今日も今日とて朝早く。
学校に遅刻しないようにと気をつけて登校した私は目を見開いて固まっている。ちなみに場所は1−A前。つまり自教室前。
何故かって? 剣道着着込んだ持田先輩が自分のクラスにいたら誰だって驚くと思うのだ。持田先輩、二年だし。
それに私には前科がある。持田先輩を突き飛ばし、持田先輩を右ストレートで吹っ飛ばし(これが原因で笹川先輩にボクシング部に勧誘されている)、あまつさえ、彼の悪巧みを看破し、みんなの前で恥をかかせてしまったのだ。
……………………やっぱりこれって、お礼参りって奴かなぁ。
「おはようございます、十代目! どうなさったんですか?」
わお、凄く頼りになる(自称)右腕が!
「あ、おはよう、獄寺君」
身体を固めたまま、私は顔だけ彼に向けて挨拶をする。……どうやら相当ショックを受けているらしい、私は。
と、ここで持田先輩が私に気付いた。
くるりとこちらを振り返ると、ずんずん近付いてくる。はっきり言おう。地獄へのカウントダウンみたいな心境だ。
出来れば来ないで欲しかったのだけれど、持田先輩は私の目の前に来て漸くその足を止める。そしてその口を開き、私にお礼参りの挑戦状を叩き付け…………
「なんだテメェ。十代目になんか用か?」
…………る事が出来なかった。
獄寺君がその前に声を出したから、必然的に持田先輩は獄寺君に視線を向けることになる。
出来ればこのまま私のことは忘れてくれ!
「ああ、大事な用だ」
願い虚しく、持田先輩は私の方へ向き直った。
「。お前に再戦を申し込む」
思っていたような荒々しさのない口調だった。なんて言うか、こう、落ち着いた? いや、それも違うな……。
どう言えばいいのかわからないけれど、前のような高飛車な感じはない。
「さ、再戦って…………」
「持田先輩、一回負けたんだから潔く京子のことは諦めたら?」
「……あ、おはよう、花」
「はよ、」
いつの間にか後ろに立っていた花が持田先輩にキッツイ一言を浴びせかける。
確かに持田先輩は負けたんだけどね? でもあれで勝負が付いたかというとそうじゃない気がするんだ。だってあれ、持田先輩がイカサマしてなかったらきっと、髪を抜くっていう荒技やってただろうから。
それじゃあ「剣道勝負」は決着が付かないよ。
「今回は笹川は関係ない!」
「え」
言い切った! この人言い切っちゃったよ!
じゃあやっぱりお礼参りなのか!? 私、ぼこぼこにされちゃうの!?
「オレはあの時、スポーツマンにあるまじき卑怯な行為をした」
ああ、自覚したんですね、持田先輩。
「だからこそ! 今度は勝ち負けに拘らず、正々堂々と勝負がしたい! その相手はやはり、あの時の相手でなければいけないのだ」
…………えーと。
笹川先輩の影響でも受けましたか? それとも何か別の影響を?
「ど、どうしていきなりそんなことを?」
「オレは思い出したんだ。剣道を始めた切っ掛けを」
へぇ、切っ掛けかぁ。
「オレと同じかそれ以下の年齢だと思われる子供が、大人相手に華麗に竹刀を使いこなし、正々堂々と勝負を挑んで勝っていた」
凄いなぁ、大人相手に勝つだなんて。そりゃあハンデは付けて貰ってたんだろうけれど。
きっとあれだ、天童って奴だ。あ、間違えた、神童だ。
「オレがアイツのようになるために、、オレと戦ってくれ」
ここまで聞かされたらさ、答えは一つだよね。
「…………私でよければ」
「よし。なら再戦は一週間後、来週月曜の放課後だ。それまでに剣道部員や剣道顧問に剣道のことを聞いておけ。オレから頼んでおく」
「あ、はい」
それだけ言い残すと、持田先輩はすたすたと去っていく。
「今気付いたんだけどさぁ」
「何を?」
「朝練、あったんじゃない? 持田先輩」
「…………」
も、持田先輩、あんたこんなことのためだけに朝練抜けてきたのか!?
「十代目、剣道できるんスか?」
「まっさかぁ。初心者だよ」
持田先輩が(恐らく)朝練に戻って、私は獄寺君と一緒に教室の中に入った。
クラスメイトの視線が痛い…………。そりゃそうだよね、一度ならず二度までも持田先輩と戦うんだもん。誰だって注目したくなるよね。
でも注目される方は辛いんだよ! 注目されたくないんだよ!
机に鞄を置いてがっくりと項垂れていると、私の上に影が落ちる。見上げてみれば京子ちゃん。
「おはよう、ちゃん」
「おはよう、京子ちゃん」
「…………持田先輩、またちゃんと勝負したいって言ったんだって?」
「ああうん、そうなの。今回は京子ちゃんを争って、ってわけじゃないけどね」
苦笑しつつ返せば、心配そうな顔をされる。
「大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
先生とかから教われば多分、少しぐらいは…………。
まだ心配そうな京子ちゃんに笑みを浮かべて私は言う。
「それにさ、今回は準備期間、与えられてるんだ。だから少しはマシな戦いになると思うよ」
「……無茶、しないでね?」
「うん」
京子ちゃんに言われたらさ、無茶は出来ないよね。
頷いてあげれば少し心配が薄れたような顔になって、京子ちゃんは自分の席に戻っていく。
今回は自分の力で、無茶をしない程度に頑張ろう、と思う。真剣に勝負を挑んできた持田先輩の為に。だから死ぬ気弾は使えない。死ぬ気弾の別部位に発揮する力も使えない。…………負ける、と思う。それでも。
「勝ちたい、な」
なんて思う。
リボーンに関わってから随分私、積極的になってきたらしい。前なんて負ける気満々だったのに。
きっとこれが最強の家庭教師の力なんだろうな、なんて思いつつ。
一日の授業を終えて放課後に。
「って早ッ!」
ボーッとしすぎにも限度があるだろ私! 所々記憶が抜けてるよ! 特に体育!
「大丈夫ですか、十代目」
「今から緊張してるんじゃねーの? 勝負、受けてよかったのか?」
ああ、獄寺君と山本に迷惑が……ッ。
「だ、大丈夫だよ。これから剣道部の顧問の先生探してコーチして貰うから」
なんとか笑顔を作りつつそう言えば、山本が顎に手を当てて考え始める。
…………えーっと、どうかしたのかな?
「あのさ、」
「なに、山本」
今凄く嫌な予感がしてるんだけど。頼むからいい話題をください、山本君。
「剣道部の顧問、昼休みの時に急用で帰ってたぜ?」
「なにぃーっ!?」
そんな殺生な! 折角剣道部顧問に教えて貰おうと思ったのに!
これで明日も来なかったらちょっとヤバイかも……。
「おい野球バカ、それは本当なんだろうな!?」
「ああ。丁度昼休みにさ、他の先生と話してるの見たから間違いねーよ」
「ぐっ……。じゅ、十代目、オレが今から剣道部の顧問を連れてきます!」
「いやいいから! そこまでしなくても!」
獄寺君の場合、ダイナマイト持って突っ込んでいきそうなんだもん。止めなきゃまずいでしょ、これは。
でもホント、どうしようかなぁ……。今日は図書室で本借りて、それ見ながら練習しようか。
悩んでいると、がらり、と教室の扉が開いた。視線を向ければ、そこに立っていたのは国語の先生の。
「あれ、十堂先生。どうかしたんスか」
十堂先生。彼はさばさばしていて生徒の中で人気がある。特に女子の。格好いいからか、生徒のみならず先生の中にもファンがいるとか。ばーい花情報。
あと運動神経もかなりいいらしく、運動部の顧問の先生と仲がいい。その所為か、十堂先生は山本の方を向いて口を開いた。
「山本武。野球部顧問がまだ来ないのかと言っていたぞ」
「げ、やっべ」
慌てて荷物を掴んで「じゃあな」と言って教室を出て行く山本。慌て過ぎなような気がするけれど、まぁ野球大好きなのが山本だしなぁ。
苦笑してその背中を見送ると、私は十堂先生に視線を移す。
ダメ元で、頼んでみようかなぁ。
「あの、十堂先生」
「なんだ、」
フルネーム呼びが標準装備なんですか、十堂先生。
「私、剣道勝負を持田先輩に持ちかけられてまして。それで、よければ剣道を教えていただけないかな、と」
「…………剣道顧問は……ああ、確か昼休憩に帰っていたか」
やっぱり運動部の顧問の先生方と仲がいいようだ。国語の先生なのに。
「明日頼めばいいだろう」
はぁ、なんて溜息を吐いて十堂先生は面倒くさそうに長い前髪を掻き上げる。あんなに長くしていて目が悪くならないのだろうか。
す、と横で獄寺君が動いた。視線を向ければ、その両手にはダイナマイト。
「いいから十代目に教えやがれ!」
「ちょ、獄寺君!?」
なにやってんのこの人はーっ! 先生脅してどうするの!
いやそれ以前にダイナマイトを一般人に向けるな!
ツッコミどころが多すぎて突っ込むに突っ込めずにいると、十堂先生は獄寺君をその吊り上がり気味の目で睨め付ける。
「獄寺隼人、お前はもう少し忍耐を付けた方がいい。放った言葉はなかったことには出来ない。剥いた牙は、相手が悪ければ何倍もの脅威になって返ってくるぞ」
「うるせぇ、んなの関係あるかよ」
「あるだろう。…………お前が誰かを慕う限り、お前だけではなくその者にも同じ脅威が降りかかると、お前は知らなければいけない」
静かな口調だった。けれど有無を言わさないような。まるで私達の事情を知っているかのような。
ぐっ、と獄寺君が口籠もる。
初めて見たかもしれない。獄寺君が学校の先生に言い負かされるのを。
「まあいい。僕でいいなら教えてやる」
肩を軽く竦め、十堂先生があっさりとそう言った。ちょっと意外。
あそこまで言ったのだから、てっきり断るつもりだと思っていたのに。いや、私としては願ったり叶ったりなのだけれど。
「荷物を纏めて付いてこい、、獄寺隼人」
「あ、はい」
スッと踵を返して廊下に出る十堂先生を私達は荷物を持って追いかける。
廊下を歩く十堂先生は一言も発しない。やっぱり剣道場へ向かっているのだろうか、なんて思っていると、どう考えても剣道場に向かわないだろう廊下を通っていく。
「…………つかぬ事をお聞きしますが、先生」
「なんだ」
顔も向けずに、けれど聞く体勢ではあることを言葉だけで教えてくれる。
私は意を決して聞くことにした。
「どこへ向かっておられるのでしょうか?」
「応接室だ」
「お、応接室ぅ〜!?」
それは風紀委員の根城ですよね!?
「成る程、解りましたよ十代目」
「へ? 何が?」
「きっとこいつ、竹刀で風紀ヤローを倒すっていう修行を十代目にさせるんですよ」
そんな修行いりません!
っていうかなんですか、私に討ち死にしろといっているのかあんた等は。この前のなんてまさかの偶然じゃないか。寧ろミステリーだよ。
と、十堂先生が足を止めてこちらを振り返った。その顔には呆れが色濃く浮かんでいる。
「そんなわけがないだろうが。相手が同じく竹刀を使って剣道で勝負するならともかく、トンファーで学校の備品である竹刀を壊されたらたまったもんじゃない」
え、竹刀の心配ですか。
溜息を吐き出し、十堂先生は前髪を掻き上げながら獄寺君に言い放つ。
「それとも、お前がの相手をするか?」
「なっ」
「冗談、だ」
ニヒルな笑みを浮かべると、先生は応接室目指して歩を進める。私達は付いていくことしかできない。
なんでこんな時にリボーンがやってこないのか。…………学校の中にはいない、のかもしれないな。
やがて応接室の前に来ると、十堂先生はノックもせずに扉を開けた。い、命知らずな!
「風紀委員長、少し聞きたいことがある」
「……………………なに、ノックしてから入りなよ。非常識」
あなたにだけは言われたくない言葉だと思います、雲雀さん。でも私も同感。
トンファーが飛んでこなかったのをいいことに、十堂先生は肩を竦めるだけで留める。それを半眼で見やって、それから「とりあえず入れば」と促した。
十堂先生の後に続いて私達も入ることにする。獄寺君は堂々と、私は怯えながら。
だって今、私達群れてるんですよ!? 群れが嫌いな雲雀さんの目の前で!
「それで? 何を聞きたいの。まで引っ張り出して」
あ、私に気付いてたんだ。なるべく十堂先生や獄寺君の後ろに隠れるようにしてたのに。
「が剣道勝負を挑まれてな。その稽古を付けてやりたいが、人が来なくて静かで壊れてもいい場所を僕は知らない」
こ、壊れてもいい場所!? あなた壊す気ですか!?
…………っていうか、竹刀で壊すつもりなのか。板とかコンクリートとかを。明らかに竹刀の方が壊れそうなんだけど。
「並盛の秩序である風紀委員長に聞けば知っていると思って、な」
「ふぅん、それで僕の所に来たの。…………いいよ、教えてあげても」
言いながら雲雀さんは徐に立ち上がった。思わず私は後退る。だってなんだか嫌な予感がするのだもの。
「僕に勝てたら、ね」
床を蹴り十堂先生に肉薄したかと思うと、いつの間にか取り出していたトンファーを鋭く振る。けれど、それは乾いたぱしん、という音によってあえなく勢いを殺され止まってしまった。
音の元は十堂先生の右手。雲雀さんが振るったトンファーを掴んでいる。
「…………アップルパイ」
……………………………………ん?
「アップルパイで手を打たないか?」
え、何故そこでアップルパイ? 十堂先生、やけっぱち?
「この街で恐らく最強の人物の」
「………………あなた、知り合いなの」
「ああ、かなりの仲、だな」
「ふぅん。……いいよ、手を打ってあげる」
って乗っちゃったよ!? ちょ、雲雀さん!?
トンファーを引いて仕舞ってしまう雲雀さん。私も獄寺君も付いていけずにぽかん、としてしまう。
だって何、この裏取引。
十堂先生は何もなかったかのように私達の方を見て眉を顰める。
「何を間抜けな顔をしてるんだ、お前達」
「ま、間抜けって。テメェがヒバリのヤローと取引するからだろーが」
「無駄な戦いはなるべく避ける。これは鉄則だ」
人生のな、と言って先生は扉の方へと足を進め、雲雀さんの方へ声だけを向ける。
「風紀委員長、案内頼めるか?」
「…………いいよ」
うわぁ、雲雀さん使っちゃってるよ、この人!
なんて言うか、怖いモノ知らずというか……。逆に十堂先生が怖く見えてきたんだけど。早まったかなぁ、稽古頼んだの。
面白かったら猫を一押し!