「この前はよくやってくれたなぁ?」
「女子だって気付かなくてごめんねぇ〜?」
「ぎゃははっ、それなりに可愛がってやるよ」
 …………………………………………何故こんな事になっているのでせうか。
 誰か、助けてください。切実に。


























 事の起こりは数分前に遡る。
 ランボにアトマイザーを踏み壊された私は、アトマイザーとその中身を買うためにフィアーラへと向かっていた。
 最近入れてもらったばかりでまだ半分ぐらい残っていたのに、その中身を全部ぶちまけたランボはお風呂に入れられ、ぶちまけられた部屋は今頃窓を全開にしているだろう。
 だって香水の匂いが思いっきり付いてしまっただろうから。
 せめてもの救いは、ほぼ柑橘系の香りだけだったって事。これでラベンダーとか薔薇とかだったら私、多分死んでると思う。
 そう言う香りの香水を大量に付けてる人がクラスに一人いるだけで結構キツイ。気持ち悪くなって頭痛がしてくる。廊下に逃げたくなる。
 だからそういう人に言いたい。何事もほどほどにしてくれ! って。
 兎に角そう言うわけで歩いていると、前から四人の男の人が歩いてきた。
 ……見覚えがある。寧ろ、身に覚えがある?
 私が熱を出した日、蹴り飛ばし投げ飛ばしてしまった上級生達だ。確か二年生。
 彼等は真っ直ぐ私の方へ歩いてくる。
 大ぴーんち、だ。
 方向転換しようにも、既に彼等は私にターゲットをロックオンしている。背を向けたが最後だ。所詮私はか弱い草食動物。肉食動物には勝てない。
 じりじりと後退りして咄嗟に背をそこにあった店舗の壁に付ける。
 本当ならこうやって自分の逃げ道を塞ぐ行為はいけないのだろうけれど、相手が複数で尚かつ暴力に走る可能性があるので、注意を向ける方向を限定しておきたかった。
 つまり、防御するためにはどこから攻撃が来るのか解らなきゃいけないと言うことだ。
 …………まぁ、防御もままならないんだろうけれど。
 私の目の前にやってきた彼等は、私の格好を見て軽く目を見開くとニヤニヤ笑いを浮かべだした。
「あんときゃわかんなかったけど、まさか女子だったなんてなぁ」
「オレ達びっくり〜」
「ぎゃははっ、どーりで街の男を捜しても見つかんねーわけだな」
 どうやら探されていたようです、私。
 探してくれなくても、って言うか忘れてて欲しかったんですけど。
 ニヤニヤ笑いを引っ込めることなく、彼等は少し私に近付いた。
 そして冒頭に戻る(なんだ、冒頭って)。
「この前はよくやってくれたなぁ?」
「女子だって気付かなくてごめんねぇ〜?」
「ぎゃははっ、それなりに可愛がってやるよ」
「お兄さん達に任せな、ん?」
 任せたくありません。何する気ですかあんた等。
 下がりたくても下がれない。
 ああっ、私の馬鹿! 暴力ってこっちの暴力じゃないのさっ!
 こういうときに熱が出ればいいのに。こういうときにリボーンが死ぬ気弾撃ってくれればいいのに。
 …………………………助けて、カイル、きょーやくん。
 右真ん中の人が私の方へ手を伸ばしてくる。これから起こるかもしれない事に身体が恐怖で硬くなる。
 思わず、目を瞑ってしまった。
 目蓋の裏に、黒い服を纏った誰かの影が浮かんで消えた。
「ぎゃっ!」
 同時、聞こえる鈍い殴打音と悲鳴。
 恐る恐る目を開けてみれば、後ろを振り返っている彼等三人の姿。
 ………………三人?
 彼等は四人だったはずだ。確かに先刻まで。
 ちらりと視線を落とすと、倒れている一人。私に手を伸ばしていた人、だ。
 すぐに視線を上げて彼等の向こうにいる人物を見る。本当は、見なくても解っていた。
 だって殴打音を聞いた。だって何かが風を切る音を聞いた。だって、
















「何群れてるの」
















 ここは、彼の収める街だ。
 夏だから流石に学ランは着ていなかったけれど、右腕の袖にしっかりと風紀の腕章を着けた彼が立っていた。
 並盛中学校風紀委員会委員長、雲雀恭弥。
 雲雀さんは鋭い眼差しで群れという名の獲物を見つめる。
 彼にしてみれば、私という草食動物を襲おうとしていた肉食動物の彼等四人でさえ、群れた草食動物と成り果てる。
 哀れ、群れの一員を一撃で咬み殺された三匹の草食動物は、たった一匹の肉食動物が浮かべた獰猛な笑みに冷や汗を流している。
 私はその様子を恐れるでもなくただ傍観していた。
 やがて肉食動物が口を開き、彼等に宣告を下す。
「咬み殺す」
「ひぃぃっ!」
 逃げようとした一匹を咬み殺し、残る二匹に彼は迫る。
 軽く地を蹴り、間合いを簡単に詰めると、ひゅんっ、と持っていたトンファーで風を切りながらまた一匹咬み殺す。
 彼がそちらに気を取られているうちに、と逃げだそうとした最後の一人を返すトンファーで咬み殺すと、咬み殺された身体は真っ直ぐ吹っ飛び、地面を転がってすぐに動かなくなる。
 あっと言う間の出来事だった。
 呆然としていると、次に彼が標的に選んだのは私だった。
 流れから言えば当然だ。だって私も群れていたのだから。
 そうしてこちらに視線を流した彼は。
「……っ!」
 驚きで眼を瞠った。
 え、なんで? どして? 私何かした?
 あっ、まさか変な格好になってるとか!?
 慌てて自分の身体を見るけれど、別に変なところは見当たらない。
 …………だったらどうして?
 暫く眼を瞠ったまま私の顔を凝視していた雲雀さんは、やがて私に近付くとマジマジ顔を覗き込んできた。
 だから一体何なんだ!
「……沢田、だよね」
「…………はへ?」
 わお、活用形!
 ってそうじゃなくて!
 今この人はなんて言いましたか。沢田と言いましたか。
 どうして。
「………………どうして、私の昔の……偽名、知ってるんですか」
 昔の私はあなたと知り合いだったのですか。
 雲雀さんは一度瞬きをすると口を開いた。
「偽名、だったの?」
「あ、はい。……ってそうじゃなくてですね!」
「どうして君は僕のこと忘れてるの」
「いやまず私の疑問に答えてください!」
「一人称も変わってるよね。どうして」
「だーかーらーっ!」
「女子だってのも聞いてないんだけど」
「私の話を聞いてーっ!」
 叫んだ後、流石にがっくりと肩を落とす。
 漫画を見てゴーイングマイウェイな人だとは思っていたけれど、まさかここまでとは!
 思わず座り込みそうになった私の腕を掴むと、雲雀さんは引っ張って歩き出す。
 もちろん私も歩き出さなきゃいけないことになって。
「あ、あのぉっ」
「ここじゃ話できないでしょ。何処か……公園でも行くよ」
「は、はい」
 どうやら一応何らかの気遣いをしてくれたらしい。
 多分自分の疑問を解決するためなんだろうけれど……。でも相手があの雲雀さんだってだけでこれは奇跡に近いことだと思う。
 凄い体験してるなぁ、なんて思いながら、連れて行かれるまま近くの公園に入る。
 すとん、とベンチに座らせられ、じっと顔を見つめられる。
 ………………うわぁい、ありえねー。
 冷や汗どころじゃないよこのやろー。
 私が何も言わずにいると、雲雀さんから問い掛けてきた。
「君、どうして僕のこと覚えてないの」
 この口振りからして、明らかに私の昔を知っているようだ。
 しかもこれ絶対確信してるよね、別人だなんて可能性、視野に入れてないよね!
 雲雀さんに視線を合わせ、しっかりと目を見ながら私は口を開く。
「……ええっと、私、小学校に上がる前に……なんか事件に巻き込まれたらしくて、それで忘れちゃったんだと」
 そう、ずっと考えてた。
 お母さんに真実を聞かされてから、小学校に入る以前の記憶がないのは何故か、と言うことを。
 その度に感じていた。
 私はお母さんが言っていた「私の心を壊すような事件」の所為で思い出せないのだ、と。
「そう……。じゃあどうして偽名だったの」
「これも聞いた話なんですけど、女の子だと危ないから私に偽名を名乗らせて、男の子だって事にした、らしいです」
「ふぅん。…………じゃあ、昔言ってた秘密はその二つなんだ」
「え?」
 首を傾げると、なんでもない、と言って雲雀さんは視線を逸らした。
 それにしても、昔の私と雲雀さんが知り合いだったなんて驚いた。ホント驚いた。
 だって接点なさそうなんだもん。
 ……あれ、昔の私ってトンデモな子供だっけ。
 再び雲雀さんの視線が私に向く。目が合う。
「じゃあ、今の君はなんて言うの」
「え」
「君の名前」
 綺麗な黒曜石の瞳。澄んだ夜色の瞳。
 それを認識して、私は促されるまま名前を紡いだ。
……」
?…………の娘?」
「は、い」
 どうやらお母さんを知っているらしい。
 というか、どうしよう。そろそろフィアーラに行きたいのに、視線が逸らせない。
 逸らすのが凄く、もったいない。
「そう。………………じゃあまたね、
 すっ、と私から視線を逸らし、雲雀さんは颯爽と公園から去っていった。
 ……他に聞きたいこと、無かったのかな。
 解放された安堵からか溜息を吐くと、私もベンチから立ち上がって再びフィアーラに向けて歩き出した。



























 約七年ぶりに会った「彼」は、実は「彼女」だった。
 それだけでも驚きなのに、彼女は自分のことを忘れていた。
 ショックと同時に、本当にそうなのかどうか確かめなければいけないと思い、携帯を取り出してとある番号に掛ける。
 相手はこの街にいる肉親以外の人間で、恐らく唯一尊敬している人物。
 何回かのコール音の後、相手は電話口に出た。
『……もしもし』
? 僕だけど」
『あらやだ、恭弥君? 久しぶりね、電話なんて』
 電話の相手の名は。今回解った彼女の母親。
「うん。…………聞きたいことがあるんだけど」
『なぁに?』
って、沢田ツナ?」
『……………………会ったのね』
 の声のトーンが少しだけ落ちる。
 それを感じ取りながらも続きを促した。求める答えはまだ言われていない。
『ええ、そうよ。……ごめんなさいね、あなたのことまで忘れていて』
「何か事件が関係してるんだって?」
 言った瞬間、が息を飲んだ。
『……それ、が?』
「うん。そう言ってた」
『…………そう。相変わらず頭がきれるのね』
 溜息と共にそう言われ、言外に肯定されていると取る。
 さて、もう一つの本題に移ろう。
「ところで彼女、女子だったんだね」
『ええ。どこから情報が漏れるか解らないから、あなたにも黙っていたけれど』
「ねぇ、
 何、とが聞いてきた。
「危険はまだ、彼女の側にあるの」
 これと言った否定も肯定も、それどころか言葉がなかった。
 けれど、沈黙は雄弁な肯定だ。
「………………………………ねぇ、」
 僕を関わらせなよ。
 危険から、できる限り護ってみせるから。
 哀しいことから、できる限り護ってみせるから。
 もう彼女より弱い僕じゃないんだよ。
 もう彼女が泣きそうな顔で笑うのをただ見ているだけの僕じゃないんだよ。
 彼女とした他愛もない約束と、彼女自身のために強くなったんだ。





「オレより強くなったらね、きょーやくんにオレの秘密、教えてあげる」





 だから。
「僕に出来そうなことなら言ってきてくれる? 協力してあげてもいいよ」
『恭弥君……』
 ごめんね、ありがとう。
 呟いたに、僕は何も言わず通話を切った。
 出来れば、僕と関わることで彼女の記憶が戻ればいい。
 そう思いながら。








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