全身をひんやりとした冷気が包み込んでいる。
目を開ければ、この身を白が包み込んでいることなど、容易に把握できる寒さ。慣れ親しんだものだ。
起きあがるのも目を開けるのも億劫で、暫しそのままでいると、雪を踏みしめる音がした。
「…………死んでいるのか?」
『どうでしょうか。……どちらにしろ、このままじゃ死んじゃいますね』
二つの声がする。片方は頭に直接響くような。
「ここで死なれては迷惑だな」
生身の人間の声がそう言うと同時、手が伸びてきたのが気配でわかった。
「生きてるから追い剥がないで」
億劫ながらも声を発すれば、瞬間的に手が止まる。
けれど、次には私の横っ腹に爪先がめり込んだ。
「ならこんなところで寝るな。邪魔だ」
「ごふぅ」
相手はかなり短気らしい。若しくは思いやりを持たない人間か。それとも、思いやりを向けるべき相手と認識されなかったのか。
だがしかし、私を仰向かせたのは失敗だっただろう。息を飲む音が聞こえた。
「お前……っ」
慌てたような声がする。
私の身体の前面は血で真っ紅に染まっていて、その下の雪も恐らく紅く染まっているのだろうから当たり前だ。
ちなみに、まだ傷は塞がっていない。
「モンスターに襲われて、命からがら逃げてきた相手の横っ腹を蹴らないでください」
「…………その割には声は元気じゃないか」
「空元気って知ってる?」
何とか目蓋を押し上げれば、桃色マントに襟が赤の青い上着、白いズボン。
「……………………『王子様ルック』?」
「違う」
かなり怒りの感情が入った言葉だった。
『坊ちゃん、そんなことより、このままじゃこの子危ないですよ!』
頭に響く声に舌打つと、少年はしゃがんで私の腕を取り、肩に回して引き立たせた。
そう言えば、ここで死なれては迷惑、と言われていたのだったか。
「とりあえず宿屋に運ぶ。いいな」
「ご迷惑おかけいたします…………」
ちらり、と見えた空は、とても青かった。
「…………ぃ。お……。……加減に…………」
冷たい空気の中、声が聞こえた。
「……………………いい加減に起きろ、!」
そして一際大きい声と共に、横っ腹に一撃。
「ごふぅ」
思わず漏れた空気が音となって鼓膜を振動させる。
第二撃が来る前に、と慌てて目を開ければ、骨仮面。
「…………ジューダス」
「今お前、僕の仮面を見て判断しただろう」
滅相もない、と首を振り、がばりと起きあがる。途端、真っ白な雪と半分埋まるようにして建つ建物とが見えた。
「ここは……」
「地上軍の駐屯地みたいだよ」
「あ、カイル」
後ろからの声に振り向くと、金髪にヘソ出しルックという、こんな景色の中では見てる方が寒くなるような格好の人間がいた。
ああ、でももっと寒そうな人がいる。ヘソ出しどころか、腕と肩と胸、首以外の上半身が剥き出しな赤い髪の少女、だ。
「ナナリー、寒くない……?」
「さ、寒いに決まってるだろ」
確かに声が震えている。うむ。
まあ、もう二人寒そうな人間がいるのだが、片方は今カイルにコートを取り出して渡されているし、もう片方は丈夫そうなので良しとする。
銀髪な丈夫が取り柄そうなその人間は、よもや風邪は引かないだろう。
「馬鹿は風邪引かないって言うし」
「オイ、それはオレのことか? 」
「あっはっは。そんなわけないでしょ、ロニ」
なんて他愛ない会話をしていると、巨大な輪に手を付け、中心に目玉に似た菱形の部品を取り付けたような形をした機械が、派手な服装をした少女、に追いかけられてこちらにやってきた。
「待ちなさーい!」
「な、なんだ!?」
そしてそのまま、私達一行の間を追いかけっこし始める。
「こらあっ! あんたのマスターはこの私なのよっ! 言うことを聞きなさい!」
…………なんて言うから、機械が反撃に移ってしまった。
まあ、彼女に頼まれてちゃちゃっとカイル達はその機械を倒してしまったのだけれど。
ちなみに私は傍観者に徹していた。面倒だったので。
「さて、これからどうする?」
「今の機械のマスターだという発言からして、彼女は恐らくハロルド博士の助手だろう」
「呼んだ?」
「呼んでないよ」
これからのことを話し始めたみんなに隠れるように、私は荷物からニット帽を出して目深に被った。
その間にも、どんどん話は進んでいく。
「…………この際、彼女にハロルド博士を紹介して貰ってはどうだ?」
「ねえ、だから呼んだ?」
「呼んでないってば」
「だってさっきからあんた達、私の名前呼んでるでしょ。『ハロルド』って」
ぽかぁん、とみんながして、口々に嘘だと言い始めたとき。
「博士ーっ!」
彼女が機械を追って走って来た方から、もう一人走ってきた。
「ハロルド博士、HDX−2型、捕まえマシた?」
肩に付くぐらいの金髪。緑の瞳。イントネーションと髪の長さ、背の高さ以外私にそっくりな少女。
「見てのとおり、捕まえられなかったわ」
「ありゃリャ。見事にコワれてる」
少女の言葉に、カイル達の否定が止まった。
それはそうだ、第三者から彼女がハロルドの名前で呼ばれたのだから。
けれどまぁ、そこではた、とカイルが気付いてしまった。
「え、?」
カイルの言葉に反応し、全員が全員、私の方を向く。
もちろん、ハロルドも、私によく似た少女も。
「……あら、が二人」
「ドッペルゲンガーですカね、ハロルド博士」
帽子を目深に被ったのに何故解る! 何故顔が判別できる!
とは、反論しない。だって博士だし。
「確か、どっぺるゲンガーにアッタら死ぬんですヨね」
「ええっ!? じゃあ、死んじゃうの!?」
「」の言葉に反応したカイルが叫び、ロニが私の肩を掴んだ。
「、早く逃げろ! お前取り殺されるぞ!」
けれど、その言葉は逆効果だ。
「逃げる?」
二つの同じ声が重なった。
私と「」の。全く同じ高さの声が。
「逃げるなんて冗談じゃない。そんな非科学的なこと、自分を犠牲にしてでも立証しないと」
彼女は不敵に笑い、私は少しだけ俯いた。
彼女だけが今度は口を開く。
「そうヤッテ、私は科学者のハシくれとしてやって来た。それを変えるツモリはないよ」
満面の笑みを浮かべ、彼女は言う。
「ドッペルゲンガーの呪い。クるならこい、だ」
ああ全く「私 」ってば、進歩も退化もしていない!
逃げるなんて冗談じゃない
(今も昔も、そうやって生きてきた)