週の真ん中水曜日。この日が終われば後はあっと言う間に週末に突入してしまう。
 そんな今日の授業も全て終了し、後は家に帰るだけ、といったところで私は急に目眩を感じた。
 まさかと思うのはあまりにも楽だけれど、やっぱり確かめないとだよね…………。
 嫌な予感しかしない中、そろり、と目の前に挙げた右掌にはしっかりと。
「ど、ドクロ!」
 刻まれていたのはドクロの刻印。刻印って言うか、印って言うか、痣って言うか。
 ……ああ、痣とは違うか。
「それはドクロ病っていう不治の病だ。、死ぬぞ」
「いきなり不吉ーっ! ってか背後からかよっ!」
 現実逃避をぶった切った背後からの声に突っ込みつつ振り返る。もちろんそこには黒衣のヒットマンの姿が。
 なんというか、こう、どよーんとしたオーラを背負っていらっしゃるのですが。
 ひくり、と口端が引き攣った。
「……、今までに何発の死ぬ気弾を脳天に喰らったか覚えてるか?」
 覚えていたくもないよ!
 幾ら服が破れないからって、毎回撃たれる度にあのヴィジョンを見るのは気が滅入るんだから。
 思い出したくて、思い出したくなくて、苦しくて、哀しくて、辛くて。凄く凄く気が滅入るんだから。
 その度に死ぬ気になってる自分の状態を観察することで何とか気持ちを浮上させているのだけれど。
「丁度十発だ」
 無言の私を思い出していると取ったのか、リボーンが教えてくれる。
 やっぱり、という単語しか出てこなくなった。
「とりあえず家に帰るぞ。に報告しねーとな」
「……私が不治の病だ、って?」
「ああ」
 そのまま死なせはしねーがな。
 ぼそりとリボーンが呟いた声が私の耳に届く。
 生憎だが、不治だろうと病気は病気。体調が悪いことに分類されてしまうらしく、リミッターが外れかけている私の耳は今や地獄耳並だ。…………自慢できないなぁ。
 ひょいひょいと進んでいくリボーンを追って家へと帰る。
 ちょっと速いと感じるけれど、まぁ今の私に追えない速さではない。
 家に着くと扉を開け、私は中へと入り。
「ただいまごめんお母さん不治の病になっちゃった」
 開口一番そう言った。
 丁度洗濯した服を私の部屋に片付けに行くところだったのか、玄関近くにいたお母さんはきょとん、と私を見て首を傾げる。
 うん、年相応に見えないよ。だから止めてくれると助かるのだけど。反応に困るから。
 首を傾げたまま、お母さんは私をじっと見て口を開いた。
「不治の病……って?」
「ドクロ病」
「死に恥を晒す病?」
 流石にそこまでの説明を受けていないので、私はリボーンへと視線を流した。
「ああ、そうだぞ」
 頷いたリボーン。
 そう、と呟いたお母さんはふらふらとリビングへと消えていく。…………解っていたこととはいえ、ショックらしい。
 逆に私は結構冷静だったりする。何故。
 兎に角そこにずっといても埒があかないので、靴を脱いで中に入ると洗面所へ向かった。
「思ったより冷静だな」
「自分でもびっくりだよ」
 もっと取り乱すと思っていたから。だって死にたくないし。
 幾ら漫画を識っているからって必ずしもそうはならないって事、この数ヶ月で私は嫌というほど知っているから。
 蛇口を捻り、水を出す。水流に手を突っ込んで洗えば、掌にある黒いドクロがぼやけて見えた。
 このまま流れて消えてくれないかな、なんて思ったところで意味はなく。
 水から手を出せば、ドクロの口からふきだしが出ていた。
 ふきだしに書かれているのは「百点取ったこと無い!」と言う文字。実際その通りである。百点なんて、小学校でも取ったことはない。
「……取ったこと、ねーのか」
「うん。いつもどうしても寝ちゃって」
「…………」
 呆れた視線が後ろから私に突き刺さる。ごもっとも。
「……で、何でこのドクロ喋ってるの」
「話を逸らしやがったな。…………それがドクロ病、別名死に恥を晒す病の特徴だぞ。そいつは死に至るまでに、人に言えない秘密や恥が文字になって全身に浮かんでくる奇病だからな」
 解っていても謎の病気だよなぁ。一体どうやって秘密や恥を暴いているんだろう。
 それ以前に、どうしてこんな病気が生まれたんだろう。やっぱりマフィア関連なのかな。
 つぃ、と視線を腕に落とせば、ドクロがもう一つ。
 どうやら時間は待ってくれないらしい。
「ドクロ病は発病して一時間で死に至る。…………死にたくねーか?」
「死にたくないに決まってるよ」
 だってまだ約十三年しか生きていないんだよ。そんな若い身空で死にたくないよ。
 それに、死んだらお母さんもお父さんも哀しむ。
 あの人達を哀しませたく、ないんだ。
「なら次のテスト、学年で十番以内に入れ」
「命令形!?」
 何というか、理不尽な。
 それでも死にたくないので頷いてやると、リボーンはニヤリ、と口端を吊り上げた。
「そう言うだろうと思って不治の病に強いドクターを呼んでおいたぞ」
 リボーンが言い終えるのとどちらが早かっただろうか。階段の方から悲鳴と転げ落ちる音とが聞こえてきた。
 踵を返して階段の方へ向かうと、階段から落ちた格好のままポイズンクッキングによって倒れている男性がいた。
 Dr.シャマル、だ。
「久しぶりに世のためになる殺しをしたわ」
 言いながら軽い足取りでビアンキが降りてくる。
「ビアンキ……出来るならしっかり殺してくれる?」
 いや、今殺して貰っちゃ困るんだけどね。
「相変わらずのお転婆だなぁ」
 シャマルは顔に掛けていたらしい布をポイズンクッキングごと退かしながら口を開いた。
「やっぱ女の子はそーでなくっちゃーっ」
 ………………………………………………。
 うん、なんだか今凄い殴りたくなった。
 必死にその衝動に耐えていると、シャマルがビアンキの後ろ回し蹴りで吹っ飛んだ。
 それを遠い目をしつつ見送ると、リボーンが私の隣に来て口を開く。
「あれがさっき言ったドクターだぞ。…………おい、シャマル。こいつがドクロ病にかかっただ」
 吹っ飛んだ人間に話しかけるのはどうだろうか。
 と、思ったら案外早く復活していた。シャマルって、実は常時死ぬ気状態の素質を持ってるんじゃないだろうか。
「あー、そーだった。それでオレはお前さんに呼ばれたんだったな」
「忘れてたのかよ」
「いやー悪いね、ついつい。周りが見えなくなりがちな性格でね」
 私のツッコミにも動じずにシャマルはどんどん近付いてくる。
 嫌な予感。否、この先の展開は識っている。
 す、と自然な調子でシャマルの手が私の胸に伸び、それが触れる直前で止まった。
 …………止まらざるを得なかった、のだろう。
 その喉元に長い棒が突き付けられているのだから。
「うちの子に手、出さないでくれる? シャマル」
「………………おいおい、一騎当千の子供かよ。そう言うのは先に言っておけよな」
 にっこり、という擬音が似合いそうな笑顔を浮かべたお母さんに冷や汗を大量にかきながら、シャマルは私から手を遠ざけて手を上げた。
 っていうか何なんだ、一騎当千って。
 シャマルが私から手を遠ざけたのをしっかりと見届け、お母さんは棒を退ける。
 そしてにっこり笑顔のままシャマルに口を開いた。
「男だろーが女だろーが、治してくれるわよねぇ? シャマルちゃん」
「チッ、仕方ねーな。の頼みだ、治してやるよ」
 冷や汗を引っ込め、シャマルは肩を竦めると一つのカプセルを取り出した。
「行くぜ。三叉矛の蚊トライデント・モスキート!」
 ピンッ、とカプセルを弾けば、中から飛び出てくる一匹の蚊。
「やっちゃってくれ、エンジェルモスキート!」
 ドクロ病の対となるエンジェル病を宿した蚊はシャマルの言葉に従って私の方へ飛んでくると、腕に止まり血を吸いだす。何というか、あまり直視したくない光景だ。潰したくなる。
 モスキートが私から離れると、腕にあったドクロのマークが消えていく。
 最後に消えたドクロには、「闇が怖い」とだけ書いてあった。
「…………私、今まで闇が怖いと感じたことはないと思うんだけど」
 小さく呟いたせいか、この呟きは誰にも聞き留められることはなかった。


























 目を開けると、真っ暗だった。
 暗いというには黒すぎて、まるで光のない闇の中で一人立っているかのようだった。
 けれど、不思議と自分の姿は見える。光がないと思えるほど深い闇の中だというにもかかわらず、だ。
 ぎゅ、と自分の手を握ってみる。感覚はしっかりとある。あるが、寒さや暑さといったものは全く感じなかった。
「……ここ、どこだろう」
 果てが見えない暗闇の空間の中、一人呟く。声は響くことなくすぐに空間へ融けていく。
 すると。


――――狭間の場所――――


 ことん、と胸の中に言葉が落ちてきた。
 狭間の場所。その言葉に私は酷く納得した。
 ここは全ての狭間の場所。夢とうつつの、世界と世界の、生と死の。狭間に存在する場所、だ。
 …………はて、何故私はそんなことを知っているのだろうか。
 首を傾げながらも、私はこの場所を知るために歩き出した。
 歩く、といっても足の裏に床の感触はない。風船を身体に括り付けて浮いた状態で歩いてみたら恐らくこんな感じだろう。
 ただそれでも前に進もうとすれば進むのだ。まぁそういうものなのだろう、と理解しておく。
 暫く進んでいくと、見えない壁に進路を阻まれた。
 本当はただの壁なのかもしれない。けれどこの暗闇には切れ目のようなものが見当たらないのだから、見えない壁と言った方が感覚的には近い。
 ぺたり、と壁に手を当てていると、壁の向こうの暗闇が微かに揺れ、人影が現れた。
















「――――――――え」
















 思わず目を見開いてしまう。
 そこにいたのは、間違いなく沢田綱吉だった。
 呆然として彼を見つめていると、彼もこちらに気付いたようできょとん、とした表情をしてこちらへ駆け寄ってきた。
 私と違って彼は「私」を知らない。そしてこの場所についての知識もない(どうして私は知識があるのか、なんて解らないけれど)。
 だからだろう。
「あの……これって夢?」
 なんて開口一番で聞いてきたのは。
 夢、と聞かれて私は答えに詰まる。だって、ここは夢であって現でもある場所なのだから。
 うーん、と呻りつつ、私は当たり障りないように答える。
「……夢、であって現実、かな」
「なにそれ」
 ツナの答えに私は苦笑する。それが普通の反応だと思うから。
 少し肩を竦め、私は答えてあげた。
「これ、夢なんだけど、一応現実らしいよ」
「え? らしい、って……キミは一体」
 どうやら自己紹介の流れに入ってしまったようだ。失敗失敗。
 でもまぁ、その方が呼びやすいからいいか。
 それに、説明が簡単になるかも。
「私は。私自身は否定しているんだけど、時期ボンゴレ十代目ボス、みたい」
「あ、オレは沢田綱吉。絶対なりたくないって言ってるんだけど、時期ボンゴレ十代目ボスにさせられそうに………………………………って、ええーっ!?」
 叫ばれた。
 いや、叫びたくもなるだろうけれど、思いっきり叫ばないで欲しいな、うん。響かないからよかったけれど。
「ぼぼぼ、ボンゴレ、って。十代目ボス、って!」
「落ち着いて! 説明するから!」
 宥め賺して何とかツナを落ち着かせて、私は漸く話し始める。
「……ええっと、パラレルワールド、って知ってる?」
「漫画とかに出て来る、あれ?」
「そう、あれ」
 うん、ツナも私も漫画好きで助かった。
 漫画とかゲームとかって、結構こういう設定あるからなぁ。
「私のいる世界と沢田君の世界、そう言う関係なの」
「え、あ、そうなの……?」
「うん。……解りやすく言えば、ク○ノ・ク○ス。持ってる?」
「あ、持ってる」
「その主人公が両方の世界で生きていて、尚かつ片方が女の子でした、って感じ」
「解りやすいな、その喩え」
 成る程、と頷くと、ツナはがっくりと肩を落とした。
 それでも騒ぎ立てないところを見ると、彼もリボーンに色々苦労を負わされているらしい。
「そういうわけだから、よろしく」
「よろしく。、でいい?」
「うん。じゃあ私はツナって呼ぶね」
 にこりと微笑みあって、私とツナはその場で沢山身の回りの話をした。
 そうして解ったのは、この場所がある程度私達の望みに反応してくれる(立っているのが疲れたな、なんて思ってたら、床と椅子が出来た!)のと、時間の流れが自分たちのいる世界と違うと言うこと。
 …………そして多分、私達がこの場所に来るのはこれが最後では、無い。
 単なる勘なのだけれど。
 ま、ツナと仲良くできるってのは嬉しいからいっか。








面白かったら猫を一押し!