撃たれた。額が熱くて冷たい。全身が総毛立つような感覚に襲われる。
初めての衝撃で動揺どころか冷静に分析しているような自分がいる。
このままだと確実に死ぬのは解ってる。でも後悔ってなんだ? ――――――――生きたい。
私に後悔なんてあるのか? ――――――――生きていたい。
……うん、死にたくないね。生きていたいね。 ――――――――あいたい。
会いたいよね。 ――――――――もう一度あいたい。
…………うん、死ねないなぁ。こんなところでなんて、死にたくないな。
まだこっちで友達出来てないし、私がやるべきコトだってきっとあるんだと思う。それに、お母さんやお父さんを哀しませたくない。
あの人達は私に甘いから。私を大切にしてくれているから。
っていうか、何で私死んじゃうの?
こんなことならさ、リボーンに銃を向けられた時点で京子ちゃんに話しかけて、ケーキ屋に一緒に行って貰うんだったなぁ。
銃を向けられる前でも全然OKなんだけどさ。
ああ、ここで死ぬなら、京子ちゃんに一緒にケーキ屋に行って欲しいって、付き合って欲しいって言えば良かった。
ざわり、と全身の感覚が鋭くなった気がした。
真っ暗だった視界が明るくなって、空を見上げているのが解る。撃たれて倒れた、らしい。
ぐい、と身体が私の意思に反して起きあがった。
(え?)
声を出したはずなのに、声が出なかった。
いやちょっと待て私! おかしいだろ、これ! 原作はこうならなかったぞ!?
身体は立ち上がると、そのまま京子ちゃんが去っていった方へと走り出す。
「イッツ死ぬ気タイム」
リボーンがそう言ったのが聞こえた。……聴力とかも上がるのかな。
走っていく身体は京子ちゃんを捜しているらしい。や、多分京子ちゃんにケーキ屋に付き合って欲しいって言うためなんだろうけど。
ああホント、服が破れなくてよかったよ……! 恥ずかしい思いはゴメンだ。
たたた、と走って走って京子ちゃんをやっと見つけることが出来た。隣には持田先輩。
ちなみに、私の方が彼女たちより高い場所にいます。
(もしかしてここ、飛び降りるの?)
内心冷や汗(だって身体は自由に動かない)で低いところにある京子ちゃん達がいる地面を見る。
次の瞬間、私の身体は宙に躍り出た。内蔵が浮き上がる浮遊感。
エレベーターなんて目じゃないね。バンジージャンプってこんな感じかな。
現実逃避を試みていたら、私の身体は崖のようになっている(寧ろ崖だろうと思う)壁を器用に滑り降りていく。
京子ちゃんの隣にいた持田先輩を着地と同時に突き飛ばし(ごめんなさい持田先輩!)、私は彼女に大きな声で『告白』した。
「京子ちゃん! 付き合ってください!」
ちょっと待てェェェェェッ!
いくら何でも言葉が足らなすぎるぞっ! これじゃあ同性に告白する変人(もしくは変態)じゃないかっ!
ちゃんとケーキ屋に付き合ってくれと言ってくれ、私!
突然の私の行動にびっくりしたのか、それとも私の言葉にびっくりしたのか。もしくは両方に恐怖を感じたのか。
京子ちゃんはダッシュで私がいる方と反対方向に走り去ってくださいました。
もう駄目だ、嫌われた…………。
「てんめぇ!」
私が突き飛ばした持田先輩が逆に私を突き飛ばし、京子ちゃんの去った方へと走っていく。
「ふざけてんじゃねーぞ! ヘンタイ野郎!」
なんていう捨て台詞も残してくれた。
野郎じゃないんだけどな。っていうか、やっぱ変態か……。
額にあった熱が消え、がっくりと私は項垂れる。
身体の自由は戻ってきているけれど、そんなのより変態扱いされたことの方が大事だった。
「五分経ったようだな」
「…………リボーン」
いつの間にか横に来ていたリボーンが口を開いた。
「死ぬ気タイムは五分間だ。五分経てば正気に戻る」
全力での死ぬ気弾の死ぬ気タイムは、な。
そう言って、どこからか取り出した弾を見せてくれる。恐らくそれが死ぬ気弾なのだろう。
「この弾は死ぬ気弾。これで脳天を撃たれた者は一度死んでから、その時後悔した内容で死ぬ気になって生き返る」
「危なく死ぬところだったよ!」
「後悔がなかったのか?」
「ギリギリあったけどね!」
「ならよかったじゃねーか」
「よくないよっ!」
リボーンのマイペースというかなんというかな口調にいちいち返してる私って律儀だよね。
フフフ、なんて言うか……うん、ツナの役柄、身に付きそうだなぁ。
それにしても、と私は滑り降りた崖を見上げる。
私ってばよくあんな崖、降りれたなぁ。降りてるときメチャクチャ怖かったけど。そう言う意味では身体だけが動いていてよかったかも。
「……身体だけ?」
「へ?」
リボーンが怪訝そうな声を上げる。
思わず振り返れば、やっぱりまだ表情の読めないリボーンがそこにいた。
「、お前の意志でじゃないのか?」
「うん、私だったら怖いから無理。…………って、なんでそれ、」
「オレは読心術を習得してる」
そうでしたね! それでツナが京子ちゃんを好きだって解ったんだもんね!
とりあえず帰るぞ。
リボーンはそう言ってくるりと踵を返した。何か思うところでもあったのだろうか。
仕方ないのでそこらの探索は諦め、私もリボーンと共に家に帰ることにした。
家に帰ってすぐ、私は普段着に着替えて(何時までも制服じゃ駄目だしね)早かったのねと声を掛けるお母さんにただいまと告げて。
早めの夕食を取ったりテレビを見たりお風呂に入ったりして時間を潰し。
そうしてパジャマに着替えた私は今、ベッドに腰掛けている。
枕元に置いてある大きなテディベア(私はくーちゃんと昔呼んでいたらしい)を抱き抱え、目の前にいるリボーンに目を向けた。
これから死ぬ気についての簡単な講座が行われるのだ。
「死ぬ気っていうのは体中の安全装置を取っ払った状態だ」
お母さんに入れてもらったエスプレッソを飲みながらリボーンは話し始める。
「だからギリギリまで命を削る代わりに凄い力を発揮することが出来るんだぞ」
そう、例えばバイクに轢かれても平気なぐらいの。
私は轢かれなかったけれど、ツナは思いっきり轢かれてたんだよね。あれは痛そうだった。
「……死ぬ気弾、って?」
「ボンゴレファミリーに伝わる秘弾だ」
普通そう言うのってぽんぽん使っちゃ駄目なんだよね。
でも使いまくってるし……。ああ、普通の弾をレオンの中で死ぬ気弾に精製するからいいのか。
「ボンゴレファミリーはお前が十代目になるマフィアだぞ」
「なりたくないって! 普通の女の子として生きさせてよ!」
それが私の望みだったのに!
思わずそう言うと(なんでそれが望みだった、なんて言ったんだろ)、リボーンは写真を取り出した。
「仕方ねーだろ、ボンゴレ九世は高齢なんだ。だから十代目にボスの座を引き渡そうとしたんだが」
「……だが?」
「エンリコは抗争の中撃たれ」
一枚目の写真を見せてくれる。銃で撃たれた人の姿が写っている。
すぅっ、と血の気が引いた。目の前が暗くなっていく。
「マッシーモは沈められ」
その写真を仕舞って、次の写真を見せてくれる。水の中に沈められた人の写真。
眉を顰めてしまう。けれど、先程のように目の前が暗くなることはない。
寧ろ、暗くなっていったのが元に戻っている。
「フェデリコはいつの間にか骨に」
三枚目の写真は、既に死体とかそう言う次元ではなかった。本当に、骨。
肉食獣に食べられたのか、はたまた肉が腐ったのか。後者な気もする。見た感じ。
「それでお前しかボンゴレの血を引く候補者がいなくなっちまったんだ」
「……ボンゴレの血を私が引いている?」
「そうだぞ」
リボーンが見せてくれたのは簡易家系図。本当に簡易だから、私とお父さん位しか日本の方に書いてない。
「ボンゴレファミリーの初代ボスは早々に引退し日本に渡ったんだ」
家系図の一番上、恐らく初代ボスの所を指さして言う。
ちなみにこの家系図、レオンが変身していたり。でもまだ気付かないことにしておく。
「それがのひいひいひい爺さんだ」
「……それ、お父さんの方の血統? お母さんの方の血統?」
「の方の血統だぞ」
「そか、お父さんの方か」
やっぱりこっちでもそうなっているのか。
でもなんか、お母さんの方でも納得できてしまう私がいるんだよね。だってあの人最強だし。私が知る限り今のところ。
こてん、とベッドの上に転がり、私は天井を仰ぎ見る。
今日一日この世界で過ごして思ったことがある。
この街の空気がとても、そうとても懐かしいってコト。泣きたいぐらい、大きな声で何かを叫びたいくらいに。
どうしてだろう、なんて考えていたら、やがて睡魔がやってきて。
私は抗えずにその睡魔に身を委ねてしまった。
静まりかえった家の中、リビングダイニングで二人の人間が向かい合ってテーブルに着いていた。一人は赤ん坊。もう一人は女性。
黒い肩までの髪をさらり、と揺らしながら女性は赤ん坊に問い掛けた。
「どうだった? の死ぬ気」
「……どうもこうもねーな。及第点と言ったところだろ」
「なら、いいんだけれど」
溜息を吐くと、自分の娘が眠る部屋の方へと女性は視線を投げかける。
心配そうな色を浮かべる瞳を見て、赤ん坊は被っていた帽子の鍔をくい、と下げる。
「大概心配性だな。もだが、、お前も」
「子供を心配しない親なんていないわ。それに、あの子は……」
「何度となく命を狙われ、人の死に触れた、か」
「…………そうよ」
テーブルの上に置いていた握り拳を更に握り込み、と呼ばれた女性は俯く。
「だから、私達はあの子を護るために逃げたのだから」
結局戻ってきたけれど。
そう呟いて、女性は赤ん坊に視線を戻す。
赤ん坊は何も言わず、女性には赤ん坊の表情は読めなかった。
「……………………しかし」
ぽつり、と赤ん坊が口を開いた。
「お前の家系は死ぬ気弾の効果を歪めるのか?」
「どういうコトかしら、リボーン君」
眉を顰めつつ聞く女性に、赤ん坊は目を合わせた。
「身体だけが死ぬ気になって、思考は冷静に見ていただけだったそうだ」
「そんな事って、あるの?」
「オレの知る限りではねぇな。だから聞いている」
「私の家系だってそんなおかしな事…………待って」
思い当たる節でもあったのか、女性は顎に手を当てて考え込む仕草をする。
赤ん坊は急かすことなく、女性が話すのを待っていた。
「……あの子、が。自分で全部押し込めているのと関係があるのかしら」
「全部?」
「そう、全部。血も、力も、思い出も」
要領の得ない女性の言葉に、僅かに赤ん坊は顔を歪める。
「…………あの子は押し込めて、出ないようにしているの。それこそが自分や周りを傷つけないことだと信じて疑わないかのように」
「……さっぱりわからねぇ」
「あとで、話すわ」
ふい、と赤ん坊から視線を逸らす女性。そんな彼女に赤ん坊は声を掛けた。
「言わねぇのか? に」
「なに、を?」
心底何を言っているか解らないと言った表情を作り、女性は首を傾げた。
赤ん坊はそれに黙ると、椅子から降りて教え子が眠る部屋へと行こうとした。
「ああ、リボーン君。あの子、昔私が色々やった所為で人が部屋に入るだけで目が覚めるから、今日は私の部屋で寝なさいな」
「……………………一騎当千、お前、何やったんだ」
「うふふ、秘密」
にっこりと笑った女性に、赤ん坊が引き攣ったような表情をした。
面白かったら猫を一押し!