そんな獄寺君が私の方に向かってくる。
 ああうん、席は私の近くだね。でも真っ直ぐ私の方に向かってきてますよ?
 何かを忘れている気がする。そう、些細な、でも当事者には大変なことを。
「おはよーございます十代目!」
 これかーっ!
 私の目の前まで来た獄寺君はびしりと居住まいを正すと、そう言って頭を下げた。
 何だろう、ヤクザの血に生まれながら一般人として育ち、やがてヤクザの所に引き取られた少女の気持ちがわかる気がする(あれ、これまんま私のコトじゃない?)。
「お、おはよう、獄寺君…………」
 私の言葉が尻窄みするのも仕方ないよね、うん。
 それにどう見ても私の方が慕われてるよね、うん。
 だから「きっとが獄寺の舎弟になったんだよ」とかそう言う呟きは無視することにする。
 舎弟の方がまだ気が楽だと思うよ、思いっきり頭を下げられるより。
 そんな遣り取りを見ていた根津先生がゴホン、と咳払いをしてまた仮定の話を始める。
「あくまで仮定の話だが」
 平気で遅刻してくる生徒と落ち零れのクズは連んでいる、と続くこの話。
 けれどそれは偏見でしかないっていうか、ただの決めつけというよりもだいぶ私見が混ざっていることと思う。
 つまり、獄寺君にも私にも落ち零れで駄目な人間というレッテルを貼りたいらしい。
 なんていうか…………。
「小さいな」
 ボソリ、と呟いた私の言葉に、根津先生の眉が少し動く。どうやら聞こえたらしい。
 でもまぁ、前後の言葉がないからきっと解らないだろうね。
 もう一度咳払いし、先生が言葉を続けた。
「なぜなら類は友を呼ぶからな」
 あ、もうそこまで言ってたんだ。
 思った瞬間、くるり、と獄寺君が根津先生に向き直った。
「おっさん、よく覚えとけ」
 そのまますたすたと歩み寄ると、ガッ、と根津の胸ぐらを掴んだ。
「十代目さんへの侮辱は許さねぇ!」
「ちょっ、獄寺君!」
 がたん、と椅子を鳴らして私は立ち上がる。
 幾らいけ好かない相手だからって、たとえイヤなことばっかり言う先生だからって、暴力行為はいけないと思う。
「十代目、落とします? こいつ」
「駄目だよ! 先生なんだから! っていうか暴力反対ーっ!」
 幾らいい笑顔で言ったからって駄目ーっ!
 って、うわーっ! 根津が泡吹きかけてるーっ!


























「貴様等退学だーっ!」
 びりびりと鼓膜を震えさせる怒鳴り声に首を竦めてやり過ごす。
 結構近い距離で大声を出されたものだから堪ったもんじゃない。鼓膜破れたら慰謝料請求してやる。
「私に暴力を振るった獄寺と、連帯責任で! この両名を即刻退学にすべきだ!」
 っていうか連帯責任って。
 まず最初に言葉で私達を貶した根津が悪いと思うのだけれど。やっぱり自分のことは棚に上げるのか。
 そりゃあ獄寺君も暴力に訴えたんだから悪いとは思うよ。でもその原因は根津にあるわけで、しかも連帯責任とか言ってるけど、誰のお陰で助かったと思ってるのこの人。
 少なくとも、根津の普段からの行いがいいからではないことは確かだよ。
 やっぱりこの先生、嫌いだな……。
「まぁまぁ、根津先生。いきなり退学に決定するには早計過ぎますよ」
 少し青ざめた顔で校長先生が言う。
 ……おいおい、根津。あんた校長先生を無視して勝手に決めようとしてたのかよ。それはいくら何でも駄目だろ。
 それにしても、どうして校長先生は青ざめてるんだろう。
「…………では猶予を与えればいいのですな」
 眼鏡を直しながら根津が言う。猶予なんて与えるつもり、無い癖に。
「確か十五年前にグラウンドに埋めたまま見つからないタイムカプセルを業者に依頼して発掘する予定だとか」
「あ、ああ。それが何かね……?」
「それをこいつ等にやらせましょう。今日中にタイムカプセルを掘り出せば今回の件は水に流してやる。だが出来なければ……即、退学だ!」
 無茶苦茶だろ、この言い分。
 まず今日中にってのが無謀。業者に委託するほど見つからないタイムカプセルをたった二人で今日中に見つけろ、なんて普通無理だ。
 しかもそれが出来なきゃ即退学? 猶予になんてなってないじゃないか。
 なのに校長先生は頷いてるしさ。
 話はそれで纏まってしまって、失礼しました、の声と同時に私と獄寺君は校長室をあとにした。
 とぼとぼ、と言うよりふらふらと廊下を歩く。いつの間にか獄寺君はいなくなっていた。
 学校は辞めたくない。中学中退だなんてとんでもない。
 けれど、だからといってグラウンドを真っ二つにするだなんて出来ない(と言うかしたくない)し。
「とりあえずタイムカプセルを掘ってみやがれ、
 リボーンの声が聞こえた。もちろん周りに姿は見えない。
 振り返る、と言うより斜め横の消火栓へと視線を移した。かぱり、と開いたランプの部分に小さなリボーンが立っている。
「ちいさっ!」
 予想以上の小ささにそう言えば、そのリボーンの舌が伸びて私の顔面を強打した。
「い……っ、たー!」
 うぐぅ、なんて呻きながら患部を抑えていると消火栓からリボーンが現れる。今度はレオンではなく本物だ。ちなみに、後ろの空間に獄寺君が見える。
「こいつは形状記憶カメレオンのレオンだぞ。レオンは見たことのあるものなら何にでも自分のサイズで変化することが出来るんだ」
「だからってリボーンの姿だったら驚くっての!」
 驚く通り越して呆れてもおかしくないよ!
 痛む患部をさすりつつ、何の用だと聞こうと口を開く。
「やる前から諦めてんじゃねーぞ。やるならとことんやってみやがれ」
 先手を打たれた。
 確かにそう。何事もやってみなけりゃ解らない。やってみたら案外すぐに見つかるかもしれない。
 だけど。
「…………………………………………無理だよ。見つからないよ」
 どうやら負け犬根性が私には染みついているみたいだ。
 もしくは、僻み根性か。
 兎に角、あまり目立つことはしたくない。この前の持田先輩との決闘みたいな真似は、ホント勘弁して欲しい。
 あんな風に周りに優しく受け止められるならいい。でもあれは持田先輩が不正をしていたからであって、私の行動が受け止められた訳じゃない。結果的にはそう見えても、全然違うのだ。
 目立つことをしたが最後、誰の目に止まって、誰の不興を買うか解らない。…………だったら、縮こまって生きて、呆れられるような性質を晒して、取るに足らないようなものを見る目を向けられる方がいい。
 特に、それで友達だと信じた人に裏切られるのは…………もう、イヤだ。
「見つかる、見つからねーじゃねぇ。やるか、やらないか、だ」
「やるか、やらないか…………」
 結果を気にしないの?
 普通リボーンのことだから、死ぬ気で探し出せ、とか言うんだと思った。絶対に言うんだ、と思っていた。
 でも、結果はどうでもいいの? 本当に?
「十代目」
 獄寺君がリボーンの後ろから出てきた。
「オレも一緒に探します。大丈夫です、絶対見つかりますって」
「ほら、獄寺もこう言ってるぞ」
「で、でも、見つからなかったら…………?」
 ああ、ほらまた。私は逃げ道を探してる。
 臆病な、自分だけを護ろうとする、卑怯な私。
「そうしたらこんな学校辞めちゃいましょう。大丈夫です! 勉強ならリボーンさんに見て貰えば十代目のことです、すぐに大学レベルですよ!」
「そこまではいかないんじゃあ……」
「心配しなくてもいいぞ。お前達をボンゴレの総力を挙げてでも辞めさせねーからな」
「それはそれで心配だよ!」
 リボーンがニヤリ、と口端を吊り上げた。
「漸くいつもの調子が戻ってきたじゃねーか」
「…………おかげさまで」
 そうだね、うじうじ考えてもしょうがない。
「と、言うわけで死ね」
「ってたちまち死ぬ気弾ーっ!?」
 何がどういう訳だよ! 意味わかんないよっ!
 なんて思いながらも既に身体は私の制御下を離れている。ああなんて言うか、慣れた感覚だな、これも。
 撃たれた際の、あの謎のフラッシュバックはもちろん、今回もやってきてくれたわけで。それももう慣れたと言えば慣れたのかもしれないと思うと、ちょっと複雑だ。
「十代目、行きましょう!」
 嬉々として先に行く獄寺君の後を私は追いながら、とりあえずまさか素手でグラウンド割らないよな、なんて思ってみたりする。
 流石にメガトンパンチ弾を撃たれてもやりたくないよ。怪力だなんて思われたら最後だし。
 トン、と軽い音を立てて通学靴でグラウンドに立つ。
 広いこの校庭のどこから探そうか、なんて身体が考えるはずもなく、引き寄せられるように一カ所へ足が向かう。
 そこはグラウンドの中央近くだった。
「どうしました? 十代目」
「……獄寺君、スコップを持ってきて。ここ、掘ろう」
 するり、と口から言葉が出て行く。
 はい解りました、なんて獄寺君が言って走っていった後、私の隣にリボーンがやってきた。
「ここにあると思うのか? 根拠は何だ」
「勘」
 そう、勘だ。これと言った根拠はない。
 けれどその返答にリボーンは満足げに微笑んだ。ように見えた。
 暫くしてスコップを二本持ってきた獄寺君とそこを掘っていると、タイムカプセルらしきものが見えてきた。
 おそらくは、四十年前の。
「やりましたね、十代目!」
「うん。……開けてみよう」
「はい!」
 がぱり、と汚れたタイムカプセルの蓋を開けてみれば、中に入っていたのは数枚のテストの答案用紙。
「これって…………」
 間違いなく根津のものだ。
 そう思ったとき、丁度運良く根津がやってきた。
と獄寺! グラウンドの真ん中に穴を掘るとは何事かーっ!」
 怒鳴りながら走ってくる姿に思わず眉を顰めてしまった。
 まず怒鳴るなと言いたい。
 こっちはあなたの言うとおりにタイムカプセルを発掘してたのだから。
「即刻退学、」
「ちょっと待ちな」
 根津の言葉を遮って獄寺君がテスト用紙を掴んで根津に突き付けた。
「十五年前のカプセルは出てこなかったが四十年前のカプセルは出てきたぜ」
 ぐい、と更に用紙を突き出す。
「何でエリートコースのお前のテストがうちの中学のタイムカプセルに入ってるんだ?」
「しかもこの点数で」
「そ、それは…………」
 ぐぬぬ、と呻く根津。
 どう止めを刺そうか考えていたら、思わぬ所から止めが来た。
「根津先生」
 校長先生だった。
 顔が先程よりも青くなっている気がする。
「……学歴詐称なら、解任せざるをえませんな」
 そう言った校長先生は白く灰になった根津を放っておいて私の方へやってくる。
君、悪かったね。もちろんキミも獄寺君も退学なんてさせないよ」
 青ざめた顔のまま微笑まれた。
「だから、君によろしく」
 ちょっと待ってください校長先生。何故そこでお母さんの名前が出て来るんですか。
 しかも顔が青ざめてるのってもしかしなくてもお母さんの所為ですか?
 …………………………お母さんの謎を垣間見た気がする一日でした。








面白かったら猫を一押し!