「B・C連合は両大将を使ってくるらしい」
「つまり、二人大将を倒さないと勝てないって訳か」
「かなり勢力が違ってくるだろうな……オレ達、勝てるのか?」
「借り者競争の活躍は凄かったケドよ、オレ達の大将、だぜ?」
「テメェ等、十代目の実力を疑うってのか!?」
「まーまー。落ち着けって、獄寺。オレもお前に同意見だけどさ」
「だけどよぉ、山本。だぜ?」
「勝てるのか?」
「…………ねぇ、笹川センパイ?」
「ん? どうした、
「オレに一つ案があるんですけど、乗りません? 攻めの一手、です」
「よし、言ってみろ」
「オレの案は――――――――」


























 太陽が中天から傾ぎ、地面に落とされた影が段々と長くなっていく時間帯。並盛中学校庭中央付近には二つの集団が出来ていた。
 一つはAと書かれたゼッケンを身に着け、一つの棒を立てている。その上には甘い髪色をした少年――――――――否、少女がしゃがみ込んだ状態でもう一つの集団を見つめている。
 もう一つはB、もしくはCと書かれたゼッケンを身に着けている。Aの集団よりも数が多く、二つの棒が立てられている。棒の上の二つの人間の内、一人は明らかにAの少女の二回り以上の巨躯、もう一人は髪の逆立った強面の長身である。
 校庭中央部に集まる二つの集団。それは、並盛中学校体育祭一番の目玉である「棒倒し」を行う選手達であった。
 彼等の行う棒倒しは通常とは異なる。「総大将」と呼ばれるチームのトップが自軍によって立てられた棒の頂点に登り、落ちないようにバランスを取る。棒を支える以外の人間は棒を守ったり、相手チームの群れに突入し、相手の総大将を地面に落とそうとする。
 そう、勝利条件は相手チームの総大将を地面に落とす、というものなのだ。
 この様な変則ルールの為、総大将は必ずそのチームで一番強い人間になる。何故なら、棒から総大将を引き摺り落とそうと登ってくる者達を逆に落とさなければいけないからだ。
 それなのに。
『それではA組VS.B・C連合、競技開始!』
 A組の総大将である「少女」が、自ら棒の上より飛び降りる。その細く小柄な、あまりにも棒倒しの総大将には似つかわしくない身体でチームメイトの一人の肩に着地すると、棒を支えていた者はその行為を放棄し、他の者と共に馬跳びの格好で横一列に並んでいく。その列が向かう先はB・C連合の集団。
 そしてある程度それが完成すると、少女はチームメイトの背を踏み、渡っていく。少女の小柄な体格故か、背に乗られた者が重さに顔を歪めることはない。
 チームメイトの背という道を通り、すぐに少女はB・C連合の集団に辿り着く。あまりの奇策に意識が付いていけていないB・C連合の者達を土台に、少女は聳え立つ棒の内一本へ迫る。
「っ、だ、誰か止めろーッ!」
 正気に戻ったらしい一人が声を上げるも時既に遅し。少女が渡ったところからばらけたA組の者達が全員、B・C連合に向かい、殴り合いを繰り広げていた。
「くそ、総大将さえ落としちまえば……ッ!」
 尤もなことを言い、少女へ手を伸ばす一人の少年。そのゼッケンにはBの文字が刻まれている。
 彼の手が少女の足を掴もうとした瞬間、
「十代目の邪魔をすんじゃねぇ!」
「がっ!」
 アッシュグレーの髪の少年に背を蹴られ、あえなく失敗する。アッシュグレーの少年のゼッケンはA。少女と同じチームである。
「頑張ってください、十代目!」
 背後から掛けられた大声に軽く手を振り、少女は敵の上をひらりひらりと舞い踊る。まるで重力などないとでも言わんばかりの様子に、一部の観客から感嘆の息が漏れた。
 邪魔をしようとする者の手をかいくぐり、やがて少女は棒を支える者の目の前へと至る。
「やあ」
 にこり、と場違いにも笑みを浮かべ声を掛ける少女に対し、棒を支える者は思わず目を見開いてしまう。少女の態度と、総大将自らが攻め入るという奇策を目の当たりにしたことによって。
「オレ達を勝たせてね」
 少女が言葉を紡ぐと同時、彼女は彼の手を蹴り棒から外させる。否、蹴ったわけではない。蹴るような足の運びで、彼の手が棒へと向けていた力のベクトルを変えたのだ。そのお陰で、彼の手は何処も痛まなかった。
 だが、その後は痛かった。
 手が外れたことを確認すると、少女は彼の胸元を蹴り、周りの人間共々棒の近くから遠ざける。チームメイトの背を道にする作戦の所為か裸足だった為、足跡が付かなかったのは幸いと言ってもいいかもしれない。
 そして少女は他の支え手達も同様にする。必然的に、棒は支え手を失い立っていられなくなり、傾いた。その上から人を落として。
 落ちてきたのは少女の二回り以上もある少年。見た目だけで言えば決して少年には見えないその巨躯が降ってくれば、誰しも逃げたくなるというもの。あえなく彼は少人数を巻き添えにし、地面へと落ちてしまう。
「よし、次はB組総大将だ!」
「かかれーっ!」
 Aのゼッケンを付けた者達が更に盛り上がり、残りの棒の方へと向かう。
 少女もそれに違わず、人の上を駆けながら残った総大将の方へ向かった。
、平気か?」
「平気だよ」
 と呼ばれた少女は短い黒髪を持ったAゼッケンの長身の青年に薄く笑みを浮かべ、伸びてきた妨害の手から逃れる。
「向こうが早く片付いたからね」
「しかし、こうも上手くいくとは思わなかったぜ」
「当たり前だろ、十代目の作戦なんだからな!」
 いつの間にか寄ってきていたアッシュグレーの少年が黒髪の少年に怒鳴るのを聞き、少女は苦笑と共に黒髪の少年の肩へ移る。同時、二人の少年は歩を止めた。
「あんまり山本に噛みつかないでね、獄寺君」
「っ、すいません、十代目」
「解ってくれればいいんだけど」
「獄寺、怒られちまったな」
「誰の所為だ、誰の!」
 他愛もない会話を交わしながら、獄寺と呼ばれたアッシュグレーの少年は周りに寄ってきたBとCのゼッケンの者を殴り倒していく。
 少女は軽く目を瞑り息を整えると、また黒髪の少年の肩から飛び出す。それを追って走り出す少年二人。
 残った総大将の方へ行けば、勢いづいていたA組の面々が棒のすぐ近くまで食い込んでいっている。その先頭は黒髪の少年よりも更に短い髪を持った少年だった。
「さっすが笹川センパイ。やるぅ」
 ヒュゥ、と口笛を吹き、少女は彼の方まで近付いていく。
「大丈夫ですか、笹川センパイ」
「む、か。極限に大丈夫だ。オレは今、これまでにないほど燃えている!」
 ガオオ、と吼えながら拳を繰り出す彼はすぐに棒へと近付くと、支えている人間を殴り飛ばしていく。周りにいた人間が彼を止めようとするも、支え手と同じように殴り飛ばされ、止めることなど出来なかった。
 それを見ながら、棒が倒れると危ないから、と下がった少女の目の前で、ゆっくりと棒が傾いていく。上に乗っていた人間がバランスを取ろうとしても、土台自体が倒れては意味がない。




 棒が倒れ、落ちた人間が地面に身体を付け。
 そこでA組の勝利は確定した。






























「お疲れ様ッス、十代目!」
「スゲーよな、の作戦のお陰で勝てたぜ」
 笑顔でに話しかける獄寺と山本。その二人に曖昧に返事を返しながら、は応援席へと戻る。
 応援席で待っていた京子と花からそれぞれ賛辞を貰うと、は椅子へと腰を下ろした。その顔はどことなく疲れているようにも見える。というより、明らかに顔色が悪い。
、あんた大丈夫?」
「何が?」
 きょとん、として首を傾げるに、自覚症状無しか、と花は溜息を吐く。
 更に首を傾げるに対し、指摘しようとしたところで観覧席から一人の女性が歩いてきた。颯爽とした歩き姿のその女性は、「Phialフィアーラ」の店長兼調香師であるステラ・ポラーレである。
「やぁやぁ少女諸君。お久しぶりだねぇ」
 ひらり、と軽く手を上げてきたステラに、京子も花も驚きの表情を浮かべる。はといえば、驚きを通り越して疑問にまで行っているようだった。
 そんなの代わりのように京子が尋ねた。
「ステラさん、どうしてここに?」
「うん、に誘われてね。『うちの娘がクライマックスの大将をやるのよ。是非見に来るわよね。はい、決定』って」
 京子の疑問に軽く答え、思わず頭を抱えたの方を見やる。
 想像できなかったのではない。想像できてしまったのだ。それも容易に。ステラの声真似が非常に上手かったのも想像を容易くさせた原因かもしれない。
 そんなの様子に苦笑して、けれどステラは首を傾げた。少しだけ眉間に皺が寄る。
ちゃん。一つ質問してもいいかな」
「はあ、何でしょうか」
「…………風邪引いてる?」
 顔色が悪いよ、とステラにまで指摘されれば、そうなのだろう、と認めざるを得ない。実際、熱が出ているのだから顔色が悪くて当たり前か、とも思う。
 仕方なしに保険医を捜そうと立ち上がれば、歪む視界。
「っ、」
 傾いだ身体を椅子の背もたれを掴むことによって立て直すが、その様子に周りの友人達はの体調がすこぶる悪いと言うことに気付いてしまった。
「だ、大丈夫ですか!? 十代目!」
、保健室行った方がいいんじゃねーの?」
「付き添おうか?」
「うわ、かなり熱高いじゃない! さっきの競技、出て大丈夫だったの?」
 棒倒しがクライマックスの競技だったために、残るのはリレーと閉会式だけだが、兎に角保健室で休ませた方がいいだろう、と言う結論に達したらしい友人達は、そこにいる唯一の大人を振り仰ぐ。
「ん?」
 振り仰がれたステラは四人の視線を受け止めると、一拍遅れたあと心得た、と言うように一つ頷き、
「ならまず少年二人は肝心のに伝えてきて欲しい。校庭のどっかにいるはずだ。手分けして探してくれ。それから花ちゃんは担任に報告。京子ちゃんは保健室に案内して」
 それぞれに指示を出すと、ひょい、とを担ぎ上げる。正確に言えば、俗に言うお姫様抱っこである。本日二度目だ。
 狼狽するに、病人が無理するな、とだけ言い、京子の案内で校舎の中へと入る。そこまではよかったのだ。
「…………………………………………職務怠慢」
 呆れているような怒っているような声音でステラは呟いた。
 何故なら、肝心の保健室には鍵が掛かっており、中に人の気配が皆無なのである。病人を連れているステラ達にしてみれば、保健室の主に文句を付けたい気持ちでいっぱいだろう。
「それじゃあ私、職員室で鍵借りて、」
「ねえ」
 京子が踵を返そうとしたところで、不意に三人に声が掛かる。
 男子特有の低い、妙に落ち着きを孕んでいるのに、何処か危険な匂いを漂わせるその声の主。その姿を見て、京子とステラは動きを止めた。
「部外者がここで何しているの。校舎は立ち入り禁止だよ」
 雲雀恭弥。
 彼の姿を見た京子は目を丸くして、ステラは小首を傾げて動きを止めている。
 恐らく京子の場合声を掛けてきたことに対して、ステラの場合ブレザーの学校なのに学ランの生徒がいることに対して、それぞれ驚きや疑問で動きを止めているものだと思われる。
 そんな二人を意に介さず、雲雀はステラが抱えている者に視線を移した。言わずもがな、である。
「……、どうしたの」
「熱、上がっちゃったみたいで」
 問われた言葉にが答えると、僅かに眉間に皺を寄せ、雲雀はステラに近付いた。
 相も変わらず小首を傾げていたステラはそれに気付くと、軽く片足を後ろに引いた。そして後ろに引いた足に体重を乗せる。
 ステラのそんな行動に気付いていながら、それでも雲雀は近付くと、の額を軽く叩く。ぺしり、という、雲雀恭弥が出したとは思えない音が静かな廊下に響いた。
「無茶しないように、って言わなかったっけ?」
「…………言われました」
「動けないくらい熱、上がったの」
「…………軽く立ち眩みが」
「……………………馬鹿だね」
 溜息を吐き、雲雀は今度は保健室の扉へと近付く。
 鍵が掛かってることを確認すると、何処からともなく鍵の束を取り出し、鍵穴に一本の鍵を差し込んだ。そしてそのまま回転させる。
 鍵を引き抜き扉をスライドさせると、雲雀はステラと京子を見る。
「早く入って、寝かせてあげて」
 思わずお互い顔を見合わせてしまったが、促されたようにステラと京子は保健室の中へ。
 ベッドにを寝かせて十数秒後、保健室の扉を壊さんばかりの勢いで入ってきたと、その腕に引き摺られてボロボロになっているシャマルが。彼女たちに遅れて息を大きく乱した山本と獄寺が。そして最後に黒川と担任教師が保健室へとやって来た。
 そんな騒動の中、雲雀が何時保健室を出ていったか知っているのは、騒動の中心人物であるただ一人だけだったりする。








面白かったら猫を一押し!