それは、がドクロ病に掛かった週の金曜日のこと。
朝早くに起き、部屋から抜け出してきたリボーンはの弁当の支度をしているに声を掛ける。
「ちゃおっス」
「おはよう、リボーン君」
にこり、と笑み掛けながら、は弁当を詰める手を一度止めた。
「ああそうだ、リボーン君。この前頼まれてた、昔に関わったことのある人物リスト。私の知りうる限りだけど、出来たわよ」
言いながら、料理本が立てかけられたブックエンドから幾枚かの紙を取り出す。
その紙には人物名と当時の歳、今から何年前のことか、そして対象人物の簡易プロフィールが書かれている。
「流石に仕事がはえーな」
リストを受け取りながらリボーンは椅子に座り、一枚目から目を通していく。
ふと、その目がある名前を見つけて止まった。
「…………こいつは」
「どうかした?」
弁当作りに戻っていただが、雰囲気の変化を感じ取ったのか尋ねてくる。
それに緩やかに首を振り、リボーンはニヤリ、と口端を上げる。
「こいつと知り合いだとは思わなくてな」
「そう? 当時を思えば普通だと思うけれど」
小首を傾げつつ本当に疑問だとでも言うように呟いたに一度視線をやり、再度紙へと戻す。
ふむ、と小さく言葉を漏らすと、リボーンは改めて紙から顔を上げた。
「。こいつはのこと、どう思ってるんだ?」
「嫌ってはいないわね。絶対に。寧ろ好いてると思うのよ」
の言葉に、そうか、とだけ返すと、また紙面に視線を走らせ始める。
そしてまた、その目が止まった。
今度は暫く無言が続く。見つけた名前に戸惑っている、と言うわけではなく、そこに書いてある簡易プロフィールに対して頭を働かせているらしい。視線はそこから動かない。
「……………………」
「なあに?」
絞り出すかのような声に軽く首を傾げながら答えると、リボーンは視線を動かすことなく言葉を紡いだ。
「ここに書いてある、こいつ等の簡易プロフィール、お前の捏造じゃねーだろうな?」
「あらいやだ、本当のコトよ? 見てて丸わかりだし、公言してたし」
「……猫かわいがり、って」
「寧ろ初めて娘を持った親バカな父親、かしら。ああそれとも、過度のシスコンな兄、かもしれないわね」
「…………」
のあまりにもな言葉に口を閉ざすリボーン。は弁当から朝食へと対象が変わったが、相変わらず料理を作る手を止めてはいない。
暫くすると、にこり、と笑みを浮かべながらは後ろを振り返った。途中、側にあったフォークを何気ない仕草で掴み、投げながら。
「おはよう、」
「………………お、おは、よ」
フォークが飛んでいった先にいたに何事もなかったかのように話しかける。対するは冷や汗ものだ。
ちなみにそのフォークはの横数ミリの場所を通り、後ろの壁に突き刺さっている。
何とか暴れる鼓動を落ち着かせ、食卓へと向かう。その頃にはもうリボーンは先程の紙の束を仕舞い込んでいた。
椅子に座ったの前にタイミングよく朝食が置かれる。
「ったくもう、そういう寝起きドッキリは止めてよね! 心臓止まるかと思うんだから、毎回!」
「だって、頭は朝からスッキリさせておかないと」
「だからってあんなんが刺さったら私は死ぬ自信があるよ!? これやる度にフォークとかナイフとか包丁とか俎板とか、挙げ句の果てには菜箸だのスプーンだの投げないで欲しいんだけど!」
ばんっ、とテーブルを叩きながら立ち上がったの言葉を聞き、リボーンはを見上げてからその視線をに移す。
「……、お前そんなことしてたのか」
「いい特訓でしょう?」
「ああ」
ニヤリ、と意地悪い笑みを浮かべるリボーン。
それに青ざめながらももう一度座り直し、箸を握って朝食に手を付けようとすると、足音が二つ聞こえてきた。
一つはばたばたと五月蠅い足音。もう一つは静かな足音。それに気付き、とは同時に入口へと声を掛けた。
「おはよう、ビアンキちゃん、ランボ君」「おはよう、ビアンキ、ランボ」
「おはよう」
「ガハハハ、ランボさん早起きだもんねーっ!」
静かに挨拶を返したビアンキと騒々しく挨拶になってない言葉を返すランボに二人して笑みを浮かべながら、比較的ゆっくりと朝食を取る。
朝食を食べ終え、制服に身を包んで家を出たの後ろ姿を見送りながら、リボーンはに声を掛けた。
「、オレは今回リストに載っていたアイツをファミリーに引き入れようと思っている」
「ああ、彼ね」
「そこで、だ。アイツが本当にを憶えているのか、力がどれくらいか、試してみようと思う。……手を出すなよ?」
釘を刺してくるリボーンに苦笑し、は口を開いた。
「大丈夫。彼は憶えてるし、強いわ。だから、手出しはしない」
「なら、いい」
くい、とボルサリーノを被り直し、リボーンもの後を追うように学校へと向かっていく。
その後ろ姿を見送りながら、は呟いた。
「そして雲は大空の運命に巻き込まれる………………なんちゃって」
踵を返して家の中へと戻ったは、騒ぐランボの相手をするためにリビングへと向かった。
「全く、朝から災難だよ…………」
ブツブツと口の中で文句を呟きながらも私はお弁当に箸をのばす。ただいま昼休みのまっただ中。
晴れているので屋上で、と言うことになったお弁当タイムにはもちろん、獄寺君と山本が参加中。そこに加わることの多い京子ちゃんと花は今日、それぞれの用事で急いでお昼を食べるらしく、不参加だったりする。
「ははっ、のお袋さんっておもしれーのな」
「…………あれを面白いと言えればね」
今朝あったことを獄寺君と山本に話したら、山本からこう返ってきた。
山本節炸裂! と言ったところだろうか。私にとっては面白くない、寧ろ怖かった出来事を笑い飛ばせるんだから。
「でも流石ですよ十代目! オレだったら避けられません」
「んな大袈裟な……」
獄寺君が私を立てようとそう言うけれど、あれは実際さ。
「当てるつもり、無かったはずだよ。避けようとすること計算に入れてさ、投げてるんだよ。お母さんは」
そうじゃなかったら絶対私、今までで何回も当たってるはずだし。
はふぅ、と溜息を吐きながらもお弁当を口に運ぶ手を休めない。いつものことと言えばいつものことなんだよね、お母さんのあれ。リボーンが来てからは全くなかったから忘れてたけど。
確か短い間隔で一日置き、最も長くて半年だったかな。前回は二月だったし………………そろそろあるはずだ、って身構えていてもよかっただろうに。
「鈍ってる証拠だぞ」
声と同時、肩に重みが。
重たい方の肩を見てみれば、私の家庭教師様がそこにいらっしゃった。
「り、リボーン……」「リボーンさん!」「よお坊主」
「ちゃおっス」
同時に口を開いた私と獄寺君、山本に一言で返し、リボーンは私の肩から降りる。
屋上のコンクリートの床に立ってびし、とリボーンが私達を指さした。
「最近騒動が起きてねーからな。テメー等身体が鈍ってるだろ。オレがいい特訓の機会を与えてやる」
ニヤリ、と。
ニヒルな笑みを浮かべて言うけれど、凄く遠慮したい事態なんですが!? 寧ろ鈍ってていいし!
というか、部活をやってる山本相手に「鈍ってる」だなんて!
「騒動なんて起きなくていい! 鈍っててもいい! 特訓なんて、」
「へぇ、坊主の特訓か。面白そうだな」
「リボーンさん自ら特訓してくださるなんて! よろしくお願いします!」
って、聞いてないし!
山本楽しそうだし、獄寺君目を輝かせてるし…………え、なに、なんですか。もう決定事項になっちゃったの? リボーンの特訓って。
いや、私だけでもパスだパス!
「わ、私はいいや……」
「そうか。じゃあ獄寺と山本だけだな」
あれ、あっさり。いつもなら銃口向けて「いいからやれ」って脅してくるのに。
……………………なんだかすごーく嫌な予感が。
リボーンに促されて屋上を後にする獄寺君と山本。私は一人屋上に残される。
お弁当を口に運びながら、これって原作にあったっけ、と考えていると、リボーンが一人で戻ってきた。あれ、特訓は?
「リボーン、二人はどこ行ったの?」
「応接室だぞ」
「へぇ、応接室………………………………応接室ぅ!?」
んな危険なとこに放り込んだのか! ってコトはこれ、雲雀さん初登場の回!?
いやそんなことよりも、だ。喧嘩っ早い獄寺君が雲雀さんに喧嘩吹っ掛けないはずがない。と言うか、多分それが特訓のメニューの一つだ、何てことをリボーンは吹き込んだに違いない。そしたら獄寺君は絶対に行く! そしてトンファーの餌食に…………あわわ。
「なんてことしてくれるんだよ、リボーン! 応接室は風紀委員の根城だぞ!?」
「…………おめーも大概口が悪ぃな」
「ほっとけ!」
ついつい口が悪くなるの! 私だってこんな言葉遣いしたくないっての!
「聞けば風紀委員は並盛で恐れない者はいないそうじゃねーか。だったらそれを実戦訓練として使わねーのは損だろ?」
「使わなくていい!」
お弁当の片付けもそこそこに私は立ち上がると、屋上の扉に向かって走ろうと足を一歩踏み出す。
けれど、リボーンがそんな私に声を掛け、止める。
「特訓しねーんじゃなかったのか」
これは多分、「お前は行かないということを選択したはずだ」と言っているのだろう。それに返す言葉なんて一つしかなかった。
「獄寺君や山本が怪我するかもしれないのに、それを知っていて黙って見てるなんてこと、ホントは凄く凄くしたくないんだ」
本音。私の心の内。それを今、吐き出した。
原作を私は知っている。知っているからこそ、変えちゃいけないとも思っている。……それでも。
それでも、変えてしまいたいことが沢山ある。そして多分、その時になって凄く葛藤して、結局その時の自分の意志に従って私は動いてしまうのだろう。後から後悔したとしても。
もっともっと深い後悔を、しないために。
「だから、私は行くよ」
私は振り返らなかった。けれどリボーンの表情が何となく解る気がした。満足げな笑みを浮かべているのだろう、と。
扉を開け、階段を駆け下り、応接室へ向かう。……っていうか応接室どこ!?
「そこを右だぞ」
「ありがと…………って何時の間に!?」
教えて貰っておいてなんだが、何時の間に私の肩に乗ってらっしゃるんですかあなたは。
リボーンの道案内に従って、今の自分が出せる最高速度で応接室に向かえば、丁度入ろうとしていた獄寺君と山本の姿が。
「ご……っでら、く……!」
止めようと声を上げても、息切れが激しくてまともに名前を呼べない。そんなうちに獄寺君は山本と一緒に応接室に入ってしまった。
それに遅れて応接室の出入り口前に行くと、雲雀さんのトンファーが獄寺君の煙草を切ったところだった。獄寺君が驚いて一歩飛び退るけれど、ひゅん、と空を切って雲雀さんのトンファーが獄寺君を襲う。
「っ、駄目!」
先刻まで息が切れていたのが嘘のようにするりと言葉が出てきて、私は山本の脇から応接室に入り獄寺君の前に立つ。トンファーが目の前に迫り、当たったら凄く痛いんだろうなぁ、と何処か脳の冷静な部分で思った。
けれど、トンファーは当たらなかった。
私の目の前、ほんの1cm程の距離でトンファーの先端は止まっている。恐る恐るトンファーの先を見れば、驚きとそれから…………恐れ? そんなモノを表情に浮かべた雲雀さんがいた。
「じゅ、十代目、無事で、」
無事ですか、と恐らく続くはずだったろう獄寺君の言葉は、けれど他の声に、
「い、きなり出てこないでくれる!? 僕が止めてなかったらどうなってたと思うの!」
風紀委員長雲雀恭弥の声に掻き消された。
トンファーを何処かに仕舞い、雲雀さんは私の顔に触れる。両手で触って、まるで傷がないかどうか調べているみたい。
「怪我は…………ない、みたいだね」
…………訂正。本当に傷がないかどうか調べていたらしい。しかも怪我がないと解ると同時に安堵の息を漏らした。
なんだか、あなたは本当に雲雀恭弥風紀委員会委員長ですか、と尋ねたくなる言動だ。
「てんめぇ、十代目から離れやがれっ!」
静かだった獄寺君が吼えた。
その声に顔を触っていた手を止め、鋭い視線を獄寺君に投げかける雲雀さん。
「五月蠅いよ、君」
「うるせぇっ! 十代目に馴れ馴れしく触ってんじゃねぇ!」
「十代目?…………この子のこと?」
獄寺君に向けていた視線を一度私に落とし、それから獄寺君に戻して問い掛ける。
どう見ても私以外にいないでしょう、あなたが今触っている人間は。
……なんて突っ込める度胸のある人間はここにはいない。
「ねぇ、。君、こいつ等と知り合いなの」
雲雀さんに名前を呼ばれる、なんて。そんなの向こうの世界にいたときすら考えたことなかった。
何故か少し泣きたいような気持ちになりながら、それでもしっかりと答えるために口を開く。
「知り合い、と言うか、大事な友達です」
って、こういう答え方は駄目だっけ? いやそれ以前にこの人、群れが嫌いだったはず…………!
わぁい、大ピンチ?
「……………………そう」
意外にもそれだけ言うと、柔らかな視線を私に落とす。
どうしてそんな目で私を見るんですか、雲雀さん。あなたは群れが嫌いなのでしょう。草食動物が嫌いなのでしょう。なのに、何故?
「いいから十代目から離れろッ!」
獄寺君が叫んで私の肩を引っ張る。するり、と私の頬を一撫でして雲雀さんの手が離れていった。
「君を受け入れてくれる群れ、やっと見つけられたんだね」
「それ、ってどういう…………」
雲雀さんの言葉の意味を尋ねる前に、もう一度、獄寺君の手が乗せられていない肩に重みが掛かる。
「なんだ、戦わねーのか」
「っ、リボーン!」
つまらないとでも言い出しそうな声音に少しだけ冷や汗が流れる。嫌な予感もする。けれど、リボーンはそれだけで終わらせてはくれない。
「、お前雲雀と戦え」
「んな無茶苦茶な!」
大体私は獄寺君と山本を助けに来ただけであって、雲雀さんと戦うつもりはないのだけれど。
問答無用、とでも言いたげにリボーンが私の額に銃口を向ける。
「ちょ、」
雲雀さんが制止の声を上げたような気がした。しかし、それと同時に引き金が引かれる。
本気ですか本気と書いてマジと読みますか、私雲雀さんと戦わないといけないんですか。………………くそぅ、こうなったら戦って潔く負けてやる!
いつもの幻覚を乗り越えた後、私は額に死ぬ気の炎を灯して復活する。
「イッツ死ぬ気タイム」
リボーンの(ちょっとだけ)忌々しい声が聞こえた。
面白かったら猫を一押し!