結局。
何針か縫われた(一体どれだけ縫ったのかは聞かなかった。それは流石に怖い)為に、あえなく病院で一夜を過ごし。
真白で静かな病室で、私は日曜日の清々しい朝を迎えた。
…………凄く虚しい。
何が悲しくて、リボーンの誕生会で負傷し、尚かつ日曜という素晴らしい休日最終日を病院で迎えねばならないのか。神様は私が嫌いなのか!? そりゃあ信心深くないけどさ!
溜息を吐きつつ、宛がわれた個室のベッドの上でボーッとする。
そう、個室なのだ。お母さんのコネ、もとい権力は、風紀委員長と匹敵することが今回解った。まあ、知り合いみたいなので納得。…………どちらも知りたくない事実だったよ。
お母さんが枕元に置いてくれた目覚まし時計を見ると、朝の十時近く。果てしなく暇だ。暇つぶしの道具がまったくない。
ちなみに、午後から大量に人が来る。怪我の見舞いに。
まず筆頭は獄寺君だろうと思われる。急ぎすぎて怪我しないといいけれど。…………お見舞いの白い花が真っ紅に染まる、何てこと、ならないだろうな。
そうしたら次は山本だろうか。ああ、ハルかもしれない。どちらにしろ、怪我の具合を教えて安心させてあげないと。もちろん、獄寺君にも。
ビアンキは、気に病んでいたら気にするな、って言ってあげないと。私が不用意に飛び出したのが悪いんだから、って。
いつの間にかハルと仲良くなっていたらしい京子ちゃんが、花と笹川先輩を連れて来てくれるらしい、とお母さんが言っていた。
きっと京子ちゃんには心配され、花は呆れて見せながらも心配してくれるんだろう。笹川先輩だってきっと、心配してくれるに違いない。
ああ、もしかしたら三人は、ハルから事の顛末を聞いているかも。怒られはしないだろうか。
何故午後からかというと、お母さんが午前はゆっくりさせてあげて、とみんなに言ったかららしい。きっと有無を言わせぬ笑顔で言ったのだろう。想像に難くない。寧ろ想像できる。
「んぅー」
腕だけで伸び(背中は極力突っ張るな、と言われている)をすると、私はベッドに横になった。
何もないのだから、暇つぶしには寝るに限る。
そんなわけで、私は夢の中へと旅立った。
…………出来ればツナに会いたいな。だって今日は、彼の誕生日、だから…………。
髪を誰かが撫でているような、心地よい感触で私の意識はゆっくりと浮上していく。いつものような急激な覚醒ではないため、多分この感触は風なのだろう。窓から入ってくる風をそう感じているだけなのだ。そう言えば、顔の部分が少し肌寒いように感じる。
そこまで考えたところで、私はふと疑問に思った。はて、私は窓を開けて寝ただろうか?
私という人間には、何故か人が同じ部屋に入った瞬間に目が覚める、と言う傍迷惑な癖がある。
癖と言っても色々なパターンがあり、元々同じ部屋にいた人が出ていった場合は絶対起きないし、元々同じ部屋にいた人が周りで動き回っても、五月蠅くしなければ起きない。ただ、触れられそうになった瞬間に起きてしまうけれど。
あとは、殺気……という種類のものを感じたとき。それこそ素早く跳ね起きてしまう。
一体何故そんな癖が付いたのか心当たりは…………お母さんにしかない。と言うか、十中八九、お母さんの所為だ。
恐らく、私をマフィア世界で育てるために必要だったのだろう。その名残だ。
けれどそんな癖があるからこそ、この状況は夢現なのだ。だって、触れられたら絶対に起きてしまうのに。
さらり、と前髪を掻き上げる指。ひんやりとしたこの指を、知っている気がするのは何故だろう。
…………ひんやりした、指?
まだ寝ぼけている思考回路を無理矢理ただしながら、ゆっくり目蓋を押し上げれば、肌色の何か――――――――指が見えた。もちろん私のではない。残念ながら。
「やあ、起きたかい?」
低く落ち着いた声音。聞き覚えのある、声。
視線を指から声の方へと向ければ、見える人。
「ひ、ばりさん…………」
風紀委員長、雲雀恭弥。
並盛の支配者が、私のいるベッドの縁に腰掛け、髪を撫でていたらしい。撫でる、というか、梳く、とも言うかもしれない。
「よく眠ってたね。怪我、酷いの?」
「あ、いえ、暇だから寝てしまおうと」
私はどうして雲雀さんと喋っているのだろうか。それ以前に、どうして雲雀さんに触れられても起きなかったのだろうか。ううん、どうして、入ったときに起きなかったのだろうか。
そんなことを考えながら雲雀さんを見ていると、いつもの学ランのポケットから、何か箱を二つ取り出した。
「……なんですか? これ」
「まだ寝ぼけてる? 今日は十月十四日だよ」
「それは解ってますよ。箱のことを聞いてるんです」
聞けば、雲雀さんは軽く眉を寄せた。
「今日、誕生日でしょ、君」
…………。
そう言えば、昨日もそう言っていた気がする。お母さんが。
ああ駄目だな、私、記憶力が悪すぎだ。
でもちょっと待って。と言うことは、この箱…………。
「誕生日プレゼント、ですか……?」
「それ以外の何に見えるの。受け取りなよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
二つとも受け取ると、雲雀さんはベッドの側に丸椅子を持ってきて座る。
それを見て、私は身体を起こした。
「無理しなくていいよ」
「いえ、こっちの方がいいです」
この方が、プレゼントだって開けやすいし。
「開けていいですか?」
「うん。…………それは体育祭の日、君と一緒にいた人からの預かり物だよ。どうしても用事がある、って言ってた」
細長い、小振りな箱を手に取るとそう言われる。
京子ちゃんは同じ学校の人間だから、きっとクラスメイトだの何だのと形容されるだろう。と、言うことは、これはステラさんから?
開けて見れば、中には綺麗なアトマイザーと手書きのカードが入っていた。
曰く、「気に入ったアトマイザーが前回なかったって言ってたから、プレゼントだよ」とのこと。
夏のあの時行ったときにはなかった、けれど初回にはあった、夜明け前の空のようなグラデーションのアトマイザーだ。
「…………綺麗」
呟き、それをもう一度箱に仕舞うと、今度はもう一つの箱に手を掛ける。こちらが雲雀さんからのに違いない。
正方形に近くて少し平べったい箱の中には、それより更に一回り小さな、ベルベット素材のような箱。高いアクセサリーが入っていそうな奴が入っていた。
一瞬、入れ子人形を頭に浮かべながらも、私はそのアクセサリーケースだと思われる箱を取り出す。
カパッ、と音を立てて開ければ、綺麗なシルバーのブローチが入っていた。
「うわぁ、凄く綺麗……」
「気に入った?」
「はいっ」
こんなに綺麗な物を貰って気に入らない人なんているのだろうか。いるんだったら贅沢者だ。
シルバーで四つ葉を咥えた鳥を象って、鳥の目の部分と四つ葉の葉それぞれにジルコンが埋められている。
「ありがとうございます、雲雀さん」
そっとブローチを指でなぞりながら、私は雲雀さんに感謝の気持ちを伝える。
「どういたしまして」
そう言った彼の声がとても優しくて。
いつもは硬質な表情が、嬉しそうに、柔らかに笑っていて。
光が雲雀さんの背後にある窓から差し込んでいて。
私は固まってしまった。
「さて、そろそろ僕は行くよ。何時五月蠅い群れが来るか解らないからね」
それじゃあまたね、。
と言うと、雲雀さんは病室の扉を開けて出て行ってしまった。
一人その場に残された私はと言うと。
「あ、あの笑顔は反則です、雲雀さん…………」
顔に沢山熱を集めて、布団に顔を埋めていた。
ブローチは、その後京子ちゃんや笹川先輩、ハルと一緒に来てくれた花がプレゼントとしてくれた宝石箱の住人第一号として、大切に保管した。
使う事は今のところ考えて、いない。
けれど、一年しない内に一度は使うだろう、と私の中の何かが囁いていた。
面白かったら猫を一押し!