「あーもー駄目ーっ!」
青空の下で響いた高い声。それは数日前から毎日聞いているもので、段々と日常と化してきていた。
それが少し面白くなくて、いつもこいつから逃げるようにいる場所を変えている。
なのに毎回毎回、まるでこっちの行動なんてお見通しだとでも言うかのように目の前に現れてくる。
。それがこいつの名だ。
黒い髪を細い紅いリボンでポニーテールに結い上げ、大きな銀の瞳には強い光を湛えている。数週間前、はぐれ野郎共の所に迷い込んだ変な奴。
初めて会ったときなんざ、この俺様のことを「アルビノだー!」なんて叫びながら指さしやがったから剣で脅かしてやった。
それからだ、こいつが俺様に興味を持ち始めたのは。
剣を教えろとことあるごとに引っ付きまわり、最近ではフラットの連中(特にはぐれ野郎だ)に「のことよろしくな」なんて言われる始末。
全くもってこいつに関わるとろくな事がない。
なのにこいつは俺様の居場所を見つけ出すのだ。どこにいても。
「おい、手前ェ」
「テメーじゃない、」
「チッ」
面倒くさい奴だ。名前を呼ぶまで本題に入らせる気はないらしい。
だが俺様がたったそれだけのことに屈するとでも思うか?
「剣の相手なら手前ェ等の方にも騎士っていう格好の相手がいるだろーが。俺様の方に来るんじゃねぇ」
「あ、無理矢理進めたな。…………あー、レイドとかラムダとかイリアスのこと? イリアスは騎士業が忙しいし、レイドは子供に剣を教えてるし、ラムダだって結構忙しそうだし」
ふぅ、なんて溜息を吐いて座り込んでいた身体を地面に横たえる。
街外れ、ガルムの森のすぐ近くのこの場所では地面が剥き出しになっていないから昼寝には丁度いい場所だ。
「というのは建前で。騎士は重装備なんだよ。大剣なんだよ。……私に使えるとでも?」
「ハッ、非力そうな手前ェにゃ無理だな」
「だからバノッサに頼んでるんじゃん」
寝ころんだまま俺様を見上げる瞳には、やはり強い光。
自分の信念を曲げようとしない者の光だ。はぐれ野郎やフラットの連中、そしてそいつ等の周りに集まる奴らによく見られる光。
「…………ケッ。それが人にものを頼む態度か?」
「ちゃんと頼まれても教えない癖にー。まぁ別にいいんだけどね、技は盗むものだから」
「あ?」
「あれ、言ってなかった? 私、最終的には二刀流になりたいんだよ」
だからバノッサが一番適役なんだよ。
そう言って笑いやがるから、不覚にも少し狼狽えてしまった。
綺麗とか可愛いとかそう言う普通の奴が持つ感情をアイツに対して持った訳じゃない。
ただ驚いただけだ。アイツの笑顔はいつも不敵で、まるで可愛げというものがないから。
なのになんでこんな時だけ無邪気に笑うんだ。
未だ、はぐれ野郎共に屈辱的にも命を救われてからも暗闇から抜け出せない俺様には向けられるはずのない笑顔で。
暗闇に慣れた俺様の目には、眩しすぎたのかもしれない。
……ああ、らしくねぇ。んなコト考えるなんざ、まったくもって俺様らしくねぇ。
がしがしと頭を掻きむしると、俺様はもう一度剣を構えた。
「オラ、もう休憩は終わりだ。今日こそ手前ェを叩っ斬ってやる!」
挑発すれば、転がしていた自分の剣を持ってアイツが立ち上がった。
「上等! 今日こそ負かして私の名前、ちゃんとって呼ばせてやる!」
「ハッ、一生無理だな!」
「言ってろ!」
お互いに大地を蹴って間合いを詰める。
俺様が振り下ろした右の剣を受け止め、力の方向をずらして弾きながら次に迫ってきた左の剣を受け止める。
最初は四苦八苦しながらやっていたその動作も、今では滑らかで自然だ。
弾かれた右の剣をアイツの左脇腹目掛けて振ってやる。すると身体を捻りつつ、左の剣を受けながら右の剣も同じ剣で受け止めるという技を見せた。
「どこで憶えて来やがった?」
「この前レイドとバノッサがやりあってたとき」
「……あの時か」
忌々しげに呟けば、ニィ、と口端を吊り上げられる。
今でも度々、あの時に比べれば本当に少なくなったが、フラットと俺様達オプテュスはぶつかり合うことがある。
少し前もぶつかり合って、その時レイドと俺様は剣を交えた。恐らくそれを見ていたのだろう、こいつは。
「貪欲だな」
「技は盗むもの、って言ったでしょ」
「盗めねぇ技もあるけどな」
「……そうだ、ね!」
ギィン、と金属特有の甲高い音を立て、俺様の剣とアイツの剣は弾きあい、お互い後ろに飛び退いて距離を取る。
アイツは俺様と同じで召喚術が使えない。
ただ違うのは、魅魔の宝玉のような強力な召喚アイテムを使っても何も呼び出せないと言うところだけだ。
フラットにいる召喚師が言うには、魔力が先天的か後天的か解らないがゼロなのだそうだ。
だから、こいつにも盗めねぇ技がある。
弾かれた剣を構え直し、今度は向こうから突っ込んできた。
それを左の剣で受け止め、右の剣を一閃させる。
だが、白銀の煌めきが薙ぎ払ったのはアイツの服の裾だけだった。俺様が剣を振るう瞬間を見て後ろへ咄嗟に下がったらしい。
追撃するために一歩大きく踏み込む。
体勢を少し崩したままのアイツに向かって左の剣を振り下ろ――――――――
「ーっ」
――――――――そうとして、間の抜けた声に思わず手を止める。
フラットにいるはずのはぐれ野郎の声だった。
同じように手を止めていたアイツは声のした方向を見て軽く肩を竦める。
剣を鞘に戻すと、瓦礫の向こうから現れたはぐれ野郎に声を掛けた。
「どうしたの? ハヤト」
「リプレが呼んで来てって。…………もしかして、剣の稽古中だった?」
「もしかしなくても」「誰が稽古なんて付けるか」
俺様と奴の言葉が重なった。
渋い顔をしていれば、兎に角早めに帰ってきてね、なんて言ってはぐれ野郎が帰って行く。
その背を少し見送ってから、アイツもそこらに置いていた自分の荷物を片付け始めた。
両方の剣を鞘に収めた俺様は何も言わずそれを見る。
すぐに片付け終えたアイツはすたすたとはぐれ野郎が消えた瓦礫の向こうへと歩きかけ、唐突にこちらを振り向いた。
「バノッサ、明日もよろしくね」
言うだけ言ってこちらの返事も聞かず、アイツは歩いていく。
まだ暫く、に付きまとわれる日々は続くらしい。