死ぬ気の炎を灯した私を見て雲雀さんが目を軽く見開き、リボーンを睨みつける。
「…………なんの真似」
その声は、とても低い。獣に喩えれば威嚇とかそういう感じだろうか。
リボーンは雲雀さんから視線を逸らすことなく自分の要求を提示した。
「ヒバリ、こいつと戦え。お前の実力が知りてぇ」
「断る。理由がないよ」
「………………強くねーとには関われねーぞ」
ぴたり、と。雲雀さんの動きが止まった。瞳に忌々しそうな光が宿る。
そしてそのままトンファーを取り出すと、私の方へ向かってくる。もちろん私の身体はやる気満々で、雲雀さんを素手で迎え撃った。
…………って素手!? なんで素手!? いや武器を持ってないからなんだけど! リボーンからレオンでも借りればいいじゃん、私!
トンファーが振るわれるのを紙一重で避け、受け流し、合間合間に拳を振るう。けれどやはりというかなんというか、攻撃は全て躱されてしまった。
その様子に雲雀さんが少しだけ眉を寄せて口を開く。
「身体、鈍った?」
え、私昔あなたと戦ったことあるんですか……?
っていうかね、どんどんと雲雀さんのスピードが上がってきていて、死ぬ気の私でも付いていくのがやっと。というか、付いていけないんだよ。
そして、決定打。額から死ぬ気の炎が消え、死ぬ気タイムが終了してしまった。
ああ、痛い思いはしたくないなぁ、なんて思いながら、繰り出された左のトンファーを左手で身体の右外側に受け流し、懐に身体を半回転させながら潜り込むと、思い切り右足の裏で右のトンファーを蹴り上げる。
煌めく銀の軌跡が天井まで飛んでいき、突き刺さって止まった。
…………………………………………あれ?
天井に突き刺さった物体を見れば、やっぱりそれは雲雀さんのトンファーで。
雲雀さんの方を見れば、右手のトンファーがないどころか、少し顔を顰めて左手で右手首を押さえている。
…………わ、私何をしたんですか………………?
「卑怯だよ、身体が鈍ったフリするなんて」
「あ、や、えと、あの、その」
フリじゃないどころか、身体が鈍ったとかそういう問題じゃないんですが。私、体育の授業、全っ然駄目なんですが。
呆然とするしかない私に溜息を吐き、雲雀さんは軽く肩を竦めた。
「やっぱり君は一筋縄じゃ勝てないね」
………………うん、あなたと私、昔何があったか凄く凄く知りたいんですが。
リボーンはなんだか意外そうに私達を見ている。うん、私も意外です。
だってだって、雲雀さんが両手から武器をなくしてるんだよ。しかも私相手で。ああ、片方は仕舞ったのかな。
まあそんなことはさておき、だ。
「ひ、雲雀さん、手首大丈夫ですか!?」
「大丈夫だよ。ちょっと負担が掛かっただけ」
どんだけなんだ私! どんだけ渾身の力を振り絞ったんだ私!
オロオロしながらも近付こうとした私の肩を誰かが掴んだ。
「すんげーのな、。あのヒバリに勝つなんて」
「流石です、十代目! オレは十代目が勝つって信じてました!」
あ、忘れてた。
獄寺君と山本、見てたのか…………。
なんか今更ながら恥ずかしいのですが。だって相手は風紀委員長だよ? まぐれとはいえ勝っちゃったんだよ?
……明日から私、生きていられるのかな。
って、だからそうじゃなくて!
山本の手をやんわりと外し、私は雲雀さんに駆け寄る。
「ちょっと見せてください」
「いいよ、別に」
「よくないです。私の所為なんですから」
無理矢理左手を退けて見れば、ちょっと赤くなっている。冷やさないといけないよね、これ。
ハンカチを水で濡らしてこよう、と思った丁度その時、昼休みの終わりを告げる予鈴がなる。
そういえば屋上、片付けてない…………。
「君達、教室に戻りなよ」
風紀委員長らしく雲雀さんがそう言う。
それに便乗する形で二人が口を開いた。
「行きましょう、十代目」
「そうだぜ、。次の先生時間に厳しいし」
…………三人の言うこと、解るんだけどね。
「獄寺君、山本、先に教室行っててくれないかな?」
やっぱりさ、自分がやったこと、ちゃんと納得いくようにしないと。
「でも……」
「いいからいいから! ちょっと先刻ので足痛いから保健室で湿布貰ってくるだけだって!」
「だったら一緒に……」
「次の先生時間に厳しいんでしょ、だったら二人は早く行く!」
なんて遣り取りをして、二人を渋々とはいえ教室へ返す。これで良し。
振り返って雲雀さんを見れば、すぐ後ろにいて驚いた。思わず一歩後退る。これは不可抗力だ。
「……大丈夫なの、足」
なんだか知らないけれど、凄く心配されてます、私。
「心配ねーぞ。のはあいつ等を教室に向かわせるための仮病だ」
リボーンが私の代わりに答えてくれたので、私は頷くだけに留める。
そう、雲雀さんの手首を痛めた割に、私自身の足は何ともなかったりする。なんて理不尽なんでしょう。普通私の方がダメージ受けるよね?
…………っていうか、あの天井に突き刺さったトンファー、どうするんだろ。
悶々と考えていると、リボーンがひょい、と応接室のソファの上に座って私の方を見る。
「とりあえずオレがあのトンファーを抜いといてやるから、その間にお前はヒバリを保健室まで連れてってやれ」
「あ、うん」
見抜かれていたらしい。流石リボーン。
恐れ多いのだけれど、雲雀さんの左手を掴むと私は扉に向かって歩き出す。出来れば道中誰にも会いませんように…………!
なんていう考えは杞憂だったようだ。
結局保健室までの道程は誰にも会うことなく、私達は無事に保健室に着くことが出来た。平和万歳。
保健の先生はいないようで(もうすぐシャマルが来るんだろうな)、勝手に引き出しとかを漁って湿布と包帯、テープを用意する。
「座ってください」
とりあえず立ってるよりもいいだろうな、と思ってそう提案すると、案外素直に座ってくれる。ただし、ベッドに。
パイプ椅子って結構ガタガタ言うから気持ちはわかるのだけれど。もし誰か寝ている人がいたらどうしたんだろうか。
軽く肩を竦めながら、私は湿布と包帯とテープを持って雲雀さんに近付き、右手をそっと持ち上げる。
痛いんだろうな、これ。でも雲雀さん、殆ど表情変えない…………。凄い精神力だなぁ。
感心しながら患部に湿布を貼り、包帯を優しく心掛けて巻き、テープで留める。その際、患部を圧迫しないように細心の注意を払った。
「痛くない、ですか?」
「大丈夫だよ」
会話終了。
え、もうちょっと会話を広げようよ。なんか気まずい雰囲気が漂いそうだよ。どうしろって言うのさ、この私に!
なんて思っていると、雲雀さんがじっと私を見ていることに気がつく。
「あの、私の顔に何か付いてます?」
「…………違う」
「じゃあどうして」
私の問い掛けに暫し悩んで、けれど雲雀さんは答えてくれた。
「記憶を無くしても、やっぱり沢田は沢田なんだって思って」
「……………………………………え」
どういう意味、なのだろうか。記憶を無くしても私は私、だなんて。そんなことがどうして言えるのだろうか。たったこれだけの関わりで。
そんな私の表情に気付いたのか、雲雀さんは私を見上げて口を開く。今は座っている雲雀さんの目線の方が低い。
「気付いてた? 僕の手首に包帯巻くとき、奥歯を噛み締めて苦々しげな表情だったって」
「い、え。全然」
苦々しげな表情を、していたのか、私は。気を使わせてどうする。
「誰かを巻き込んで、傷つけて、自己嫌悪に陥るところとか」
するり、と雲雀さんの手が私の腕に触れる。
「自分よりも相手を心配するところとか」
言われ、撫でられ、初めてそこに痣が出来ていることに気がついた。多分、トンファーをしっかりと受け流しきれなかったんだと思う。
「群れたがるところとか」
昔からそうだったのか。雲雀さんの前ですらそうだったのか。
当時はそれで咬み殺す対象に入っていたに違いない。そして目を付けられたんだ、きっと。
「群れの誰かを護るためなら、自分の血を躊躇いなく流すところとか」
ひやり、とした感覚で、雲雀さんがいつの間にか私から湿布と包帯とテープを取って、私の怪我の手当をしてくれていたことに気付く。
くるくると手慣れた様子で包帯を巻いてテープで留めて。
「…………全然、変わってない」
そう、締めくくった。
手当てして貰った腕を見て、私は申し訳ない気持ちで一杯になる。だって、私が手当てしなきゃいけない側だったのに。
俯いていると、雲雀さんが立ち上がった。つられて私は顔を上げる。
「ほら、そろそろ教室に戻りなよ」
「あ、はい」
そうだった、今は授業中で、サボってここに来ているんだった。
…………サボりついでに屋上行って、お弁当片付けてこよう。
「それじゃあ雲雀さん、お大事に」
声を掛け、出口へ向かおうとしてまた一つ気付く。
この場合、頼んだ方がいい、かな?
「雲雀さん」
「なに」
振り返って口を開いた私にちゃんと言葉を返してくれる。律儀な人だ。
だからこそ風紀委員長やってるのかもしれない。
「リボーンがもしまだ応接室にいたら、私は教室に戻ったって伝えてください」
「……リボーンって、あの不思議な赤ん坊かい?」
「はい」
「…………気が向いたらね」
これで会話は終了。
今度こそ保健室から立ち去って、私は屋上へお弁当を片付けに行った。
結局、授業に遅れに遅れた所為で、先生からこっぴどく叱られたのは…………まぁ自業自得と言うことで。
面白かったら猫を一押し!