「!」
目を閉じることで出来た暗闇の中、私を呼ぶ声が聞こえた。
そっと目蓋を押し上げてみると、懐かしい人が目の前にいる。
苦しいぐらいに胸が締め付けられる程懐かしく、けれどついさっきまで一緒にいた人。
「何?――――――――リオン」
そう呼びかければ、フン、と鼻を鳴らして彼は腕を組む。目は眇められていて、その紫水晶 色の双眸に、呆れの色をたっぷりと含んでいた。
「やはり聞いてなかったな。あれほど注意しただろう」
「ごめんごめん。それで、何だっけ?」
問い掛ければ、苦虫を噛み潰したような顔になる。よほど口にしたくないのだろう事がよく解るが、聞かなければ解らないことだってある。
「…………ヒューゴ様から命令が下った」
その言葉に、ああ、これはあの時か、と冷静になっている自分がいた。
がりがりと頭を掻き、私は空を仰ぐ。真っ青な、雲一つ無い空が目に痛かった。
あー、だの、うー、だの意味のない音を発し、けれど何も浮かばず私は彼に視線を戻す。
「えっと…………ご愁傷様?」
『うわぁ。……ってばあの人のことどう思ってるのさ』
「動く災い」
「…………」
「若しくは、悪の学者帝王」
『…………』
「まあ冗談だけどね」
『冗談なの!? ついつい本気にしちゃったよ、僕。の勘って、時々凄く当たるんだもん』
「あはは、お褒めに与り光栄至極です、ピエール・ド・シャルティエ少佐」
姿の見えない声、否、ソーディアンに対して恭しく一礼をしてみせる。
と、突然脳天に衝撃。
「馬鹿なことをしてないで行くぞ」
「うい。…………んで、何処に?」
「ハーメンツだ。そこに国宝泥棒が現れたらしい」
解ったらさっさと来い、と言って先を歩み出した彼の背中を見つめてから、ゆっくりと目を閉じた。
再びの暗闇。その中で聞こえたのは、私を呼ぶ声ではなく、金属同士がぶつかる音。
何度も何度も繰り返すその音の元を見るため目蓋を押し上げれば、薄暗い洞窟内に火花が散るのが見えた。潮の香りが湿った洞窟内に充満している。
金髪の青年と黒髪の少年の戦いを見ながら、これはあの時だな、と冷静に判断した。
やがて、黒髪の少年が吹き飛ばされる。
「………………どうしてなんだ、リオン!」
金髪の青年は黒髪の少年に向かって叫ぶ。その声には哀しみややるせなさ、疑問が混ざって複雑なものとなっていた。
「……僕には、護らなくてはいけない人が…………いる。……掛け替えのない人が……」
彼がそう言うのと同時だったろうか。唐突に洞窟自体が振動し始めた。
「な、何だ!?」
私の後ろにいた銀髪の青年が驚いた声を出す。緑の髪の少女も黒髪の少女も、同じように驚いているのが解った。
「海底洞窟が、沈む…………」
ぽつり、と呟けば、えぇっ!? なんて周りの人間に驚かれてしまった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! それってつまり、」
「私達は海の藻屑になるって事だね」
「何とかしなさいよ、ーッ!」
「無理だよ。こんな大規模なのを一個人が止められるとでも?」
言っている間に、岩盤に亀裂。
もう持たないな、と思った瞬間、勢いよくそこから水が出てきた。その水圧に、彼の側にいた金髪の青年が押し流され掛ける。
「スタン君!」
間一髪で岩盤に激突するのを止めた銀髪の青年は、早く避難を、と言っている。けれど、金髪の青年は彼のことも連れて行こうとしているらしい。
けれど、彼はその手を取らなかった。
水が二人の間を遮るように噴き出す。金髪の青年が銀髪の青年に担がれる。それを見て、私はあるものを投げた。
小さな金色の懐中時計。私が持っているのと同じものを、彼等と旅している間に材料を手に入れて作った。
投げた懐中時計は彼の愛剣の柄に鎖を上手い具合に絡ませる。
それを見て、私は再び目を閉じた。
ただただ静かな暗闇の中、困惑の色を含んだ声が上がる。
「何故望まない?」
女性の声だった。よく通る、静かな声。私の知っている声。
目蓋を再三押し上げれば、豪華な神官服を纏った栗色の髪の女性が、闇の中に立っていた。
「お前は、あの男に生きていて貰いたかったのだろう? 何故その未来を望まないのだ」
「だってこれは夢だから」
事も無げに告げれば、ますます解らない、と言う顔をされてしまった。
「例えこれが夢だとしても、醒めない夢だ。醒めない夢は、現実と変わらない。この中でなら、お前の望む現実が手に入るのだぞ?」
「でも夢でしょ」
キッパリと、はっきりと。
そう言って私は腕を組んだ。いつの間にか後ろに現れていた五人にも聞かせるように。
「醒めない夢が現実と変わらない? 馬鹿言わないで。全てが自分の思うとおりに行くなんてつまらないでしょ」
ハンッ、と鼻で笑えば、目の前の女性は顔を歪めた。
「壁にぶつかり、努力し、壁を越える。自分じゃどうしようもないことがあって、傷ついて、それでも前に進む。それが現実を生きるって事。望むことが叶ってしまう夢では決して味わえない、苦難を乗り越えた達成感。私はそれがない現実は認めない」
言いたいことだけ言うと、私は振り返り、目の前にいた五人に向かって笑いかける。
「…………」
「さ、行こう、みんな。こーんな夢の世界に長居は無用だよ」
やれやれ、と肩を竦めて見せた私に、五人はそれぞれ頷き、全体的にピンク色な少女のペンダントのレンズが目映い光を放った。
「それに」
夢の世界に一人取り残される聖女に向かって私は、極上の笑みを浮かべた。
「私、その未来は自分の手で掴み取るから。ご心配なさらず」
聖女の驚愕で彩られた表情に満足し、私は夢の世界から浮上した。
醒めない夢ならいらないのです
(醒めない夢でも、夢は夢)