朝も早くからお母さんの爆弾発言で疲れた私は、とりあえずご飯にのろのろと手を付け始める。
 なんというか、引っ越しした先で通う中学が不良の巣のような学校でした、って言われるより凄いショックだったよ。
 ふふふ。グッバイ、日常!
 ハロー、非日常!(もう自棄だ)
「ああそうだ、
「何まだ問題があるの?」
 もうこれ以上の精神的疲労はゴメンだよ。
 そんな目で見てもお母さんには効きやしない。にこにこ笑いながら私が箸を置くのを待っている。
 仕方なく箸を置けば、お母さんは言ってくれやがりました。
「並中の制服、男子のだから」
「私は女だァァァァァッ!」
「心配しなくても解ってるわよぉ」
 いきなり男子の制服で並盛中学校に通えと言われたら誰だってこんな反応を返すっての!
 常識が解ってないんだから、お母さんは!
 頭に手を当てて私は溜息を吐いてみせる。あ、本当に頭痛くなってきたかもしれない。病は気からって本当だったんだ。
 そんな私の様子を物ともせず、お母さんは口を開いた。
「ツアーにはオプションが付きものでしょ? このツアーのオプションはなんと、役柄に色んな設定を付け加えることが出来る物なのよ!」
 んなオプションいらないよ! 寧ろ平穏な日常を送れるようなオプションが欲しいよ!
 更にお母さんは続ける。
に付けた設定はね、家庭の事情で男装して中学に通わなきゃいけない女の子ってのだから」
 どんな設定ですかそれは。
「あ、あとね、死ぬ気モードになっても服、破れないようにしておいたから」
 ……それは嬉しいかもしれない。流石に死ぬ気弾撃たれて服が破け、下着姿を周りに晒すのは嫌だ。
 それぐらいならそのまま死んだ方がマシだと思う。年頃の女子としては。
 羞恥心は死の恐怖に勝るのだ。…………私だけかもしれない、この方程式が当て嵌まるのは(でも見せたくないじゃないかそのまま生きるなら)。
 がっくりと更に肩を落としながら私はもそもそと朝食を口に詰め込んでいく。
 とりあえずここが何処だろうと制服がなんだろうと、学校に行かなければいけないのだ。
 勉強は嫌いだけど、何かを学ぶのは嫌いじゃないから苦にはならない。でも流石に精神的疲労が溜まりに溜まった今、学校に行くのは辛い。
 それでも行くのは多分、私の長年の習慣のお陰だろう。人の習慣って時に恐ろしい物があるね。
「ああ、そうだ。今日は学校、早退してきてね」
「どうして?」
 のろのろと箸を動かしながら問えば、にっこりと笑われる。瞬間的に身構えてしまったが、それが間違いでなかったことを私は数瞬後に悟った。
















「ポストに入っていたチラシに申し込んだから。あ、もちろん家庭教師のね?」
















 そう言って見せてくれたチラシの謳い文句は、とても馴染み深い物でした。ええ、『REBORN!』の漫画を買い集めていた私にとっては!
 曰く、『お子様を次世代のニューリーダーに育てます。学年・教科は問わず。リボーン』。
「いきなりかよっ!」
「あら、綱吉君ぽいツッコミでいいわね!」
 誰も真似してませんって! 真似して出来るツッコミでもないと思うし。
「兎に角、早退してきなさい。それから普通に女言葉でいいわよ。男装はしなきゃいけないけど男のふりをしなきゃいけない訳じゃないから」
 すみませんが私の意思はどこにあるんでしょうか? ていうか周り納得しちゃうの、それで?
 がっくりと肩を落とし、私は箸を置いて着替えるために部屋へ向かう。
 制服はクローゼットに入れておいたからねー、という暢気な声が背中に向かって飛んできた。何時の間に入れたんですか、お母さん。
 部屋に戻ってクローゼットを開ければ、私服に押されて端っこに行っている並中男子の制服が目に入った。
 今日からこれを毎日着て学校に通わなければならないらしい。
「…………悪夢だ」
 ぼそりと呟いて、けれどどうしようもないので制服に袖を通す。
 そりゃあ、制服のスカートって結構短めだったりするから男子のが羨ましいと思う時があるよ? 冬場とか素足はキツイからジャージの下を穿きたくなるよ?
 でも、でもまさかだよ。本当に男子の制服を着ることになるなんて!
 流石の私でも想像しなかった事態だよ。というか、普通想像しないよねこの事態。
 Yシャツのボタンを留め、ズボンを穿いて、ベルトを締め、ネクタイをぎゅっと締める。締めすぎてちょっと苦しくなった。
 Yシャツは半袖で、やっぱりこちらでも衣替えをしたらしかった。ならやっぱり上着は必要ないか。
 と、そこまで着て私は考えた。……胸、どうしよう?
「やっぱり、サラシかなぁ……」
 あれって見るからにきつそうなんだよね。あんなのしてたら肺が潰れて息が出来ないよ。
 ああでも、私って胸がある方じゃない(寧ろないかもしれない)から大丈夫かもしれない。
 そこまで思い至って、自分の思考に撃沈。何が哀しくて自分の胸のなさを再確認しなければならないんだ。
 だけど落ち込んでいる暇はない。机に向かい、シンプルな蒼色の結い紐を掴むと、漸く腰辺りまで伸ばした色素が薄い所為で茶色に見える髪を首の後ろで括った。
 ここまで髪を伸ばしたのは、まぁ幼い故の単純な理由がある。
 私には小学校五年生の時から好きな人がいた。
 好きな人が長い髪が好きと知ったのが一年以上前。
 彼に告白するために伸ばしに伸ばして腰にまで到達した髪は、けれど遂に彼の心を射止めることはなかった。
 長く艶やかで真っ直ぐな黒髪。女の子の憧れになるだろう髪の持ち主が、私が髪を伸ばしている間に彼の恋人になっていた。
 そしてそのまま中学に入学。彼は彼女と同じクラスに、私は彼とは別のクラスになってしまった。それ以来、吹っ切れずに髪を伸ばし続けている。
 多分新しく好きな人が出来たらバッサリ切れるんだと思う。
 髪を括り終えると、用意されていた時間表を見ながら、同じように用意されていた教科書とノートを鞄に突っ込んでいく。
 鞄の用意が出来たらまた下へと階段を下りていく。
「どう? おかしいとこ、無い?」
「無いわよ。似合ってるわ」
「嬉しくないんだけど」
 、と言うのはお母さんが私を呼ぶときの一つの呼び方だ。ただ、子供っぽいからちょっと止めて欲しい。
 苦笑しつつ、私は玄関へと向かう。学校への道順のメモと出席番号のメモ、クラスへの道順のメモは既に貰ってある。




















「それじゃ、行ってきます」




















 こうして私は、並盛町での新しい人生へと一歩踏み出した。








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