漫画で言うところの問七騒動とビアンキ銃乱射(しかも照準メチャクチャ)事件も終わって一息。
 …………と、言いたいところだけど、今日から二学期です。
 今日は始業式ぐらいしか授業がないから結構楽な日程なんだよね。
 にしても、結局今年はどこにも行けなかったなぁ。普段なら海とか行くのに。
 身支度をしながらつらつらと考えていると、背後でチャキッ、と言う音がした。
「………………リボーンさん?」
 冷や汗が背を伝う。なんだか嫌な予感。
、お前最近何か足りねーと思わねーか?」
「思わないっ!」
「まぁいいからオレの話を聞け」
 振り返らずにそう言うと、リボーンは私の前に回り込んできた。
 もちろんその手には拳銃。間違いなく弾が入っている。…………実弾だったらどうしよう。
 照準をしっかりと私にあわせたまま、リボーンは続ける。
「最近のお前に足りねーもの、それは死ぬ気だぞ」
「ばっちりこの前のビアンキ銃乱射事件で死ぬ気になったよ! 死ぬ気で止めさせただろ!」
「もう一ヶ月前のことだろーが、それは」
「まだ一ヶ月前、だよ!」
 つまり何か、リボーンはただ死ぬ気弾が撃ちたいだけなのか!
 そんな理由で撃たれるこっちの身にもなってみろ!
 と、リボーンがニッと口端を上げて笑った。寧ろ嗤った。
 嫌な予感、何て生易しいものじゃない。激しく危険だと私の何かが告げる。これが本能という奴か。違った、超直感という奴か、だ。
「お前の死ぬ気を引き出すためにビアンキに料理を作ってもらった。今から五分以内に並中に着けねー場合、喰って貰うぞ」
「んな理不尽なーっ!」
「人生なんてそんなもんだぞ」
 赤ん坊に人生について諭された!?
 ってそうじゃなくて。
「無理だよ、ここから学校までは急いだって十五分はかかるんだよ!?」
「なんのための死ぬ気弾だと思ってやがるんだ、お前は」
「こういうのに使うためのものじゃないでしょ! それになんで撃とうとするのさ!」
「死ぬ気の状態で身体に速く走る術を叩き込むためだぞ。体中のリミッターが外れている方が無意識下に刷り込みが出来るからな」
 修行の一環なのか、これ。
 リボーンが撃ちたいからだと思ってたけど、一応そう言うことも考えてくれてるんだ。
「当たり前だぞ。オレはお前の家庭教師だからな」
「そうだったね」
 …………まぁ、ボンゴレボスになる気はさらっさらないけどね。
 苦笑を漏らした私に向けて、撃鉄を上げた拳銃をリボーンが向ける。
「飯も食った、制服も着た、鞄の準備も済んでいる。……準備はいいな?」
「あ、待った待った!」
 慌てて置いておいたアトマイザーを手に取って香りを纏う。
 雲雀さんに思いがけず出会ったあの日、結局これだというアトマイザーに出会えず、ステラさんに千円出してアトマイザーごと買った。
 うーん、今度雑貨屋さんとかでアトマイザー、見てみようかな。
 アトマイザーを机に置いたところでリボーンの方へ視線を向ける。
 それが合図。
「五分に間に合わなかったらビアンキのポイズンクッキングだぞ」
「げっ!」
 その罰ゲームを忘れてた!
 なんて思った瞬間、リボーンの拳銃が火を吹いた。
 サイレンサーを付けてなかったのかよく響いた銃声。いつものように黒と紅、そして温度の幻覚を感じる。
 ……この幻覚、きっと事件とやらに関係してるんだろうなぁ。
 考えていると身体の自由は消え、勝手に身体が起きあがり鞄を掴んで下の階へと駆け下りていく。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
 待っていたお母さんとビアンキ、ランボに声を掛けて靴をしっかり履いて玄関を飛び出した。
 今回の後悔はあれだ、ポイズンクッキングの罰ゲームがあるぐらいならもっと早く家を出ていればよかった、って奴だ。
 後悔を更に深くするように、先程のビアンキはしっかりとポイズンクッキングを持っていた。罰ゲーム執行になったら私、あれを食べなきゃいけないのだろう。
 通学路を猛スピードで走っていく私の身体。途中、何かに当たったような気がしたけれど、気のせいだということにしておこう。
 …………決して見てないぞ、うん。私の右手を掴んで離さず、引かれるままになっている笹川了平先輩なんて!
 笹川先輩を引き摺ったまま走りに走って学校へ到着。と、同時に死ぬ気タイムが終了した。
「た、タイムは……っ!?」
「よかったな、四分五十七秒だぞ」
「ぎ、ギリギリ…………」
 うぅ、間に合ってよかったよ。ポイズンクッキングの餌食だなんて洒落にならないもんな。
 私が深く溜息を吐いたところで、リボーンが口を開いた。
「ところで。何を引き摺ってきたんだ?」
「へっ?……うあ!」
 わ、忘れてたーっ!
 笹川先輩を引き摺ってきてたんだった!
「……………………紛れもない本物……」
 ぼそり、と笹川先輩が呟いた。
 と、思った瞬間、私の腕を放してゴロゴロと地面を転がって身体を起こした。
 ええっと、受け身のつもりなら遅いですよ? ってそうじゃなくて。
「だ、大丈夫ですか?」
「聞きしに勝るパワー、スタミナ! そして熱さ!! やはりお前は百年に一人の逸材だ!!」
 うわぁい、この人に大丈夫、とか聞くだけ無駄だったよ。
 ………………………………………………うん?
「はぁっ!?」
 百年に一人の逸材ぃ!? 私がっ!?
 一体何の間違いだ!
「我が部に入れ、!」
「名前知ってらっしゃるーっ!?」
 え、え、なんで!? そんな有名になるコトしまくった覚え…………あるなぁ。
 持田先輩と戦ったし、根津を解任させたし、山本の自殺を止めたし。単体でも噂に上るような事じゃないか。それが全部私絡みってなりゃ有名にならないほうがおかしいよね……。
「お前のハッスルぶりは常々妹から聞いているからな、名前ぐらい知っていて当たり前だ」
「い、妹?」
 …………って事は、京子ちゃんだよね。
 京子ちゃん、家で私のこと話してくれてるんだぁ。あ、凄く嬉しいかも。
「お兄ちゃーん」
 と、噂をすれば何とやら?
 振り返ってみれば、京子ちゃんが笹川先輩の鞄(だろうな、京子ちゃんもう一つ持ってるし)を両手でもってこっちに駆けてくるのが見えた。
「どうした、京子」
「もー。鞄、道に落っことしてたよ。……あ、ちゃん、おはよう」
「おはよう、京子ちゃん」
「スマンな、京子」
「これからは気をつけてね」
 仲いいなぁ、流石兄妹。
 私もお兄ちゃんとかお姉ちゃんとか欲しいなぁ。……弟や妹はランボ達で充分だ。
 あー、でもある意味ビアンキがお姉ちゃん位置か。手が掛かることもあるけど。
「ところで、何で二人でいたの?」
「ええっと」
 どう言えばいいかなぁ。そのまま言ってもいいのかなぁ。
 何と言えばいいかわからなくて少し目を泳がすと、京子ちゃんは、あ、と言って笹川先輩の方を見た。
「まさかお兄ちゃん、ちゃん捕まえてメーワク掛けてないでしょーね!」
「ない!」
 わお、即答だ。笹川先輩にとってはこれ、迷惑に含まれないんだね……。
 がっくりと肩を落としかけながら、とりあえず鞄の中でお弁当が悲惨なことになっていないか確認する。…………どうやら無事みたいだ。
 お昼、ちゃんと食べておかないと笹川先輩のテンションに付いていけないかもしれないからね。
 確認を終えて顔を上げると、京子ちゃんが少し困ったような顔をしていた。苦労してるんだろうな。
ちゃん、お兄ちゃんのボクシング談義なんか聞き流していいからね」
 ぎゅ、と京子ちゃんが私の手を掴んで言ってきてくれる。
「あ、うん……」
 そうしたいのは山々だけど、周りが許してくれるかどうか……。
「む、そういえば自己紹介がまだだったな」
「え、あ、はい」
 唐突だなぁ、なんて思いながら頷くと、背後に雷(というかベタフラッシュ?)を背負う勢いで笹川先輩は叫んだ。
 ……っていうか、吼えた。
「オレはボクシング部主将、笹川了平だ!! 座右の銘は“極限”!!」
 あ、熱い!
 熱い男だよ、笹川先輩! 寧ろ夏場は暑苦しいよ!
「お前を部に歓迎するぞ、!」
「へっ?」
 何時の間に入ることになってるんですか?
「駄目よお兄ちゃん。ちゃん女の子なんだし、無理矢理誘っちゃ」
「無理矢理ではない! だろ? 
「いえ、あの、」
「と、言うわけで、放課後にジムで待ってるからな!」
 チャッ、と左手を挙げると、止める間もなく笹川先輩は校舎の中へと消えていった。
 …………ど、どうしろと。
「ごめんね、ちゃん。お兄ちゃん、一度決めると止まらなくて」
「あはは、仕方ないね……。とりあえず、放課後行ってみるよ」
「大丈夫?」
「………………多分」
 多分、大丈夫じゃないと思う。


























 そして、あっと言う間に放課後に。
 こういうときだけ時間って妙に早く感じたりするんだよねぇ。
 重い足取りでボクシング部に行き、部室の扉を開けようと手を掛ける。すると、勝手にガラッと扉が開いた。
「おお、、待ってたぞ!」
「さ、笹川先輩……」
 あなた、人の気配察知できるんですか。それとも偶然なんですか。
 出来れば後者がいいんですが。
 中に招き入れられれば、リングの支柱の上に立っているリボーンの姿。
「お前の評判を聞きつけてタイからムエタイの長老まで駆けつけているぞ!」
 ……笹川先輩、それ、リボーンです。私の家庭教師です。
 っていうか、ムエタイとボクシングってあんまり関係ないよね? 確かムエタイがキックボクシングって言われてるだけで。
 遠い目をしかけたとき、笹川先輩がリボーンを私に紹介する。
「パオパオ老師だ」
「パオーン!」
 象だからパオパオ、って結構安直……ってコラ! 周りに見えないように銃口をこっちに向けるなよ!
 これじゃ安心して心の中で呟けないじゃないか……。
 なんて思ってたら、リボーンが笹川先輩の方を向く。
「オレは新入部員と主将のガチンコ勝負が見たいぞ」
 やっぱりそう来たか!
「うむ、オレとのスパーリングはの実力を計るいい方法かもしれない」
 笹川先輩もその提案に乗り気らしい。早速といった感じで準備を部員に指示し始める。
 ……今しか断るタイミングはない、かもしれない。
 とりあえず言うだけ言っておかないと。
「あ、そのことですけど、私、ボクシング部に入るつもりは……」
「十代目〜!」
「ははっ、負けんなよ、
ちゃん……」
「ってみんな観戦に来てるし!」
 しかも獄寺君と山本、なんか笑顔だし。
 え、何、戦わなきゃいけないの? 笹川先輩と?
 がっくりと肩を落とすと、目の前に一対のグローブが差し出される。
「さあ、早くこれを付けてリングに上がれ!」
「……せめてヘッドギアも付けさせてください」
 もうこうなりゃ早く負けるしかないよ……。
 渡されたヘッドギアを付け、グローブを手に填める。しっかりと紐を結んでグローブがすっぽ抜けないようにして、それからリングに上がる。
 あ、そう言えば私、今制服だ。どうしよう、笹川先輩の殺し屋並のパンチで破けたら。
 …………まぁその時はその時、だよなぁ。
「ゆくぞ、! 加減などせんからな!!」
「初心者なんで加減ぐらいしてください……」
 何て言葉もどこ吹く風。笹川先輩を殺気に似た闘気が包んでいく。
 肌がそれに反応してぴりぴりしてくる。全身の毛が逆立つような感覚。
 思わず口端がひくり、と痙攣した。
 開始のゴングがリングに響く。
 一瞬で、と言っていいほどすぐに間合いを縮めてきた笹川先輩の右ストレートが、私の左頬に吸い込まれるように入った。
 恐怖からか、私はその拳が当たる瞬間に後ろに体重を移動させる。それでも避けることはもちろん出来ず、右ストレートを食らって私は盛大に倒れた。
「ああっ、十代目!」
「頑張れ、!」
 獄寺君と山本の声が届くけど、それに反応を返している余裕はない。というか、左頬が痛い。
 口内が切れた様子がないのは嬉しい。血の味はしなかった。
「油断するな、!」
 油断した覚えはない。油断していなくても、きっとこれは躱せなかったと思う。
 だって私はだから。
 チャキッ、と言う微かな音が鼓膜に届いた。耳に覚えがあるそれはもちろん。
 見れば、リボーンが銃を構えていた。
 待て待て、スポーツマンシップに乗っ取って正々堂々勝負をしないとお兄さんに失礼だ! 私だけ死ぬ気弾の力を借りるなんて卑怯だ!
「ならこうだ」
 銃声が響かなかった。消音器で恐らく消したのだろう。
 リボーンが放った弾は間違いなく笹川先輩の額へと吸い込まれ――――――――死ぬ気の炎を灯させた。
 黄色い、死ぬ気の炎。
「二人に撃てばあいこだろ?」
 わぁ、流石リボーン。冴えてるー。
 ってなるかぁっ! 相手も死ぬ気にしたらプラスマイナスゼロで今の状態と変わりないだろ!
 …………まぁ、笹川先輩はそうならないんだけどね。
「どうした。立てんのか?」
「あ、いえ」
 って私の馬鹿ーっ!
 立てないことにしておけば終わったのに!
「立てるなら続けるぞ。さあ!」
 溜息を密かに吐きつつ立とうとすると、視界の端にリボーンの銃口を捉えてしまった。
 それはしっかりと私の方を向いている。
 リボーンの持つ銃が弾を発射した。
 いつもの感覚を乗り切り、何を後悔したのか私の身体が意識下から離れる。
 そして口を開いた。
「……笹川先輩、もしも私があなたに勝ったら入部、断らせていただきます」
「ほーう。オレは細かい詮索などせんぞ。何故なら男同士拳で全て語り合えると信じているからな」
「…………一つ訂正を。私は女だ」
 言って、身体を斜に構える。
 左足を前に、右足を後ろに。そして拳は右を左より僅かに上の位置に置いて息を整える。
 静かに吸って、深く、深く吐き出していく。
「入部しろ、!」
 間合いを詰めてきた笹川先輩の右ストレートが飛んでくる。それを頭を右に動かして避けると、私の身体はまた間合いを取るために後ろへ跳んだ。
「“極限ストレート”を躱すとは! ますます気に入ったぞ!!」
「それはどうも」
「尚のこと入れ、!」
 死ぬ気の時の私は結構冷静らしい。
 笹川先輩の拳を一つ一つ確実に避けている。それも身体を大きく動かして、なんていう避け方じゃない。必要最小限の上半身の動きのみで、だ。
 ……末恐ろしいな、死ぬ気弾の効果。
 ふと、笹川先輩のラッシュの隙を見て、私の身体は右ストレートを放った。それは見事笹川先輩の左頬に入り――――――――身体を吹っ飛ばした。
 吹っ飛んだ身体はリングの周りにあるロープを越えようとする。進行方向には窓があった。
 ヤバイ、と思った。同時に身体が笹川先輩の後を追うように腕を伸ばし、その足に腕を絡めて無理矢理ロープの方へと方向を変えさせた。
 ロープに突っ込む笹川先輩。それを確認してから死ぬ気タイムが終わりを告げた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「…………ますます気に入ったぞ、!」
「え」
 ま、まさか。
「お前のボクシングセンスはプラチナムだ!! 必ず迎えに行くからな!」
「もー、お兄ちゃんってば! だからちゃんは女の子なんだってば!」
「女でも男でも関係ない! のセンスは必ずやボクシング界で輝かしい成功をだな」
「っだー! 今は私が勝ったんで入部は無しですからね!」
「むう…………。仕方あるまい」
 ああ、よかった。今は何とか止まってくれたみたいだ。
 ただ、横で何か企むような笑みを浮かべているリボーンが凄く恐ろしいよ……。


























 京子ちゃんと笹川先輩と一緒になった帰り道にて。
「ところで笹川先輩」
「ん? なんだ」
「どうして私をボクシング部に?」
「うむ、いい質問だ!」
 ……えっと、どこら辺が?
 普通の質問だと思うのだけど。
「一学期に剣道部主将の持田と戦っただろう?」
「あ、はい」
 え、まさかあれで?
 あの右ストレートで?
「あの時オレは確信した! お前はボクシングをするべきだと!」
 やっぱりーっ!
 …………………………………………ああ、あの時の危惧が現実になっていたわけだね。
 がっくりと肩を落としながら私はその日、疲れた顔で玄関を潜った。








面白かったら猫を一押し!