携帯から流れる音楽で、目が覚めた。
「…………うぐぅ?」
口から変な音が漏れたが、そんなの気にせずに枕元にあった携帯を取る。
これは元の世界から持ってきた物で、向こうの友達のアドレスが沢山詰まっている。けれど多分、そのどれもが繋がらないだろう。
なんたって、ここは『REBORN!』の世界だ。
「……って言うかなんで、『風紀委員長・雲雀恭弥』が流れてるのさ」
私、これアラームにセットしてないんだけど。っていうか、まずアラームをセットしないんだけど?
手に取った携帯をよくよく見れば、電話の着信だった。
確かこの曲に設定していたのは、昔っからずっと親友と呼べるほど仲のよかった。
「リョーコちゃん?」
通話ボタンを押してそう問い掛けてみる。
『こんのタコ助ーっ!』
叫ばれた。
思わず携帯を耳から遠ざけながら(というか、そうしないと耳が痛い)リョーコちゃんの言葉を聞く。
『あんたね、どうしてあたしに何も言わずに引っ越しなんてするのよ! あたしがどれだけショック受けたか解る!? 昨日担任に聞かされて思わずショックで一日を呆然と過ごして綾香に迷惑掛けたんだからね! ちょっと聞いてるの!?』
マシンガントークだ。息つく間もないというか、反論する暇がない。
「ご、ごめんリョーコちゃん。私も急で……っていうか、目が覚めたら並盛にいて連絡する暇がなかったって言うか」
『…………は? あんた、頭ぶった?』
やっとリョーコちゃんの声が落ち着いてくれた。
どうやら私を心配してくれていたらしいんだけど(口振りはなんか違うようにも感じるけど、彼女なりの照れ隠しだ)、それで朝一番に大声で話される私の身にもなって欲しい。
だから、と私は続ける。
「昨日目が覚めたらさ、いきなりお母さんに『ここは並盛町なのよ』って言われて…………」
……あれ?
何か、おかしくないか?
あれれ?
ここって、『REBORN!』の世界だったはずだ。
つまり、リョーコちゃんのいる世界とは別の世界じゃなかっただろうか。
「なんで携帯通じてるのーっ!?」
「うるせーぞ、」
チャキッ、と後ろで銃を構えた音がした。
い、何時の間に入ってきた、リボーン。……一流ヒットマンにはこれくらい朝飯前ですか、そうですか。
っていうか、今日の朝先刻までいなかったよね、この部屋に。
「ご、ごめん、リボーン」
『っ、今の声リボ様!? ちょっ、、あんたの家ホントにリボ様来たわけ!?』
……リボ様って、どんな呼び方ですかリョーコちゃん。
とりあえずリボーンには謝り倒して下に行ってて貰って、小さな、と言っても普通と同じぐらいの声で話し始める。
「実はさ、お母さん(とお父さん)の陰謀で『REBORN!』の世界に来ちゃって。そこで生活することになったのだよ」
『すみません、どこの夢小説ですかそりわ』
「日本語おかしいよ、リョーコちゃん」
さりげなく突っ込んでから、昨日のことを話す。…………た、たった一日のことなのに濃い内容に感じるのは何故?
黙って聞いていてくれたリョーコちゃんは、つまり、と言葉を発した。
『はこれからツナの代わりに頑張っていかなきゃいけない訳ね。ボンゴレ十代目として』
それを言わないでください。必死に忘れようとしてるんだから。
溜息混じりに肯定すれば、そうか、と返ってくる言葉。
『……まぁ、どこにいてもはだし。あたしもずっと友達だからさ。漫画に囚われず、あんたのやりたいようにやりなよ』
優しい言葉。とても優しくて、泣いてしまいそうだ。
「うん、ありがとう、リョーコちゃん。たとえ京子ちゃんや花と仲良くなっても、私の親友はリョーコちゃんだからね」
『ははっ、ありがと、』
ちょっとしんみりとしながらそう受け答えしていたら、
『ところで、?』
ニヤリ、という感じでリョーコちゃんが声を発した。
何か嫌な予感がする。っつーか、絶対何か企んでるよ!
『昨日、持田先輩を突き飛ばして京子ちゃんに告白したのよね?』
「え、あ、うん」
そう、あれは告白だ。言葉が足りなさすぎて告白にしか聞こえない。
ああっ、私ってば変態扱いされる!
『って事は、持田先輩との勝負な訳ね、今日。……ムフフ、いいわぁ』
…………リョーコちゃんの危険度、アップ。
絶対に今、悪いこと考えてる! 寧ろ企んでるよこの子!
クフフじゃないだけマシだけどね!
『勝負が始まる時、あたしの方に電話してきて。んでそのまんま通話にしといて!』
「なんでだよっ! 料金かかるじゃん!」
私に高い料金払わせようってか!?
『だいじょーぶ、だってほら、異世界だし。異世界通話料金なんて存在しないっしょ』
なんとかなるなる、とか言うリョーコちゃん。携帯越しだけど彼女がぱたぱたと手を振っているのが見えた気がした。
早々上手く何とかならないよね人生って。私がそうだったもんね。
昨日一日で理不尽な生活に落ちちゃったもんね!
『ま、よろしくー』
簡潔に其れだけ言うと、電話が切れた。それと同時に、セットしていた目覚ましが鳴った。
あんたどれだけ早い時間に電話寄越したんだよっ!
着替えて顔を洗って、ご飯を食べ終えて荷物を持って学校へ来て。
ただいま私、学校に来なければよかったなー、なんて思ってます。
だってだって、教室に着いた早々男子達にからかわれ(っていうかちょっと憎しみ籠もってた?)、剣道部に道場に運ばれて、持田先輩に喧嘩売られて。
喧嘩したくないなぁとか思いながら、これから痛い目見る自分に気合を入れる(そしてリョーコちゃんに電話する)ために水飲み場まで来たんだけれど。
何故私は最強家庭教師様に逆さ吊りにされ、額に拳銃を突き付けられているのでしょうか。しかも見るからにサイレンサー付きの。
本気で泣きたくなってきたかもしれない。
「。お前負ける気でいるな?」
「仕方ないでしょ、相手は剣道部主将だよ? 私が勝てるわけ無いじゃない!」
間違っても普通の女子は勝ってはいけないのだ。
「人生はやってみなきゃわかんねーぞ」
そりゃそうだけどさ。リボーンとしては勝って欲しいんだろうけどさ。
寧ろ勝たなきゃ意味ないんだろうけどさ! 物語も進まないし!
「私は勝てないよっ」
「勝たない、の間違いじゃねーのか」
リボーンが無表情にそう言った。
いつも無表情にしか見えないほど表情がないけれど、いつも以上に……まるで何かを怒っているのを巧みに隠しているかのような無表情だった。
「……勝てること、前提?」
「オレの教え子だ。これぐらい死ぬ気で出来て当然だろ」
まだ殆ど教えて貰ってませんから!
そんな抵抗虚しく、サイレンサー付きの銃で撃ち抜かれた。
頭に響く銃声(幻聴だ)。
黒い服と、紅い色(幻覚だ)。
全身を包み込む温かな温もり(そんなモノが今存在するはず、無い)
それらを感じながら私は思った。
リボーンが無表情に言った「勝たない、の間違い」という言葉。それは私の知らない何かを知っているような感じで。
そう言うのがあるってなんか納得できない。と言うか確か、納得できないと言えばもう一つ。
持田先輩ってば、京子ちゃんを物扱いするんだよね。しかもツナには絶対勝てないように小細工までしてきてさ。
って事はつまり、此方の世界でもそうなっているって事で。
…………納得できないって言うか、むかついてきた。生徒が大勢集まってる前でそんな小細工してんじゃないわよ!
よーし解った、一本取ってやろうじゃないか、死ぬ気で!
思うと同時に身体の自由が一切利かなくなった。死ぬ気状態になったらしい。
私の身体は手早く携帯でリョーコちゃんに電話を繋げた。受話口から『よっしゃ待ってました!』とリョーコちゃんの声が聞こえてくる。
そのまま通話が切れないように気をつけて携帯を仕舞い(どうやったんだ私の身体!)、道場へと向かう。
扉を開ければ、みんながこちらを見ていた。
持田先輩に防具と竹刀を取れ、と言われたけれど、私の身体はそれを無視して持田先輩に突っ込んでいった。
ま、まさか、本気で髪の毛全部抜くのか!?
そう思ってもどんどん距離は縮まり、
「ぐがぁっ!」
持田先輩が吹っ飛んだ。私の右ストレートで。
ああ、このままマウントポジションについて髪の毛を毟り取るんだね、とか思っていたら私の身体は竹刀を持っている部員の方に行って。
「竹刀、貸して」
静かにそう言った。
うん、自分の声を客観的に聞くことになるなんて思わなかったなぁ。
渡された竹刀を持ち上げることは殆ど出来ず、床を引き摺って持田先輩の所へ戻った。
先輩は脳震盪でも起こったのか立ち上がる気配はない。
ぐ、と竹刀を握る手に更に力を込めて持ち上げ、持田先輩の上で構える。
そしてそのまま、竹刀から手を離した。
重力に従い、二人で持つのがやっとの竹刀が落ちていく。恐らく人の身体の上に乗ったら重症になるだろう。
「おやすみなさい」
まさか私、ここで初めての人殺し!?
心中真っ青になっていると、竹刀が床にめり込んだ。
どうやら落としたのは持田先輩のすぐ横にだったらしい。床が嫌な音を立てて割れた。
道場内が静まりかえったかと思ったら、次々と持田先輩へのブーイングが聞こえだした。
「ずりーぞ持田!」
「正々堂々戦えよ剣道部!」
「こりゃもうの勝ちだな!」
それと同時に額の熱が消える。
身体の自由が戻ってホッとしていると、京子ちゃんが近付いてきた。
「あの、ちゃん」
「あ、京子ちゃん……。き、昨日はごめんね? 私、言葉足らずでさ。ホントは一緒に行って貰いたいだけだったんだ」
これ幸いと私は昨日の弁解を始める。
「うん、そんな気はしてたよ。昨日はいきなりでびっくりしちゃって、思わず逃げちゃったんだけど」
それで、どこに一緒に行って欲しいの?
可愛らしく小首を傾げた京子ちゃんにノックアウトされそうです。
「あのね、新しく出来たケーキバイキングなんだけど……駄目?」
そう聞けば、きょとんとしたあと京子ちゃんはにっこり笑って、
「私も今度、花と一緒に行く予定だったの。三人でよければ一緒に行こう?」
ああ、なんて素敵なんだろう! 天使のように見えるよ!
「うん!」
頷いたすぐあと、周りにいた人が駆け寄ってきて、でも結局授業開始には敵わなくってそれぞれの教室に帰っていって。
またあとでね、と繋がっていた携帯の向こうのリョーコちゃんに話しかけてから通話と電源を切って、私も急いで教室に向かった。
面白かったら猫を一押し!