光がどこからも差すことのない暗闇の中。
肩に付くか付かないかぐらいの透き通るような銀髪と、前髪に半分隠された蒼い瞳を持つ少女が一人座っていた。
その小さな腕の中には、淡く輝く白い光の塊。その光は不規則に明滅を繰り返している。
淡く橙色掛かった白いワンピースに光は柔らかく当たり、少女の周りの闇の濃度を少しだけ下げていた。
「ハルカ」
ふと、少女しかいないはずの空間に声が響く。
変声期前の少年のような高い声に少女は表情を動かすことなく斜め後ろの闇を振り向く。右耳のカフスから垂れ下がっていた蒼色の石が揺れる。
闇が凝縮したような漆黒の髪と黒瞳、そしてローブを着込んだ十歳前後の少年がそこに立っていた。
「…………ナギ様」
ハルカと呼ばれた少女がそう言えば、途端にその端正に整った顔をナギと呼ばれた少年は歪める。
「アイオーンだ。もしくはアイオスでいい。……これならお前も馬鹿正直に様付けなんてできないだろう」
ふん、と鼻を鳴らして少女の近くへと歩み寄ったかと思うと、瞬き一つの時間で少年は同じ色を宿した青年に変わっていた。
青年、アイオーンは先程とは違う、変声期を過ぎたテノールでハルカに問い掛ける。
「その魂の状態はどうだ?」
視線は白く明滅を繰り返す光へと向かっている。
その視線を確認するまでもなく問い掛けられた事を理解したハルカはゆっくりと首を左右に振る。
「……まだ、治りきらない。時間が足りないのかもしれない」
「人の一生という時間でも治りきらない傷、か。…………世界に根付いた力にしては、強すぎたからな」
くるりと光を回せば、光に走った決して浅くはない溝。
魂に付いた、傷。
「時の力は、強いから」
だから仕方ない。
そう言ってハルカは一度アイオーンへと視線を向けてから光へと視線を戻す。
アイオーンは向けられた視線になにも言わず、ただ黙っていた。
彼の力は時の力。だからこそその力が強いものであり、下手をすれば力を持つ者だけでなく周りすらも危険にするということをよく知っていた。
けれど、一度根付き、世界と混ざり合い薄れたはずの力が魂に傷を付けるほどの先祖返りをするというのは、アイオーンにも予測不能で。
事前に防ぐことは出来ず、その為にこうして傷の治りが早くなるように努めている。
つい、とハルカの視線がアイオーンへ向く。それを見て、アイオーンは言葉を紡ぎ出した。
「悪かったな、ハルカ。その魂はぼくが責任を持って、」
「私」
アイオーンの言葉を遮り、ハルカは口を開く。
小首を傾げつつ言葉を止めたアイオーンの様子に暫く頭の中で言葉を纏めてから、ハルカは再び光へと視線を落とす。
光に走った傷にそっと指を這わせ、ハルカはアイオーンを見上げた。
「私、この魂ともう一度、廻ろうと思う」
軽く目を見開くアイオーン。けれどすぐに元の無表情に戻ると、ハルカと魂を交互に見やった。
廻る。それは人の世に再び生まれると言うことだ。
「いいのか?」
「いい。私、この魂、気に入ってるから。……………………我が儘、言っていい?」
キッパリと答えた後、少しの間躊躇ってハルカが言った言葉にアイオーンはすぐに頷いた。
魂の輪廻に関することは、生と死の狭間であり時の狭間であり、そして世界の狭間であるこの闇だけの空間を居住としているアイオーンには困った我が儘というものではない。
それに、我が儘を滅多に言わない者からの我が儘は聞きたくなるものだ。
アイオーンの答えに胸を撫で下ろしたハルカは、ほんの少しだけその顔に笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。
「また、並盛に生まれたいな。あそこはとても素敵なところだったから」
表情に反して泣きそうな声で願いを言ったハルカの頭を無言で撫でてから、アイオーンはつい、と虚空を指さす。
闇しかなかった場所に、白い光が生まれた。
「すぐにお前が望んだ世界、望んだ場所に魂のない肉体が生まれる。そこに入って生まれるといい」
アイオーンの言葉に頷くと、魂を抱き直してからハルカは立ち上がって光へと歩いていく。
けれど光へ向かっている途中で立ち止まると、ハルカはアイオーンの方を振り返り、
「ありがとう……ナギ、お父さん。また、楽しく暮らせるように、頑張る」
そう言って柔らかな笑顔を浮かべると、また前を向き、光へと今度は振り返ることなく歩を進めた。
ハルカと魂が消え、光も消え去った闇一色の空間で一人アイオーンは佇んでいた。
と、傍らの闇が揺らぎ、薄桃色の髪を持った女性が姿を現す。
「ナギ」
「……ベルセリアか」
ベルセリアと呼ばれた女性は視線をハルカが消えた方角へと向け、アイオーンにすぐ視線を移した。
「ハルカは?」
「もう廻った。…………産まれている頃だろうな、今」
アイオーンの言葉に顔を歪めると、ベルセリアは小さく息を吐いた。
そんなベルセリアに少し首を傾げながら問い掛ける。
「どうかしたのか」
「闇からの干渉があったので、気になって。………………杞憂であればいいのですけど」
もう一度ハルカが消えた方へ視線を向け、ベルセリアは胸元でその白い手を握りしめた。