雲雀さんが案内してくれたのは、本当に人気のない静かな公園でした。
公園といっても遊具がないからどちらかというと広場、なのかな。でもここは公園と言っておく。一応ベンチとかあるわけだし。…………広場と公園の違いってなんなんだろう。
「、竹刀だ。持て」
「は、はい」
何だかんだ言って雲雀さんも見学するとか言ってベンチに腰掛けているし。獄寺君は雲雀さんと十堂先生に向けて威嚇してるみたいだし。十堂先生はマイペースだし。
なんだかとっても疲れるんですけど。あれですか、私の普段の行いが悪いからこうなるんですか。私が一体何をした。
「最初に言っておく。怪我をさせても僕を恨むなよ」
竹刀を構えながら十堂先生が言う。多分、獄寺君に向けて。
見よう見まねで私も竹刀を構えた。……なんか、しっくり来ない。
「自分の好きなように持ってみろ」
見かねて十堂先生が言ってくれる。頷き、持ち方を少し変えた。うん、こっちの方が何となくだけどいいな。
しっかりと構えたら、十堂先生が地面を蹴って面を繰り出してくる。竹刀で受け止めようとしたけれど、間に合わずに面を打たれてしまった。
…………防具を付けてないからか、かなり響いた。けれど十堂先生の手は休まらず、更に竹刀を繰り出してくる。決まって面だけ。
何度か当たりながらも五割ぐらい防げるようになると、十堂先生は攻撃の手を休める。
「、お前はかなり筋がいい。昔剣道を囓ったことがあるだろう」
「え、えぇっ?」
何故いきなりそんなことを言うのだろうか。っていうか、剣道を習った事なんて私の記憶上、ないのですが。
「僕の持ち方は素人が真似しやすいように少し持ち方を変えておいた。それをお前は元の持ち方に変えている。基礎が身に染みついている証拠だ」
そ、そうなのか……。じゃあ喪われた記憶の中にあったのかもな。剣道を習ったっていう経験が。
竹刀を持ち直し、十堂先生は続ける。
「これなら少し慣らさせただけで応用や試合形式にした方がいいな」
「あ、お、お願いします」
「次、行くぞ」
十堂先生が動く。今度は胴を狙っているらしい。やっぱり当たったり防いだりしながら五割の確率で防いでいく。
っていうか、五割が限界です、先生。
息が切れだした私を見かね、十堂先生は小休止を挟むことにしたらしい。攻撃の手を休めた。
「暫く休むぞ」
「は……い」
い、息が苦しい……。凄く疲れた……。
側にあるベンチに腰を下ろし、固まった指を竹刀からなんとか外していこうと悪戦苦闘する。かなりハードだったらしく、思い通りに動いてくれない。
「大丈夫ッスか? 十代目」
「獄寺君…………」
いつの間にか側に来た獄寺君がしゃがんで私の手を見る。
「オレが外しましょうか?」
「わ、ありがとう」
両手がなってるから自分じゃあ外せないんだよねぇ。助かるなぁ。
やっぱり持つべきものは友達だよね。
そっと私の手に触れて、ゆっくり優しく外していってくれる。勢いよくとか、思いっきりとかじゃないからあんまり辛くない。
中には乱暴に、とかやる人がいるからなぁ。リョーコちゃんとか。
そこで私はふと気付く。いつの間にか雲雀さんの姿が周りにない。やっぱりつまらなくて帰っちゃったのかな。
「終わりましたよ、十代目」
「ありがとう、獄寺君」
「いえ! 十代目のお役に立てて光栄です!」
「あ、あはは」
これがなければなぁ…………。私、部下とかいらないんだけど。
苦笑いをしていると、首筋に冷たいものが押し当てられる。
「ひゃっ」
驚いて見てみれば、オレンジジュースの缶。冷えているから多分、自販機から出たばかりだと思う。
「あげる」
声に振り仰いでみれば、差し出しているのは先刻から姿のなかった雲雀さん。
もしかして、これ買いに行っていたのかな。
「ありがとうございます、雲雀さん」
私が缶を受け取れば、用はそれだけだと言わんばかりに離れたベンチへ行って座る。なんていうかこう、ホント予想外。予想外すぎて結構くすぐったい気持ちになる。
プルタブを開けて冷たいオレンジジュースを喉に流し込み、潤す。ふぅ、と一息ついたところで十堂先生が目の前にやってきた。
「大丈夫か? 」
「あ、はい。大丈夫です」
「テメェ、少しは手加減しやがれ!」
「それでは稽古にならないだろう」
「そりゃそうだけど、限度があるだろうが」
獄寺君の言葉に眉を顰め、十堂先生は私の手から素早く缶を取り上げ、右手を引ったくる。その右手を無遠慮に見てから、悪かった、とだけ謝った。
なんだろう、と見てみれば、右手が少し痙攣している。わお。
「次はもう少し力を抜く」
「おう、そうしやがれ」
獄寺君、偉そう……。でもよく気付いたなぁ。私なんて自分のことなのに全然気付かなかったよ。
「ありがとうね、獄寺君」
先刻みたいな「当然のことをしたまで」という態度は見たくなかったから、私はそっと彼に聞こえないように呟いた。
さて、そんなこんなで一週間はあっと言う間に過ぎてしまった。
私達は今、沢山のギャラリーに囲まれて剣道場にいる。
…………勝つ自信はない。けれど、簡単には負けない自信はある。
土日は十堂先生の都合が悪くて教えてもらえなかったけれど、それ以外の日は放課後毎日十堂先生が教えてくれた。
お陰で多分、五割ぐらいなら防げると思う。…………まあつまり、二回に一回、ってコトだ。統計学上。
だから多分、簡単には負けない。
目の前にいる持田先輩と礼を交わし合い、お互いに防具を付けて竹刀を持つ。
もちろん前回のことを踏まえ、不正がないように事前に防具も竹刀も風紀委員が調べてくれた。
ちなみにその係、草壁さんだったりする。
竹刀を構え、審判の声を待つ。
「………………始めッ!」
声と同時、持田先輩が踏み込んできた。それをなんとか受け止め、後ろに下がってやり過ごす。
重い一振りだった。けれど、十堂先生に比べれば全然軽い。迫力もない。
なんというか、十堂先生のは「剣道」をしている持田先輩とは全然違う気がする。
――――――――そう、十堂先生のは「剣道」ではなくて「剣術」のような、気が。
思考を何処かへ飛ばそうとしていたのを慌てて引き戻し、持田先輩の二撃目、三撃目を受け止め、流す。それから攻撃に転じた。
面を狙う。防がれた。
胴を狙う。防がれた。
小手を――――――――狙わない。
狙う前に持田先輩の竹刀が私の胴を狙ってきたから、それどころじゃなくなったというのが正しい。
持田先輩の一撃を受け止め、弾く。お互いある程度間合いを取り、息を整える。私の方はもう既に息切れが始まっていた。
次、決まらなかったら危ないかもしれない。
そう思いながら私の方から一歩を踏み出し竹刀を振って面を狙う。けれどそれはあっさりと躱され、ぱぁん、と綺麗に胴を決められてしまった。
持田先輩の勝ち、である。
お互いに面の防具を外して礼。私達の健闘を讃えてだろう、周りから拍手が疎らに起こった。
ああ、それにしても負けてしまったな。ちょっと悔しい。でもなんだか。
「…………はぁー、スッキリしたぁ」
「お疲れ様でした、十代目! 惜しかったッスね」
「あはは、そんなことないよ」
タオルを持って駆け寄ってきた獄寺君に笑いかけながら私は持田先輩へと視線を移す。彼もなんだかスッキリしているように見えた。
「、お疲れ。凄いのな」
山本も獄寺君に遅れてやって来た。褒めてくれるけど、正直十堂先生のスパルタ特訓がなければすぐにやられていたはずだ。
と、言うわけで。
ギャラリーに十堂先生の姿を見つけて駆け寄る。
「十堂先生」
「。惜しかったな」
「いえ。……教えていただき、ありがとうございました」
私の言葉にきょとん、とした後、十堂先生は苦笑を浮かべた。
「僕は基礎しか殆ど教えてない。お前の実力だ、」
そう言ってぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き回すと、十堂先生はすぐに剣道場を出て行った。
…………十堂先生に名前だけで呼ばれたのは初めてだ。
その後、京子ちゃんや花にも労われ、やはり極限な笹川先輩と持田先輩が同じクラスだと言う事実を私は京子ちゃんに教わったのだった。
が持田に勝負を挑まれ、その想いに答えるために必死になっている頃、彼女の家庭教師は彼女の母親と二人、真剣な顔をして向かい合っていた。
「……………………いい加減に言ったらどうだ、。が何を『押し込めている』のか」
それは以前、がリボーンに言った言葉だった。その時はあとで話すと言っていたが、今の今までの口からその事柄が紡がれたことはない。
軽く目を伏せ、何事かを諦めたかのように溜息を吐くと、は重い口を開いた。
「あの子はね、リボーン君。『あの事件』が起こったのは自分の所為だと、そう思っているの」
ぴくり、とリボーンが片眉を上げる。
「『あの事件』…………が記憶を失った切っ掛けか」
その言葉に頷くと、は訥々と語り出す。
「『あの事件』があった日は、ちょうどあの子の六歳の誕生日だった。イタリアで迎えた誕生日を祝うために、私達はケーキを買おうとしたの。沢田ツナの物ではなく、の誕生日ケーキを、ね」
けれど、運悪くその日に九代目ももも急な仕事が入ってしまい、一緒にケーキを買いに行くという、当時のにしてみれば一大イベントが出来なくなってしまったのだ。
「だったら自分だけで行く、とは言ったのだけど、『沢田ツナ』は九代目の所に出入りしている子供でしょう? だから危険だということになって、いつも遊び役兼護衛として一緒にいた私の部下と一緒にケーキを買いに行くことになったの」
そしてケーキ屋へ行く道の途中。
は、「沢田ツナ」は襲われた。
「自分があの時ケーキを買いに行くなどと我が儘を言わなければ。自分が誕生日でなければ。自分がボンゴレの血を引いていなければ。自分が『沢田ツナ』でなければ」
カイルは、あんな事にならずに済んだのに。
「…………それが、あの子がイタリアで私達に言った最後の言葉よ」
それ以降は口を閉ざし心を閉ざし、誰にも何も言わなかった。誕生日パーティなどもちろん開かれるはずもなく。
血も、力も、思い出も。全て閉じ込め押し込めて。
そうして、彼女は今の「」になったのだ。
「私が言えるのは、これだけよ」
辛そうに言うにボルサリーノを目深に被ったリボーンは何も声を掛けず、ただ見つめていた。
暫く沈黙が横たわり、時計が時を告げる頃。漸くリボーンは口を開いた。
「トラウマに、なっているのか?」
「解らないわ。………………解らないの。血を怖がることもない、悪夢で魘されることもない。イタリアの映像を見ても何もそういった類の反応を示さないの」
「そうか……だが大丈夫だ」
リボーンの言葉には訝しげに眉を寄せる。それを気にした風もなくリボーンは宣言した。
「オレはアイツの家庭教師だからな。過去を乗り越えさせ、を立派なマフィアのボスにしてやるぞ」
だから。
「心配すんな、」
「…………ええ」
そっと小さく息を吐きながら、困ったような、けれど何処か安心したような笑顔をは浮かべた。
面白かったら猫を一押し!