ぼーっとしながらエスプレッソを飲んでいると、玄関の扉が開く音と共に声が飛び込んできた。
ーっ!」
 幼馴染みの声、である。
 ひょい、と立ち上がると私はカップをテーブルに置いて玄関へ向かう。
「ツナ、早かったね」
 扉を閉めた幼馴染みに声を掛けると、半泣きの顔で縋り付いてきた。
「酷いだろ、置いて行くなんてっ! しかも一言も無しに!」
「イヤ、先に帰るって言ったし」
「どうせ小声だろ!」
「うんにゃ、普通に」
 どうやら彼はよほど大変な目にあわされたらしい。……クラスメイトの手によって?
 何かあり得ないって言うか、ダメツナじゃなくなったツナがこんな泣きそうだなんて。それほどのことをクラスメイトが頼むか?
 …………うーん、学級委員長として名前が何回も挙がったツナだからなぁ。頼りにされちゃったのかも。
「で、どうしたのさ」
 話を先に進めようと促せば、とりあえずまず中に入れて、と言われた。
 そう言えば玄関先だったね、ここ。
 靴を脱いでリビングへ向かうツナの背中を見ながら、とりあえず紅茶でも淹れてやろうかな、なんて思う。
「あれっ、リボーン。来てたんだ?」
 どうやらリビングにてリボーンと遭遇したらしい。後を追っかけて入ると、エスプレッソの入ったカップを既に空にしているリボーンがツナに持ち上げられていた。
 流石に記憶のないツナに「触るんじゃねぇぞ」と言って技を掛けるようなことは、
「抱き上げてんじゃねぇ」
 …………ツナの顎を叩いてその腕から逃れたリボーンは、再びソファに腰を下ろす。
「お前容赦ねーな!?」
「今更だろーが」
 私のツッコミも軽く流される。
 うん、今更かもしれない。
「ったく、リボーンはいつもこうなんだから」
「……………………ああ、そうなんだ」
 ツナの言葉に思わず脱力してしまう。
 今も昔も変わらないらしい、この師弟。
「とりあえず綱吉君。座って紅茶でも飲んだら?」
「あ、ありがとう、
 紅茶を淹れてきたらしいは、促されるままソファに腰掛けたツナの目の前へ紅茶のカップとシュガーポットを置く。もちろんスプーンも忘れずに。
 砂糖を紅茶に入れて好きな甘さに調節したツナが私の方へ視線を向ける。
、オレさ、不良を更生させる自信ないよ……」
「…………はい?」
 いきなりそう言ったツナに首を傾げつつ、飲みかけだったエスプレッソに口を付ける。
 何でここに不良の話が出て来るのか、と思ったところで、ツナの先程の取り乱しっぷりを思い出した。
 あれがここに繋がってくる訳ね。
「どういうコト?」
「今日さ、担任にも捕まっちゃって」
 盛大に溜息を吐いてくれる。
 いいじゃないか、担任に捕まるぐらい。私なんてそれが追試のお知らせでしかないんだから。
「うちのクラスにさ、殆ど教室に来ない生徒がいるの知ってるだろ?」
「ああうん、いるね。並中三大美少年の一角、獄寺隼人君」
「…………何、それ」
「女子にそう呼ばれてるんだよ」
 一口エスプレッソを啜って思い浮かべる。
 あのアッシュグレーの髪と鋭い、けれど綺麗な少し緑掛かった瞳。咥えた煙草に沢山付けたシルバーアクセ。
 今も昔も変わらず女子の人気を集めているらしい。どっちの時も不良っぽいにもかかわらず、だ。
「3−Aの獄寺隼人、同じく3−Aの沢田綱吉、3−Bの山本武。これが現在の三大美少年なんだってさ。女子が話してるのが聞こえてね」
「…………」
「ちなみに女子は3−Aの笹川京子、同じく3−Aの黒川花、3−Cの水無月レナ。こっちは男子の会話より。……あれ、全員三年だ」
 今年の三年は美形が多いのかな。それとも運良く三年に男女三人ずつ美形がいただけなのか。
 でもまぁ、知らない人が一人いただけでもよしとしよう。全員知ってたら流石の私も頭が痛くなりそうだ。
 もう一口エスプレッソを啜ってからツナへと視線を戻す。いつの間にか視線が上の方へずれていたらしい。
「んで、ツナ。その獄寺君がどうしたの?」
「あ、ああ、うん。……今まではさ、テストの点がいいからって授業に出ないのを見て見ぬ振りしていたらしいんだけど、もうオレ達三年だろ? だから授業に出て貰いたいんだって」
「そこでツナが獄寺君にその話を切り出す役目を仰せつかった、と」
「そうなんだよ〜」
 情けない声を出して頭を抱えるツナ。
 ごめん、ツナ。私今、安心しちゃった。やっぱりツナは頭がよくても運動が出来てもツナだ。頼まれたら断れないランキング一位だ。
 仕方ないから手伝ってあげよう。うん、そうしよう。
「手伝ってあげようか?」
「ホント!?」
「幼馴染みだしね。いいよ」
「ありがと、!」
 嬉しそうにそう言って、ツナは鞄を引っ掴んで立ち上がる。
「ちょっと鞄置いてくるよ」
「じゃあ待ってる」
 ひらり、と手を振れば、リビングから出てツナが階段を駆け上がっていく足音が聞こえた。
 私の部屋とツナの部屋は隣合っていて、ジャンプ力と運動神経に自信がある人は向かい合っている窓から窓に飛び移れる距離。その二つに自信が無くても、間にある屋根を伝っていくことが出来るほど近い。
 そんなだから、奈々さんが買い物に出かけて玄関に鍵が掛かっているときは私の部屋が帰り道になる。
 うちには必ずがいるし、私の部屋もツナの部屋も、向かい合った窓だけはいつも鍵を開けているのだ。これで帰り道にするなと言う方が難しい。
 暫く待てば、階段を下りてくる足音が聞こえた。
 リビングの入口を見れば、すっかり私服に着替えたツナがいた。
「それじゃ、行こうか」
「…………は?」
「だから、獄寺君を更正させに」
 え、何ですかそれ。
 早いうちに更正させてくれとでも言われたんですか。
 うっかり私も協力するよ、なんて言っちゃったけど、時期尚早だったり……?
 リボーンを振り返ると、ニッ、と笑みを浮かべられた。
 この野郎。


























 ツナに連れられ歩き回って早三十分。
 不良の群れに囲まれた獄寺君を見つけて足が止まって早三十秒。
 嬉々として、とは言えないけれど、普通に周りの不良をぶちのめしていっています、獄寺君。
 ダイナマイト使わなくても強いのは知っていたけれど、なんだか意外だ。私の中ではどうやら獄寺君=ダイナマイト、みたいな等式が成り立っていたらしい。
 うん、新しい発見だね。
「……強いね」
「……凄いね」
 ツナも私もそれ以外何も言えずに見ている。
 だって下手に混ざると殴られそうで。もしくは蹴られそうで。
 ……なんて思ってたら、獄寺君の後ろにいた奴が鉄パイプを握ってそろりそろりと獄寺君に近寄って来ていた。
 明らかに危ない構図だ。なのに獄寺君は気付いていないようで、そいつはどんどん近付いていく。
 す、とツナが動いた。鉄パイプはツナに任せ、私はもう一人不穏な動きをする奴を見つけるとそちらの方へと動いていく。もちろん私もツナも、相手に気付かれないように。
 やがて不良が鉄パイプを振り上げ、獄寺君がそれに気付く。
 けれど、どちらも遅い。
 不良が鉄パイプを力一杯獄寺君に振り下ろす前に、その不良は突然横から向かってきた拳によって吹っ飛ばされた。
 もちろん拳はツナのものである。
「な……」
「大丈夫?」
 驚いて目を見開いた獄寺君にそう問い掛けるツナ。
 うん、それはいいんだ。でも今はまず周りを何とかしようね?
「ツナ、彼の集中力を途切れさせちゃダメだろ」
 言いながら、私は不穏な動きをしていた不良の右腕を捻り上げる。カラン、と乾いた音を立ててナイフがその手からコンクリートの地面に落ちた。
「喧嘩は集中力が途切れた方が負けやすいんだから」
「ごめん、
 苦笑しながらツナは後ろからやって来た不良に裏拳を決める。私はとりあえず、ナイフの不良に手刀を落として気絶させておいた。
「お前等……」
「いいから今は周りを片付けよう?」
「話はそれから」
 獄寺君にそう言うと、私もツナも並み居る不良を次々と沈めていく。
 と言っても、私は殆ど動かずツナが片付けている。
 流石に街の不良相手に、本気を欠片でも出すわけにはいかないのだ。何せ此方人等こちとら不良なんか目じゃない裏家業の人間相手に戦ってましたんで。
 だからあしらう程度(それでも気絶だけはさせていく)で留めておく。
 粗方片付けると、ツナと一緒に獄寺君に近付いた。
「ええと、初めまして。オレ、沢田綱吉」
「初めまして。オレは。ツナとキミと同じクラスだよ」
「…………獄寺隼人だ」
 鋭く睨んでくる(本人にその気があるにしろ無いにしろそう見える)獄寺君にツナが少し冷や汗を流した。
 哀しいかな、見慣れてしまっている私はそんな反応が出来ない。
「お前等一体何なんだ」
「だから、クラスメイト」
 眉を困ったように寄せながらツナが口を開いた。
「先生からさ、キミを説得するように言われたんだ。もうすぐ卒業だろ? 少しでも授業出てくれって」
 担任が言うことは尤もだ。幾ら成績がいいと言ったって、内申ってものがある。
 高校選びに苦労するかもしれないんだもん、少しぐらい出た方がいいと思う。
「うるせぇ、お前には関係ねーだろ」
 どんっ、とツナを押して獄寺君は何処かへ行こうとする。押されたツナは少しよろめいた。
 ………………ああ、一匹狼だ。変わらない。
 心底認めた相手にしか心を開こうとしない所はどうやら引き継いでいるらしい。
 少しだけ、泣きたくなった。
 変わらないのに、変わっていないのに、その変わっていないという事実を共有できなくて。
 だから反応が遅れてしまった。
「獄寺君!」
 ツナの叫び声と、煌めいた銀色。
 すぐに意識を向ければ、獄寺君を押し飛ばし、銀色に光るナイフに頬を掠められたツナの姿。
 頭の中が冷たくなった。と同時に、ナイフを持って向かってきた不良(先刻の鉄パイプの奴だ)を力任せに殴りつけた。
 二、三メートル地面を転がり、やがて動かなくなる。…………死んではいない、筈だ。
「ツナ、平気!?」
 不良からすぐに目を逸らしてツナに駆け寄る。
 頬の傷は掠り傷より少しばかり深いようで、血が流れ出ている。
 血が流れ出る傷口をハンカチで抑えながら、家を出るときに付けてきたウエストポーチから絆創膏を取り出す。
「いてて……。大丈夫だよ、
「大丈夫ぅ? 怪我しておいて何を言う! そう言うのは怪我がないときに言いなよねっ」
 血を拭ってから絆創膏を傷に張り付けた。
「私が今したのは単なる応急処置だからね、これで安心しないでよ? 帰ったらちゃんと手当てしてあげるから」
 そう言ってからツナの手を引き立ち上がると、獄寺君がこっちを見ていた。
 ……そう言えば、いたねぇ。って言うか、彼を庇ったんだっけ、ツナは。
 視線をやれば、我に返った獄寺君が土下座をした。
 うん、身に覚えがあるぞ、この光景。
「ありがとうございます、沢田さん!」
「うええっ!?」
 いきなりのことに驚いて奇声を上げるツナ。それに構わず、土下座したまま獄寺君は続ける。
「邪険にして突き飛ばしたりしたオレなんかのために身体を張ってくださるなんて、なんてお優しい! オレは一生あなたに付いていきます!」
「んなーっ!?」
 大袈裟すぎる気もしないでもないけれど、獄寺君だと言うだけで諦めの境地に行くのは何故か。
 多分前世での獄寺君がやっぱりこうだったからだろう。
 獄寺君の方はツナに任せて、私は先程殴り飛ばした不良の方へ行く。
 近寄ってしゃがみ込んでみれば、どうやら生きているらしいことが解る。ただ、歯が折れて殴られた部分が腫れているから痛々しく見える。
 私の所為でこうなった被害者を見る度に、最強の家庭教師の教えが身体に染みついているのだろうな、なんて思ってしまう。
 実際そうなのだろう。
 溜息を吐きつつ後ろを振り向けば、ツナは獄寺君に懐かれていた。尻尾を大きく振って嬉しそうな犬の姿と獄寺君が重なる。
「…………私、疲れてるのかも」
 うんそうだきっとそうだ。早く帰ってしまおう。
「ツナー、早く帰ろー」
「わ、解った」
 何とか獄寺君を引き離して言うツナ。
 私の方に駆けてきて並んで歩き出すと、獄寺君の声が聞こえてきた。
「沢田さん、また明日学校でーっ!」
 ……………………どうやら獄寺君、授業に出る気になってくれたようです。
「よかったね、ツナ」
「……まぁ、ね」
 そう言ったツナの顔も、満更でもなさそうだった。