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長い蒼髪を靡かせ、白に蒼のラインの入った服の裾をはためかせながら、一人の人間が砂漠を歩いていた。 そこはカルバレイスの土地。1000年前、天地戦争に敗れた天上人が追放された場所。ゴミ捨て場として天上人が使っていた場所に放り込まれた嘗ての支配階級の者は、どう思ったのだろうか。 そんなことを考えているのだろうか、銀の瞳を細めつつゆっくりとした足取りで人間は歩き続ける。 顔立ちは酷く中性的。髪が長いから女性かと決めつけようにも、その背には大剣を背負っている。身体は細めだが、剣を振るのに必要な筋肉がないかと問われると答えることが出来ないだろう。 戦いの際剣が握られるであろうその手には、今楽器が握られている。ウードと呼ばれるそれは、少し古びていた。 ふと、地平線の向こうに街が見えた。ホープタウン、と言うぐらいだから、「街」であっているのだろう。 人間はホープタウンへと足を向け、歩みを進める。 暫く歩くと、ホープタウンの入口が見えてきた。砂漠特有の蜃気楼現象によるものではなかったらしい。 街の中に入り、宿屋で部屋を一部屋取ると、ウード片手にホープタウンの開けた場所へと行く。 弦を弾き、暫し音を調整。その後、何だと立ち止まった街の者達を相手にウードを弾きながら謳を語り始める。 人々に倖せを与えるために神が世界に降り立った 旋律が止んだ。ウードを掻き鳴らす手も止め、静かに辺りの反応を待つ。 一人の青年がやってきて、ひょい、と隣に座った。 「あんた、吟遊詩人か?」 「そんなもの、だ」 中性的な声だった。 謳の時は透き通り伸びやかに聞こえたその声は、やはり外見と同じく中性的だった。性別を決める決め手にはならない。 「今のは本当にあった話なのか?」 「あったのかもしれない。無かったのかもしれない。真相は歌の英雄のみぞ知る」 「っはは、面白い奴だな、あんた」 笑う青年の顔をぼーっと見つつ、吟遊詩人は彼に聞く。 「聞きたいことが、ある」 「ん、なんだ?」 「ヒートリバーは、どっちの方面だ?」 「…………」 呆れたような顔をして青年は吟遊詩人を見つめる。 その呆れた視線はどう考えても吟遊詩人の言葉に対してだろう。 「……あんた極度の方向音痴か?」 「方向さえ知ってれば間違わない」 「いや、方向さえって」 盛大に溜息を吐くと、青年は親切丁寧に教えてくれる。コンパス付きで。 礼を言い、とりあえず疲れた身体を休めるために宿屋へと戻る。その際好奇の視線で見られるが、構わないことにしておく。 寝過ごしに寝過ごして、目覚めたときには二日が経っていた。 ここまで寝過ごす程連日頑張りすぎたのかと愕然としながら、とりあえず寝床を出てチェックアウトをする。 今日はヒートリバーへ向かおうと思っていた。そこにいるという可能性は高くなかったが、一番あの出来事で近い場所だから有り得なくはない、と思う。 いなかったら次は何処を探すか。まだ見当は付けていない。 砂漠を歩き、ヒートリバーへ辿り着く。川が流れているが、ただの川ではない。冷たくないのだ。 その川の中をじっと見つめ、望みのものが見つからずに諦め掛けたとき。 「……!」 探していたものを見つけることが出来た。 徐に川の水へ手を差し入れる。熱いが我慢できないほどではない。そのまま腕を進めていくと、指先が歪みを潜った。 何度も何度も改変された時代が積み重なり、刻まれたことによって生まれた歪み。何処にでもあるという代物では、無い。 その歪みの中で目当てのものを掴み、引き上げる。 ざばり、と最初に歪みの中から引き上げられてきたのは腕。黒い袖の服を纏った腕。それに続いて顔や身体が引き出される。 川の中から引き上げると、ずぶ濡れになった黒衣を纏った仮面の男が息をしていないことがわかった。 「……仕方ない。死んで貰っては、困る」 仮面を丁寧に外し、人工呼吸を開始する。暫く続けると、漸く息をするようになった。 先ほど死んでしまっては、と口にしたが、吟遊詩人は知っていた。仮面の男が既に一度死に、そして存在を喪ったことを。 だからこそ、ここで死んで貰っては、これから、困るのだ。 「…………………………………………ぅ」 仮面の男が小さく呻く。 うっすらと目を開け、上体を起こして頭を振ったところで仮面がないことに気付いたのか、それとも気配に気付いたのか、吟遊詩人の方を見る。その紫水晶(アメジスト)の瞳が大きく見開かれた。 「やぁ、おはよう。漸く起きたね、ジューダス。…………いや、リオン・マグナス」 吟遊詩人は仮面の男の様子を気にするでもなく澱みなく言う。 「そしてようこそ。その手で書き直した本来あるべき歴史の流れへ」 後書き |
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