あと数日で、リボーンが来てから一週間という月日が経つ。
時間の経過というのは本当に早いものだなぁ、なんて思っていると、蝉が鳴く暑い朝に不思議な掛け声のようなものが聞こえてきた。
気のせいではない。
何故なら、その声の主が目の前、と言っても塀の上に立っているからだ。
黒髪をポニーテールにした女子。スカートが短いから、高いところに上ると危ないと思うのだけど。
「こんにちはーっ」
元気よく、同じように塀の上を歩いていた私の隣のリボーンに挨拶をする少女。
どうやら来たようです、ある意味嵐と言えるだろうハルが!
……私、女だけど惚れられちゃうのかなぁ。
ぼけっとしながらハルとリボーンの遣り取りを見ていると、
「オレは殺し屋だからな」
「っておいーっ!」
一般人に何言ってくれちゃってんのーっ!?
いや私も一般人だけどね! マフィアのボスになんてならないんだから!
なんて思っていたら、左頬に衝撃と少しの痛みが走った。
「え」
「最っ低です! 何てこと教えてるんですか!?」
どうやらハルが平手打ちしたらしい。成る程、だから軽い衝撃だったわけだ。
リボーンに殴られたらこんなもんじゃないもんね(あれ、私、リボーンの攻撃に耐性付いてきてる?)。
「赤ちゃんは真っ白なハートを持った天使なのに、あなたはそんな幼気な純情を腐ったハートでデストロイですか!?」
「ちょちょちょ、待って! 違うってば、誤解だって!」
胸ぐらを掴まれて前後にがくがくと揺らされる。気持ち悪くなって来そうだ……。
「寧ろ殺し屋発言の被害者はこっち!」
必死に逃れようとするんだけど、なんか迫力が凄いよ!
「嘘吐きです! あなたリボーンちゃんのお兄さんでしょ? よく一緒にいるの見てるんだから!」
なんとか手を離してはくれたんだけど…………。
やっぱり男と勘違いされたか。こんな男子制服の女子なんて、いないもんな。
「あなたが教えずして誰が教えるのよ!」
「いや、自分はリボーンの兄じゃなくって、」
「なおさら最悪じゃないですか! 他人の赤ちゃんをデビル化なんてー!」
恋する乙女暴走中ーっ!?
そりゃ他人だけどね、私が言いたかったのはそうじゃなくって。
間違えるなら姉、って性別を訂正しようとしただけなのに。
「いいですか? あなたはもーリボーンちゃんに会っちゃダメですよ! 悪影響です!」
「私は有害物質かっ」
それとも強面の犯罪者?
うーん、どっちにしろ、リボーンには影響を及ぼさないと思うけど。自我も確立しているし、尚かつ長いコトその業界にいるだろうし。
流石にディーノさんを数ヶ月鍛えただけ、ってコトはないだろうから。
…………ホント、謎な赤ん坊だよな、アルコバレーノって。
「兎に角! ダメですからね!」
「そーはいかねーぞ」
「り、リボーン……」
また話が厄介になるよ! って言うかまた叩かれるのか、私!?
痛い思いはするのもさせるのも嫌なんだけどなぁ。
「をマフィアの十代目ボスに育てるのがオレの仕事だ。それまでから離れられないんだ」
「ちょ、」
反論をしようとすると、拳が飛んできた。
「あだっ!」
結構な威力で……。
って、本気で痛いんだけど!? なに、先刻の平手打ちはまだ手加減のうち!? こんなストレートを持ってるとボクシング部に誘われちゃうよ!?
「何がマフィアですか、不良の遊びにも程があります! リボーンちゃんの自由まで奪って!」
「イヤ、奪ってないってば!」
「嘘吐きの言葉には耳を貸しません!」
恨みの籠もった視線と共にそう告げられる。
あはは、もう止められないな……。
彼女はリボーンに挨拶すると、そのまま去っていった。
「………………って学校! 遅刻するーっ!」
風紀委員(ひいてはその委員長)に殺されるのは嫌ーっ!
その一念で死ぬ気で走ったけれど、結局間に合わず。
……まぁ、草壁さんだったからね、普通に遅刻で処理されただけですみましたよ、はい。
ハルに会った翌日、既に起きていたビアンキが私の方を向いて言ってくださいました。
「、昨日家の前にいた子に覚え、ある?」
「家の前……?」
首を傾げると、そう、と頷いて、まず私に席を勧めた。
ああうん、ここ、私の家なんだけどな。
とりあえずそのままスルーしつつ座ると、ビアンキはその綺麗な腕をテーブルの上に立てて指を組み、顎を乗せる。
「黒髪のポニーテールの子」
「…………ああ、うん。昨日の朝、リボーンにお友達になって宣言してた三浦ハルって子かな」
やっぱり来てたのか。展開通りだな……。
「その子にリボーンが本物の殺し屋だってこと、それとなく教えておいたわ」
「えっ」
……そうだよ、ビアンキは私からリボーンを解放させたがってる訳じゃない。だから起こらない筈なんだ、ハルがリボーンを殺し屋だって認めた上での力試しだなんてことは。
「これからもリボーンと話すなら、それをあの子が理解していないと。あなたに被害が来るでしょう?」
「ビアンキ…………」
そこまで考えてくれてたんだ。
お姉ちゃんってこんな感じなのかなぁ。凄く嬉しい。泣きそうだ。
「ありがとう、ビアンキ」
「いいのよ。それより、変な顔になってるわよ」
「う゛っ。……感動して泣きそうなの」
「そう」
たまに淡泊なのかそうじゃないのかよく解らなくなるけど。
多分ビアンキは、自分が認めた、もしくは愛情を注ぐべき存在だと思った相手には凄く優しくなるんだと思う。そう言う本質なんだと思う。
だからこそ、私にここまでよくしてくれるんだ。
私がお母さんの、の娘だから。
「ほらほら、早くご飯を食べちゃいなさいな。遅刻するわよ?」
「っ、二日連続は勘弁」
出された朝食をいつもより少し速いペースで食べながら、私はお母さんを見る。
「お母さん、一応お願い」
「うふふ、解ってるわ」
キッチンで私とビアンキの会話を聞いていたらしいお母さんはなんのこと? とも言わずに頷いた。
親も展開を知ってるっていうのはホント、いいねぇ。これでタオルと着替えの心配はいらないな。
朝食を食べ終え、お弁当と鞄を持つと私は少し注意しながら学校へ向かった。
昨日の突撃が朝だったから、また朝に来るんじゃないかって思ってたんだけど…………。
その朝は何も起こらず、平和なまま過ぎた。
けれど、放課後。
橋の上に差し掛かったときに、不吉な音が聞こえてきた。
もちろん音の発生源は一人しか今このタイミングでは登場しない。鎧を着込み、アイスホッケーのスティックとフルフェイスヘルメットを持ったハルである。
考えればおかしいことはない。
流石に朝っぱらからそんな格好して他人を襲いたくないよね。一応それだけの常識は持っているよね。緑中の生徒だもんね!
幾ら奇抜な発言と行動が売りのハルだって、頭はいいんだからさ……。
何て呆然と見ながら考えていると、ハルが私に声を掛けてきた、
「こんにちは、昨夜頭がグルグルして眠れなかったハルです」
「いや、ハルさんだってことは解ってるけど! なんでそんな格好を!?」
解ってるけど、解ってるんだけど!
聞かないと話進まないし、違うかもしれないし。後者は望み薄だけど。
「リボーンちゃんが本物の殺し屋なら、本物のマフィアのボスになるさんはとーってもストロングだと思うわけです」
「いや、あのねっ」
「さんが強かったらリボーンちゃんの言ったことも信じますし、リボーンちゃんの生き方に文句は言いません」
ごめん、信じなくてもそうだから。
ごめん、誰もリボーンの生き方に文句言えないと思うから。
だから私を巻き込まないでくれ!
「お手合わせ願います!」
「ちょ、ストップーッ!」
私の言い分なんて聞いてくれるはずもなく、スティックで殴りかかってくるハル。
ドゴォ、なんて音が聞こえたんですが。
あなたメチャクチャ強いでしょ、実は!
「ホント止めて、本気で止めて! マフィアは喧嘩することだけが仕事じゃないから! って言うか、私はまだ認めてないから!」
「じゃあやっぱりリボーンちゃんを弄んでるんですね!」
「違うからぁッ!」
話を聞いてくれる常識人を誰か連れてきてくれ!
そういう人なら喜んでファミリーに加えてあげるから!
心の中で叫んでいると、頼もしく、思いっきり危ない獄寺君がやってきた。
「十代目、下がってください!」
「あっ、獄寺く、」
「果てろ」
私の制止の言葉の前に、獄寺君はハルに向かってダイナマイトを投げつけてしまう。
鎧を着ているから多少のダメージは防げると思う。けれど、爆風で橋の下、つまり川に落ちたらどうにもならない。だって鎧は重い物だから。
「はひーっ!!」
爆発したダイナマイトの勢いで橋から落ちるハル。
慌てて欄干に駆け寄れば、鎧が重くて溺れているハルの姿が眼に入った。
「ッ、」
「助けてやる」
リボーンを探そうとすれば、右横の欄干の上に立っているのを声と共に発見する。
チャキッ、と銃を構えると、私の額にその照準を合わせた。
「いけるな? 」
「……頑張る」
一度山本の時でやっているからだろうか。リボーンは私に後悔する材料がないのを知りながら銃口を向けているらしい。
でも、多分大丈夫だ。
だってあの時は山本の命が、今はハルの命が掛かっているのだから。
ガゥン、と銃口が火を吹いた。
外側から鍵をこじ開けられる感覚と同時に内側からも開けていく。リミッターを外していく。
「獄寺君、私の家に行って着替えとタオルを貰ってきて」
感覚が鋭さを増したと感じた瞬間、私は獄寺君にそう言うと、欄干から川に向かって飛び込んだ。
水の冷たさが心地よい。夏の熱気に晒された肌が休息に冷やされていく。けれど、そんなのは今はどうでもよかった。
すぐにハルに泳ぎ近寄ると、背後に回ってその身体を仰向けに浮かせるような体勢にさせて掴む。
「力、出来るだけ抜いて」
「は、ひっ」
そのままの状態でハルの身体を岸まで泳いで運ぶ。
ライフセイバーじゃないから苦戦すると思ったその行為は、やはり死ぬ気弾のお陰か驚くほどスムーズに行うことが出来た。
岸にハルを引き上げ、その着ている鎧を外してやっていると、着替えとタオルを持ってきた獄寺君が走り寄ってくる。
「十代目、持ってきました!」
「ありがとう」
持ってきて貰ったものを受け取ると、まず物陰を探した。
と言っても、ここらでまともな物陰ってのは橋桁の辺りぐらいしかない。
仕方ないので私はハルを立たせると橋桁の方へ移動する。
「獄寺君、リボーン。人が来ないか見張っててくれないかな……?」
「解りました、十代目!」
「仕方ねーな」
了解を貰うと、橋の下に行って着替えとタオルをハルに渡した。
「はい、着替えた方がいいよ。夏でも風邪、引くときは引くから」
「……はい。ありがとう、ございます」
着替えとタオルを受け取ったハルは、それからもじもじしたように私を見た。
ああそうか、彼女は私を男だと思ってるんだっけ。
ふむ…………こんな目に遭わされた仕返しだ。少しドキドキさせてしまえ。
そう思い、何も言わずに私はまず解け掛かった髪紐を取った。
次に、ネクタイを取ってYシャツの釦に手を掛ける。
「は、はひーっ!」
顔を赤くしてハルが声を上げた。
「な、なんスかっ!?」
「あー獄寺君、なんでもないから見ないでね? 次にどんな悲鳴が上がっても、私が呼ぶまで見ちゃダメだよ」
「は、はい」
こちらを見ようとした獄寺君に釘を刺しながらも、私はさくさくと釦を外していく。
っていうか、一人称が「私」なのに気付かないのか、この子は。
釦を全て外し終えると、Yシャツを脱いで地面に落とす。ハルの視線は未だ私に向いているようだ。恥ずかしいなら見なければいいのに。
Yシャツの下には流石に運動とかにも邪魔になるからと言うことで巻き始めたサラシがある。脇の下からお腹まで巻き付けたそれは、ぱっと見怪我に見えなくもない、と思う。
ハルがどっちに取ったのかは知らないけれど、私はそれをするすると解き始めた。
…………だって、着替えの中に(準備がいいにも程があるが)下着が入っていたんだもん。
そりゃあさ、濡れてて気持ち悪いし、そのまま着替えたらまた濡れるから解らなくもないけど。
……………………考えるのは止めよう、うん。
私の胸の部分の肌が見えると、ハルの目が大きく見開かれたのが雰囲気で伝わってきた。
「…………あ、の」
恐る恐る、と言った風に声を掛けてくるハルに苦笑しつつ、振り返る。
「何?」
「さん、って、女性…………?」
「うん」
にっこりと笑いながら頷いてあげると、ハルがはひー、なんて言いながらへなへなと座り込んだ。
「ちょ、ハルさん?」
「……ハル、びっくりしすぎました」
ああ、腰が抜けたのか。
「でも着替えないと風邪引くよ?」
「…………はい」
私に促されて着替え始めたハルは、それでもちょっと心ここに在らずといった調子だった。
うーん、いきなり失恋させちゃったのかな。
失恋は、辛いよねぇ……。未だに私、引き摺ってるし。
髪を伸ばし続けているのは吹っ切れてない証拠だ。約束を守るため、でもあるかもしれない。
ハルも着替え終えたのを確認して私は獄寺君に声を掛ける。
「獄寺君、リボーン、もういいよ」
くるり、と振り返る二人。
もちろん脱いだ下着と服は、それぞれの着替えのために用意された二つの袋にそれぞれ突っ込み終わっている。
ハルの手を引いて二人の方へ行くと、獄寺君がハルを睨んだ。
「反省してんだろーな?」
「…………はい」
「……ったく、十代目にもしものことがあったらおめーこの世に存在してねーんだからな」
「獄寺君、そこまでにしておいてあげて」
流石にね、初対面から険悪ムードが長く続くと私が疲れるんだよ。
獄寺君を宥めると、ハルが私の方に顔を向けた。
「………………さん」
「うん?」
「ハルはさんに惚れたもようです」
「んなっ!」
ちょ、本気ですかそれは!?
「わ、私、女なんだけど?」
「違いますよ! さんの大きな心に惚れたんです!」
性別は関係なくて、恋愛と言うよりは尊敬の方ってコト……?
ぎゅ、と手を握ってくるハル。
「さん、ハルと友達になってください!」
「え、あ、うん。いいけど……」
「そしてゆくゆくはハルをさんの秘書に!」
「ってオイ!」
秘書って、秘書ってー!?
マフィアのボスの秘書ってコトですかーっ!?
妻に、ってんじゃないからいいけど、でもマフィアのボスの秘書!? んなのありえねーっ! ってか、私マフィアのボスになんかならないし!
「いーじゃねーか。ボンゴレのボスは会社経営もするんだぞ」
「何それ聞いてないよ!?」
「マフィアの財力が全部武器や麻薬から来てると思ったら大間違いだってコトだぞ。ついでに言えばボンゴレは麻薬御法度だしな」
「いや、だから!」
「よかったな、ハル」
「はい! ハル、さんのお役に立てるように頑張ります!」
「だから話を聞けーっ!」
ああもうとんだ暴走乙女だよ!
誰か常識人をプリーズ! 寧ろ私をこんな日常からサルベージして!
……ああ、私の頭の中ではもうこれが日常なのか。
面白かったら猫を一押し!