一つ言っておく。
 今回は私も悪いが、でもやっぱりみんなも悪い。
「おめーのせーで負けたんだぞ、!」
「だからチームに入れたくなかったんだ」
 好き勝手言ってくれちゃってる男子を思わず睥睨したくなってしまった。
 時間は体育の後片付けの最中。というか、後片付けの直前。体育の内容はそう、野球。
 根津事件から二日後の今日、体育でやる野球のためのチームわけが行われた。その時余った私を押しつけあっていた男子達。まぁ、ある人の言葉で片方のチームが何とか入れてくれたのだけれど。
 もちろんその人とは山本武君である。
 クラス一の人気者で、ムードメーカー的なところもある。一年なのにもう野球部レギュラーな凄いお人だ。
 ちなみに獄寺君はダイナマイトを仕入れに行っている。……一体どこで使ったのだろうか。やっぱりあの時持ってたので結構使っちゃったとか? それとも不良との喧嘩で使っちゃってたりとか!?
 なんてことを考えていたわけだけれど、時間は待ってはくれないのだ。
 打席に立ったら一応バントしてボールを転がしたし、守備に回ったら一応ボールを追いかけたのだけど、やっぱり初めての野球でエラーの方が目立ってしまったようだった。
 山本が同じチームにいながら負けてしまったのだ。
 だから今回は私も悪い。けれど、他の男子はなんだか山本がいるから大丈夫、だの、がいるから駄目だな、だの考えていたような気がする。
 と言うか実際、そんなことを呟いていた奴がいた。とっちめてやりたくなったけれどやめておいた。私はそこまで力強くないし積極的じゃない。
 そんなわけで、私は一人でトンボがけを命じられました。
 負け男、なんてことも言われながら。
「………………私男じゃないんだけどなー」
 トンボをずるずるとグラウンドの上で引き摺りながら呟く。
 負け女、なら解るけれど、負け男、はないと思う。クラスのみんなは私の性別知ってるんだから。
 はぁ、なんて溜息を吐くと、
「助っ人とーじょーっ」
「山本!?」
 軽い声と共に山本がトンボを持ってやって来てくれた。
 …………あ、でもここで喜んじゃ、いけないんだよね。
「私一人でやるからいいのに」
「気にすんなって。二人でやった方がはえーだろ?」
「……ありがと」
 優しいんだよなぁ、山本は。
「最近お前スゲーだろ? オレ、赤マルチェックしてっから」
「えぇっ!? わ、私なんて凄くないって。それよりほら、山本の方が凄いジャン?」
 野球部レギュラーなんて普通、一年の時から取れないもんね。
「それがどーも最近うまくなくってさ」
「え……」
 あ、やばい。地雷踏んだ。
 山本が怪我、するかもしれない。下手したら死んじゃうかもしれない。
「初めてのスランプみてーなんだけどさ…………。ま、頑張ってりゃそのうち戻るよな」
 神妙な顔だったのをころりと変えて明るく振る舞う山本。本当はそんな笑顔の仮面、付けたくないだろうに。
 なんだか逆に凄く心配になってしまった。
 山本は笑っているのに私だけ神妙って、おかしいんだろうな。
「……うん、頑張るのも大切だよね」
 でも。
「だからって、無茶していいなんてことはないからね」
 山本が怪我をするのをっているから言える言葉なのは解ってる。本当はきっと、もっといい言葉のかけ方があるんだと思う。
 けれど、今の私にはこれが精一杯だった。
「ははっ、サンキュな」
 ニカッと笑った山本の笑顔は、やっぱり私の中の不安の影を大きくして。


























 そして、やはり不安はやってきてしまった。
「大変だー! 山本が屋上から飛び降りようとしてる!」
 飛び込んできた男子の言葉にクラス中が騒然とする。
 昨日一人居残って練習で無茶して腕を骨折したんだって。
 そんな言葉を頭の片隅で聞き取りながら、私は一目散に教室を飛び出した。
ちゃん!」
 京子ちゃんの驚いたような声が聞こえても無視をした。
 ごめん、ごめんね、山本。
 私が昨日きちんと止めていれば、残って無理しないように止めていたら。
 後悔ばかりがこみ上げてきて、足下がふらついた。
 踏ん張って、耐える。そしてまた、屋上を目指して階段を駆け上がっていく。
 屋上の扉を開ければ、沢山の野次馬がいた。
 息も絶え絶えに人混みを掻き分けて進もうとする。人が沢山いすぎて気持ち悪い。
 まだそんなに行ってないところで私は人に埋もれて動けなくなってしまった。違う、動きたくなくなってしまった。
 山本が飛び降りる。私の所為で。私の所為で、また人が死ぬ。
 見たくない、でも進まなければ。進まなければ、でも見たくない。

 足下でリボーンの声がした。
「リボーン……」
「助けたいんだろ? 山本を」
 黒い瞳が私を見ていた。
 自然、私はそれを頷き肯定した。
「だったら逃げんな」
 そうだ、私のこれは逃げだ。逃避だ。私が傷つきたくないから逃げているだけなのだ。
 前を見なければ。傷ついても前に進まなければ。
「どい、って!」
 前にいる人達を掻き分けて前に進み出れば、ぽっかりと空いた空間に辿り着く。
「山本!」
……」
 右腕を吊った山本が、低いフェンスの向こうにいた。
「山本、」
「止めに来たならムダだぜ。お前なら何やっても上手くいかなくて死んじまったほーがマシだって気持ち、解るだろ?」
 解る、のかもしれない。何かにのめり込んでいたのに、その何かを急に取り上げられたらきっと、そう言う気持ちになるのだ。
 でも、それとこれとは違う。
「……………………解らないよ」
 拳を握りしめて、呻くように言う。
「わかんないよ! たかが腕一本折ったぐらいでなんだよ!」
「なっ」
「怪我なんて何時か絶対治るんだ! でも死んだらそこで終わりなんだぞ!? そこで終わりで、その先には何にも待ってないんだ!」
 ぎり、と更に拳を握りしめる。力が入りすぎて感覚がなかった。
「死んでどうするってんだよ! 野球が好きなんだろ!? スランプになるのが悔しいほど、怪我して出来なくなるのが死ぬほど哀しいぐらいに!」
 周りが静かになっていた。
 山本も私の剣幕に押されて黙り込んでいる。
 ああもう、このまま言ってしまおう。
「死ぬなんて軽々しく口にするなよ! 死んで残される人を考えろなんて言わないけど、本気で死にたいなら人目のないところでやれ! 甘ったれるな!」
 ……何を言ってるんだ、自分は。
 何を言おうとしているんだ、私は。
 死ぬ気タイムの時より酷いぞこれは。
「生きてれば怪我なんて治るんだ、野球だって出来るんだ!…………死ぬなんて、簡単に言うなよ」
 頭の中がぐちゃぐちゃしているのに冷静に判断している部分があって、ああ自分、壊れたんだなぁ、なんて思ってる。
 もう自分が何を言ったのか、何を言おうとしていたのか、それが相手に伝わったのか、全然解らなくなっていた。
 周りは私が黙った所為で沈黙に沈んでしまった。
 これ以上喋る言葉はない。元々、何かを人前で言うのは苦手なんだ。
「…………悪かったよ、
 山本が沈黙を破った。
 へへ、と頬を掻く姿は元気はなくてもいつもの山本に近くて、少しだけ安心する。
「そうだよな、怪我なんて治るもんな。……治ってからが肝心なんだよな」
「うん。……今度は無茶しないでよ」
「ははっ、解ってるって」
 苦笑してフェンスのこちら側に来ようとした山本が、風に煽られてバランスを崩した。
「ととっ」
 後退った足は屋上の縁からずり落ちて。
 そのままバランスを崩した山本の身体が宙に投げ出されそうになる。
「っ、山本!」
 叫んで伸ばした手はもうすぐで山本の手を掴めそうなところで空を切り。
 視界の端に映った黒衣の家庭教師に、
お願い、リボーン
 言葉なく懇願した。
 消音器で音を消された銃口が火を吹く。撃ち出された弾が額に着弾し、外側から強制的にリミッターを外させようとする。
 それを今回は、内側からも同時に外していく感覚。後悔はないけれど、死ぬ気弾の力を借りて自分の力を引き出していくイメージ。
 その所為か、感覚がいつものそれよりも鋭く感じた。
 屋上の床を蹴り、私もフェンスの向こうの空へと躍り出る。落ちていく山本の後を、なるべく空気抵抗が少ないよう、早く落ちるように気をつけて追う。
 そしてそんなにロスもなく追いついた。
 頭から落ちる私と、足から落ちていく山本。普通なら私の落ち方はさぞかし怖いのだろう。
 けれどそんなことを考えている余裕はなかった。
 いつもなら自分の意志で動かせない身体が今回は動く。だから精一杯腕を伸ばし、山本の手を掴んだ。
 護りたかった。死なせたくなかった。その為には、なんだって出来る(右眼が、疼いた)。




 視界が半分、モノクロに染まった。




 落ちるスピードががくん、と落ちた。ように感じる。
 風を切る感覚も何もかもが全て緩くなった。緩やかに感じられた。
 とりあえず、私と山本が死なない術を考えようと、漸く思考に余裕が生まれた。勢い任せに飛び出した私は、生憎バンジー用の紐は持っていない。持っていたら持っていたで困るのだが。
 ふと目に映ったのは、落ちていく身体と水平になっている校舎。そこの丁度私達と重なる部分の窓が開いていた。
 山本の握りしめた腕を掴み直すと、着衣水泳した後のように重いその腕を山本ごと振り、タイミングよく来た窓の中へと放り込む。
 すぐに山本の腕を離し、両の指を窓枠上部の壁に引っかけ、山本を振った勢いで頭と足が前転のように引っ繰り返ろうとしている身体を校舎の中へ無理矢理ねじ込んだ。




 モノクロだった視界が、元に戻った。




 それと同時に床に身体がつき、勢い余ってゴロゴロと転がる私の身体。周りのスピードは元に戻っていた。
 床にぶつけた箇所が痛いが、そこが廊下だった所為か机などに当たるという一番痛そうな事態は免れた。結局壁と扉に身体をぶつけたのだけれど。
 痛みを堪えてそのままの体勢でいると、いち早くその痛みから脱したのか山本がやって来た。
「大丈夫か? 
「……はは、生きてるからだいじょぶ」
 そうだ、生きてるのだ。私も山本も。
 痛いのはその証。
 と、私が顔を上げて山本の無事な姿を見ようとすれば、ぎょっと目を見開く山本。
 驚いて目を見開いていれば、あわあわと何かを探している。
「ど、どうかした? 山本」
っ、ハンカチかティッシュ! 持ってないか!?」
「は、ハンカチ、持ってるけど……」
 おずおずとポケットから出せば、それを素早く奪い、山本は私の右眼に当てる。
 驚いて目を白黒させていれば、階段の方から駆け下りてくる沢山の足音が聞こえてきた。
「山本!」
「山本君!」
「武君!」
ちゃん!」
!」
 山本を呼ぶ大勢の声と、私を呼ぶ京子ちゃんと花の声。
 その声にやっと、ああ本当にすんごい事しちゃったんだなぁ、なんて他人事のように思った。
 どやどやと足音は倒れたままの(起きあがれないのだ、山本に右眼を押さえられて)私と山本の所へとやって来て周りを囲む。
「すげー! 生きてる!」
「よかった!」
「よくやった!」
「武君が死ななくてよかった!」
 口々に山本の無事を喜ぶ言葉を聞きながら、ホント生きててよかった、なんて思う。
ちゃん」
 京子ちゃんがすぐ側まで来てしゃがみ込んだ。私の顔を見下ろしている。
「大丈夫?」
「うん。……心配掛けてごめん」
 心配そうに顔を歪めていたから素直に謝っておく。
 その言葉を聞いて安心したのか、京子ちゃんは手を差し伸べてくれた。
「起きれる?」
「だいじょぶ」
 京子ちゃんの手を取って起きあがれば、いつの間にか山本が手を離していたハンカチが右眼部分から落ちた。
 途端、周りが息を飲む。
 京子ちゃんと花なんて、ちょっと顔面蒼白が入っちゃっている。
「え? ええ?」
 何が起こっているか解っていないのは、当事者の私だけらしい。
「……、あんた、右眼から…………」
「血、出てるよ……?」
「…………え」
 右眼の目蓋の上と、右眼のすぐ下を人差し指と中指で別々に触る。目蓋の上には液体の感触がしないのに、右眼すぐ下にはぬるりとした感触があった。
 指を離してみれば、紅い色。
 どうやら私は右眼から紅い血を流しているらしい。
 そう言えば、屋上ダイブの最中右眼が疼いた。その時何かあったのかもしれない。
 とりあえず大事を取ると言うことで、屋上から落ちた山本と右眼から出血(五分ほどしたら流れ出るのは止まった)した私は早退になった。
 多分今日中に医者に連れて行かれるのだろう。
 もしかしたら明日、休ませられるかもしれない。お母さん、過保護だから。








面白かったら猫を一押し!