マフィアのボス。
裏社会に君臨する闇の支配者。
何人もの信頼できる部下を片手で動かし、ファミリーのためなら自らの命を張ることも厭わない。
彼の周りには信望と尊敬の念が取り巻き、スラムの少年はヒーローと崇め立てる。
中でもボンゴレファミリーのボスは、その伝統や格式等から『ゴッドファーザー』と呼ばれることもあるという。
そんなボンゴレファミリーの九代目ボスは高齢で、十代目にそのボスの座を譲ろうとしているのだが。
「……それが冴えない日本の女子中学生だってんだからお笑いぐさっていうか誰もきっと信用しないよねー」
朝っぱらからリボーンに渡されて読んでいた『マフィアのすべて』とか言う本に、私が『REBORN!』から得たボンゴレファミリーの事を付け加えて考えるとそんな言葉しか出てこない。
だって普通はさ、もっと強面のオニーサンとかがやるものでしょ、マフィアの次期ボスって。
それが何を考えたのか十代前半の日本人 だよ? しかも女性だよ?
ああいや、女性のマフィアもいるにはいるんだっけ、ビアンキとか(確かギリギリ見れたから憶えてるんだけど、ラル・ミルチって人も女性だったな)。
でも流石に日本人の女の子は駄目でしょ、戦力外戦力外。
制服に着替えてから(流石に一日目で解った。ベストは着るべきだ、女の子だし)、見慣れたアトマイザーを手にとって軽く香りを纏ってから鞄を掴んで階段を下りてリビングへ。
椅子に座ればまるでタイミングが解っていたかのように目の前に朝食が置かれる。
「おはよう、お母さん」
「おはよう」
「…………そのっての止めてよ」
「イヤよー。可愛いじゃない」
「……はぁ」
可愛いって言うか、子供っぽいの間違いじゃなかろうか。
もう中学生なんだからさ、やっぱり子供っぽく呼ばれるのは嫌なわけだよ。
箸をご飯に伸ばしながら私は目の前のリボーンを見る。新聞片手に珈琲飲んでる姿はお父さんみたいだ。
でも殺し屋なお父さんなんていらないから!(ギリギリでマフィアは許してあげよう、今マフィアなのに娘に拒否られるなんて可哀想だし)
もそもそとご飯を飲み込んで、私は「ご馳走様」と言うと再び鞄を引っ掴んで玄関へ向かう。
恐らく近日中に(もしかしたら今日かもしれない)球技大会が行われるんだろうな。そして私はバレーの助っ人に任命される、と。
靴を履いて、一度持ち物をチェックしてから扉を開ける。
「行ってきます」
家の中に声を掛けて学校へと向かう。
道すがら、並中生が私の方を見ているのに気付いた。多分昨日の持田先輩との戦いを見ていた人達だろう。もしくは聞いた人達、かな?
注目されるのって、なんだか嫌だ。視線を集めるのって慣れてない。
私はいつも、目立たなかったから。
目立ちたくなくて目立とうとしなくて、いつも誰の目にも留まらないように、留まっても、更に目を付けられないようにしていたから。
だから今、とても落ち着かない。
急ぎ足で逃げるように(実際逃げてるんだけど)学校に着くと、下駄箱で靴を履き替えて教室に向かう。
「おはよう、ちゃん」
「おはよう、京子ちゃん」
「はよ、」
「おはよう、花」
教室に入った途端声を掛けてきてくれた京子ちゃんと花(花とは昨日の放課後京子ちゃん経由で話をした)。
とりあえず二人とケーキ屋に行くのは次の休みの日って事になっている。
ああ、早く休みよ来い…………!
なんて思っていたら担任が来て、朝のSHRが始まる。
「えー、このクラスに転入生が来ることになった」
はへ?
転入生、ってことは、え、もしかして?
がらり、と扉が開いて一人の少年が入ってきた。
「イタリアに留学していた転入生の獄寺隼人君だ」
ギャーッ! 獄寺君が来たーっ!
え、ちょっと待ってよ、まだ球技大会やってませんよ? 標的3って球技大会の後だよね?
どうなってるのーっ!?
女子がきゃわきゃわ騒いでいるけど、私はそんな気分にはなれない。だって獄寺君、こっちを睨んでるんだもん。思いっきり怖い顔だよ、あれ。
……あれ、なんだか少しずつ近付いてませんか(駄目だ、現実逃避も意味がない)。
そっと机と身体の間に隙間を空けると、次の瞬間目の前に来た獄寺君にガッ、と机を蹴られる。
たたた、助かった。原作知っててよかった。机に当たって痛い思いしなくて済んだー。
「ちゃん、知り合い?」
「全っ然知らないよーっ」
ええもちろん面識はございませんよ京子ちゃん! 一方的に私が知ってるだけで!
「アイツ不良ね。気をつけなさいよ、」
「う、うん」
花、ありがたい心遣い感謝感激だよ! 持つべきものは流石友達!
でもね、確かに彼は不良(煙草吸ってるしね)だけど、向こうから関わってくるのにどう気をつけろって言うのさ!
それに、案外悪い奴じゃあないんだよね、一応…………。
ボンゴレファミリーを思って十代目になるだろう私の実力を計りに来た。
まぁ、そんなことしてもしなくても私は十代目にならないけどね!
私の席を蹴って気が済んだのか、獄寺君は大人しく自分の席へと向かった。って近い近い! 結構席近いからっ!
怖いところがシビレるとかそんなのどうでもいいからっ! ファンクラブもどうでもいいからっ!
誰か席変わってーっ!
「ああもう最悪だ…………」
がっくりと肩を落としながら廊下を歩く。ちなみに休み時間。サボりじゃありません。
どうやって獄寺君を私から興味無くすようにしようか。やっぱり最初にがつんと言わなきゃ駄目、だよね……?
「…………憂鬱だ」
なんて思っていたら、肩が軽く誰かにぶつかってしまう。
「あ、すみません」
「おー、いて」
うげっ! この場面、見覚えがあるぞっ!
三年の不良に絡まれる場面だーっ!
「ごごご、ごめんなさいーっ!」
三十六計逃げるにしかず! って訳で逃げ出す私。廊下を走って渡り廊下から外に飛び出す。途中、足に硬い物を引っかけて転びかける。ちらりと見れば、赤かった。
あれ、こうやって外に逃げるように出るのも見覚えがあるなぁ……。
何だっけ、この後、結構ヤバイと思うんだけどなぁ。
「目に余るやわさだぜ」
ああそうそう、確か獄寺君にそうやって喧嘩を売られる…………って!
「て、転校生の獄寺隼人君……」
ま、真面目にヤバイーっ! 殺されるーっ!
流石にマフィア相手に勝つ自信、ないよ!? 寧ろ勝ちたくないよーっ!
恐れ戦いていると、獄寺君は煙草を一本取りだして咥えた。
「ボンゴレ十代目がお前みたいな無力な日本人の女だとはな」
ライターを取り出し、紫煙を燻らせる。
拍子抜けでもしましたか、獄寺君。私も聞いたときはそうでした。
だからお願い見逃して。
「目障りだ、ここで果てろ」
そして取り出したダイナマイトの導火線に煙草で火を点けて、
「あばよ」
固まって動けない私の方に、ダイナマイトを投げた。
同時に、銃声。一瞬だけ鳥肌が立った。
ダイナマイトが導火線を銃弾で断たれ、爆発することなく地面に落ちて転がる。
「ちゃおッス」
そして聞こえた銃声の元。
黒い服に身を包んだ、私の家庭教師。
「、こいつはオレがイタリアから呼んだファミリーの一員だ」
うぉいッ、いきなり暴露かよ!
「マフィアかよっ!」
思わず突っ込んでから、はた、と気付く。
私、墓穴掘り始めたんじゃあ。あのままへーそうなんだ、で終わらせて、でも私には関係ないよ、って言う態度を取れば少なくとも獄寺君には私の気持ちが通じたはず……。
いや、駄目か。なんたって『忠犬』だし。
「そうだぞ。でだ、お前の力、こいつに見せてやれ」
「私にマフィアに勝てるような力は無いッ!」
言えば、チャキッ、と銃を私の額に向ける。
「つべこべ言わず戦え」
ズガン、と銃弾が発射される。
――――――――銃声。
――――――――黒い服と紅い色。
――――――――全身を包み込む温かな温もり。
幻覚と現実が混ざって、解らなくなる。
それとも、この幻覚も現実…………なのだろうか。
ゆっくりと上体が傾ぐ。違う、身体全体が傾ぐ。
死にたくない。 ――――――――こんなところで。
生きていたい。 ――――――――出来るだけ長く。
感覚が瞬時に研ぎ澄まされていく。
傾いだ上体を立て直し、私は額に熱を灯して獄寺君を見据えた。
彼はまた煙草を(今度は大量に)取り出し、火を点けるところだった。
咥えた煙草に火が付くと、今度は同じかそれ以上の量のダイナマイトを取り出す。
流石人間爆撃機。スモーキン・ボム。ダイナマイトは大量に持ってます、って言うわけだね。
大量の煙草で大量のダイナマイトに火が点けられる。
それを見て、私の身体は一目散に校舎の入口へと走った。
ってオイ! 一般人巻き込むつもりか私の身体ーっ!?
けれど無常にも私の身体は先刻私が出てきた出入り口へと向かい、すぐ近くに転がっていた赤い物体を掴み上げた。硬く、冷たい感触が掌や指先から伝わってくる。
赤い物体は、消火器だった。
消火器ってあれですよ。学校に備え付けられているあの火災の時に使う奴ですよ。赤くて円筒形でよく使い方を知らない人が多い、あれですよ。
もちろん私は使い方がうろ覚えなのだけれど、身体の方は憶えていたらしい。
獄寺君に消火器持ちつつ突っ込んでいくと、私の姿を見つけた彼が投げたダイナマイトに向かい、消火器を構える。
黄色い安全ピンを抜き、本体に固定されていたホースを外し、ノズルをダイナマイトへ向け、黒いレバーをしっかりと握った。
途端、吹き出される白い煙。っていうか、粉?
よく解らないけど、消火剤がノズルからダイナマイトへと向かい、導火線の火を消した。
…………こんなんでダイナマイトの導火線の火って消えるのか?
疑問を抱きつつも、二倍ボム、と投げられたダイナマイトも同じように消していく。
焦った獄寺君は、持ちきれないだろう程のダイナマイトを取り出し、
「三倍ボム」
火を、付けた。
持ちきれなかったのだろう。ポロリ、と指の間から落ちるダイナマイトを皮切りに、次々に地面へと落ちていく。
その場から逃げるという考えが抜け落ちたかのように棒立ちする獄寺君を見て、一発殴ってやりたくなった。
けれどそんなこと今できるはずもなく、今じゃなくても出来るはずが無く。
兎に角急いで落ちたダイナマイト全てに消火剤を掛けるべく消火活動を開始する。
身体は冷静に、けれど私本人としては非常に慌てたり怒ったりしながらも、なんとかダイナマイトの導火線に付いた火を消すことに成功した。
とりあえずは私と獄寺君、それから校舎は無事、だと思う。
安堵の溜息を吐きかけたとき、ごとん、と身体の横で重い物が地面に落ちる音がした。
…………えーっと、もしかしなくても今の音、消火器の音ですか?
手から硬くて重い物が消えてるからきっとそうだ(どうしよう、学校の備品だよね)。
なんて思っていれば、私の前には呆然とした獄寺君の姿。これは彼が動いたんじゃなくて私が動いたのだろう。
そして大きく振りかぶって――――――――その左頬を思いっきり右ストレートで殴った。
うん、結構吹っ飛んだね。一メートルは吹っ飛んだよ。どんなだよ、死ぬ気時の私の力って。
額の熱が消えると同時に身体のコントロールが戻ってくる。
あのすみません、私が獄寺君を殴り飛ばしたフォローをしないといけないんですか。
でもまぁ、何時までも見ているわけにもいかないので仁王立ちして獄寺君の前に立ってみた。
「獄寺隼人君、キミ、自殺志願者? 違うよね? だったら自分が百パーセント出来る自信のある技だけ使いなさい! そうじゃないと命が幾らあっても足りないよ!」
私がもし見捨ててたらどうしたんだろう。
獄寺君は獄寺君でちゃんと逃げたのだろうか。それともそのまま自爆?
…………自爆の線が一番濃いと思う。
よかった、助けて。寝覚めが悪いもんね!(そういう問題じゃあないけどさ)
「御見逸れしました!」
「へっ?」
いきなりがばっ、と頭を下げられ、もちろん私は一歩引いてしまう。
「自らの命を狙ってきた者にも慈悲を与えるその広い懐! あなたこそボスに相応しい! オレの命、あなたに預けます!」
ひぃっ、マシンガントーク!?
と、とりあえず断らないと!
「あ、あのさ、友達じゃ、駄目?」
「いいえ、オレはあなたの部下になりたいんです!」
うわぁ、この人退く気無いよ……。こういう時は素直に受けるべきですか?
もの凄く受けたくないんだけどね。っていうか、受けたら終わりだし。
「よかったな、。初めてのファミリーゲットだぞ」
ああ、今、終わったな。
こうして私は欲しくもないファミリーをゲットしたのでした。
…………こんな人生、間違ってる!
面白かったら猫を一押し!